2019.07.14
思い出のフェラーリF1 Tipo 625
年に2〜3度は海外旅行にいくという著者が、アンティークマーケットでの買い物の思い出を語る。そんななかでも、いまも書斎に飾られているモノとは?
- CREDIT :
文/岡崎宏司(自動車ジャーナリスト) イラスト/溝呂木 陽
岡崎宏司の「クルマ備忘録」連載 第103回
アンティークマーケットで見つけたフレンチブルーのフェラーリF1 Tipo 625
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国内の旅もいいが、旅の相棒である家内との間では、「歳をとってから温泉巡りでもしよう」といった暗黙の了解が成立している。
僕と家内の歳を知る人からは「おまえら、もう十分歳とってるじゃないか!」と言われそうだが、のんびりした温泉巡りはできるだけ先送りにしたい。
前にも話したが、若い頃は、クルマで数千キロ移動するような旅もよくした。しかし、50代半ばを過ぎた頃からは、移動せず、1ヶ所で過ごす旅が多くなった。
そんな旅に変わり始めた頃、僕も家内も好きになったことがある。欧州でのアンティークショップやアンティークマーケット巡りだ。
とくに、ロンドンへの旅では大きな楽しみのひとつになっていた。
アンティークを見る目なんてないし、価格が適正かどうかもわからない。だから、高価なものは買わない。すごくほしいものに出会っても、数万円程度を上限と決めていた。
多くのアンティークショップやマーケットのあるロンドンだが、いちばん多く行ったのは、高級住宅街ノッティングヒルゲートの一角にあるポートベローマーケット。
ポートベローロードには常設のアンティークショップも軒を連ねるが、土曜日には屋外マーケットも店開き。通り全体がアンティークと訪れた人で埋め尽くされる。その活気の中にいるだけでも楽しくなる。
とくに屋台は楽しい。「こんなもの誰が買うんだ???」と思うようなものも並ぶが、そんなものを見るのもまた楽しい。
ポートベローではけっこうあれこれ買った。ナポレオン3世時代(あくまでも売り手の言い分に過ぎないが)の灯油ランプ、18世紀後半のキッチュな卓上ライター、銀器、陶器等々だ。
上記の灯油ランプは、ナポレオン3世時代のものとはいっても、貴族が使うようなきらびやかなものではない。おそらく、平均的な庶民が使っていたものだろう。だから、今でも卓上に置いて、他との調和を乱すようなことはない。
銀器は始めは楽しんで使っていた。が、美しい状態を保つための手入れが大変。なので、今は、たまに棚から出して眺めるくらいだ。
凝った銀細工で装飾された大型のお盆には、アンティークなティーカップも、モダンなコーヒーカップも馴染む、、僕は、こんな感じで、気軽にアンティークを楽しんでいる。
高級店が並ぶバーリントンアーケード。そこで質のいいアンティークものを揃えるジュエリーショップにもよく行った。家内のアクセサリーを見つけるためだ。
小物はけっこうあれこれ買ったが、1度だけ大物(あくまでも僕にとっては、、だが)を買ったことがある。
多くの上質な(と、僕の目には映った)メレダイヤを、ちょっと見にはシンプルに見えるが、よく見ると美しい細工のプラチナ台にはめ込んだリングだ。
19世紀末頃のものと言われた。だとすれば100年ほど前に作られたものになる。「ダイヤもとてもいいものが使われていますよ」とのことだったが、「美しい!」と感じる以外に僕には判断する術がない。
そのジュエリーショップが、バーリントンアーケードで長く商いをしてきたことは知っていた。だから、素人を騙すようなことなんかしない、と思うしかない。
そうとう気合いを入れないと決断できないプライスタグがついていたが、僕は決断した。
この時は家内との旅ではなかった。仕事でロンドンに行った時のフリーな時間の単独行動だった。家内が一緒だったら、「こんな高いものはダメ」と断固反対されただろう。
家内は大喜びだった。「きれい!」「素敵!」「最高!」「ありがとう!」、、決断してよかったと思った。
「いや、そんなことないよ。僕がほしいから買ったんだよ!」と返したが、それ以上追い込まれることはなかった。
このリング、家内はほんとうに気に入ったのだろう。今日に至るまで、もっとも身につける頻度の高いアクセサリーになっている。十分に元は取った、ということだ。
パリのクリニアンクール・マーケットにも何回か行ったが、ここでの戦果は、シトロエン 2CV、エッフェル塔、ゴム車輪の地下鉄等を題材にパリを描いた版画。
55枚の限定版だが、僕のものは39/55。「サンキュー/イイね!」などと勝手に解釈して悦に入っている。35年ほど前、手に入れたように思うが、以来ずっと僕の「お気に入り」であり続けている。
クリニアンクールのもうひとつの大戦果は、
「フレンチブルーのフェラーリF1 Tipo625」の精巧なモデル。
1954年アルゼンチンGPでフランス人ドライバー、モーリス・トランティニアンがドライブし、予選5位、決勝4位に入ったマシン。
これも30年以上僕の部屋の特等席を占拠し続けている。
もちろん限定品で、制作者のペンでの直筆サインが薄れてきているのが不安で仕方がない。
どのくらいの価値があるのかはまったくわからないが、買ったときの価格はそんなに高くはなかったはずだ。でも、僕にとっては大切な宝物である。
最近は怠惰なとしかいいようのない旅しかしていない。でも、こんな原稿を書いていたら、またアンティークマーケットに行きたくなってきた。無性に、、。
● 岡崎宏司 / 自動車ジャーナリスト
1940年生まれ。本名は「ひろし」だが、ペンネームは「こうじ」と読む。青山学院大学を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。放送作家を志すも好きな自動車から離れられず自動車ジャーナリストに。メーカーの車両開発やデザイン等のアドバイザー、省庁の各種委員を歴任。自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏は長男。