2019.02.15
タクシーと街の表情
ロンドンのブラックキャプ、NYのイエローキャブ。世界的な大都市には顔とも言えるタクシーの存在があった。そんなタクシーの存在から見えてくる街の表情とは?
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文/岡崎宏司(自動車ジャーナリスト) イラスト/溝呂木 陽
かつてのロンドンは黒のロンドンタクシーで埋め尽くされていた。ドライバーは礼儀正しく、運転はていねい。道も知り尽くしていた。
ロンドンでタクシーに乗るのは、旅の楽しみ、あるいは彩りの一つだった。クルマも、ドライバーも、そしてサービスの質にも、僕は「世界一」のスタンプを押していた。
ヒースロー空港に降り立って、ロンドンタクシーの長い列を見ると、それだけでロンドンに来たという実感が強く湧き上がった。重厚な佇まいのロンドンの街に、クラシカルな黒のオースチン・FXはピッタリ合っていた。
しかし、近年、、ボディカラーは依然として黒が中心ではあるものの、ボディに広告を載せるケースが増え、ボディ全体が広告塔仕立てになっているものも少なくない。
かつては「ブラックキャブ」と呼ばれたロンドンタクシーだが、今はそう呼ぶのは抵抗がある。それがロンドンの街の雰囲気にも影響を及ぼしているのは明らかだ。もちろん、ロンドンの街自体も変化し続けているが、ロンドンタクシーが、昔を知る者の目に強く「変化を映す」のは間違いない。
若い頃よく利用していた、中央駅を目の前にしたホテル、その窓から見た、駅前に長蛇の列を作る黄色いタクシーの姿は、ミラノの「原風景」のように脳裏にこびりついている。
クラシックとモダンが高いレベルで同居するミラノの街に、ちょっとトーンを抑えたような黄色のタクシーは、絶妙な調和剤の役割を果たしているように思えた。
それが白に変わった時(もちろん数年の移行期間はあったが)、僕はかなりの違和感を覚えた。味わい深いミラノの街が、なにか淡泊な街に変わってしまったかのような印象すら受けた。
すっかり馴染んだ今は、もうそんなことはないが、まだ、黄色いタクシーを重ねたミラノの街を思いだすことは多い。
NYを舞台にした映画やTVドラマは数多いが、その中でもイエローキャブが欠かせない存在になっているのは知っての通りだ。
マンハッタンを流すイエローキャブに手を挙げて停め、乗り込む、、たったそれだけのことで、僕は、映画の主人公になったかのような不思議な感覚を覚える。それほどNYとイエローキャブのコンビネーションには、強いインパクトと、ある種の憧れの気持ちが擦り込まれているのだろう。
そんなNYイエローキャブの中でも、とくに思い入れの強いクルマが、フォードのフルサイズセダン、クラウンビクトリア。
昔ながらのはしご形フレームをもつFR車で、時代遅れの保守的なフルサイズ車として最後まで生き残ったクルマだが、僕はこれが好きだった。
クラウンビクトリアが来るまで、何台もやり過ごして待ったことも何度となくあった。
居住感、乗り味、走り味、、すべての面で古臭くはあったが、それが、いろいろな思い出を呼び覚ましてくれた。とくに、50〜70年代辺りの思い出を。
クラウンビクトリアは2012年に生産終了したので、NYのイエローキャブでも台数は大分減ってきている。でも、まだ乗れる。乗れるうちにもう一度乗りたい。
ちなみに、僕が最後に乗ったのは4年前。JFK空港からホテルまで乗った。ミシミシ、ギシギシしていたが、気分はハッピーだった。
たとえば、駅前に多くのタクシーが列を成していても、なにかを印象づけられることもない。つまり、日本のタクシーは街の表情を変えることもないし、ささやかな色づけになることもない。そんな印象を僕は持っている。
ときどき感じることがあるのは、「このボディカラー、いったい誰が考えたの!?」といった、なんともいえない疑問くらいだ。
そんな中、トヨタが送り出した「JPN TAXI」にはほっとしている。乗り降りしやすいのが嬉しいし、広々感もある。乗り心地にも及第点がつく。
カッコいいとは思わないが、タクシーとしての機能を追ったスタイルは納得できる。
都心では多く見られるようになり、ちょっと待てば乗れる、、状態になってきた。僕はちょっと待っても乗りたいのでそうしている。日本にもやっとタクシーらしいタクシーができた、、なんとなく嬉しい気持ちがする。
オリンピックまでにはそうとうな台数が東京には揃うと思うが、海外からのお客さまが、「JPN TAXI」になにか思い出を重ねて帰ってもらえたら嬉しい。
● 岡崎宏司 / 自動車ジャーナリスト
1940年生まれ。本名は「ひろし」だが、ペンネームは「こうじ」と読む。青山学院大学を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。放送作家を志すも好きな自動車から離れられず自動車ジャーナリストに。メーカーの車両開発やデザイン等のアドバイザー、省庁の各種委員を歴任。自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏は長男。