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レースファンの皆さんには釈迦に説法かもしれないが、レース用タイヤには晴れ用と雨用の2種類がある。晴れ用タイヤは一見したところ溝がなくてツルツル。いっぽうの雨用は、一般道を走るクルマに装着されているタイヤと同じように溝が刻み込まれている。レースの世界では、前者を「スリックタイヤ」、後者を「ウェットタイヤ」と呼ぶ。
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反対に、晴れの日や曇りの日に用いるスリックタイヤに溝がないのは、水を吸い出す必要がないため、といえる。また、タイヤが路面を捉える力は一般的にいってタイヤが路面と接している面積が大きいほうが強い。雨の降っていない日にスリックタイヤを用いる理由は、ここにもある。
レース用タイヤは、単にスリックとウェットの2択だけではない。同じスリックとウェットでも様々な種類があると溝田監督はいう。「タイヤメーカーには、ものすごい種類のタイヤを作る力があります。その中から自分たちに合うタイヤを選ぶため、レース前にテストを行い、それぞれの特性を確認します」
どのタイヤが一番マッチするかは、レーシングカーの種類、使用するサーキット、天候や気温、ドライバーの好みなどによって変わってくるという。
「たとえば鈴鹿のようにコーナーがきついコースでは、どちらかといえば硬めのタイヤを選びます。コースの路面がざらついている場合も硬め。温度が高いと予想される時も硬めです」(溝田監督)。
裏を返せば、コーナーが相対的にきつくないコース、路面が比較的キレイなコース、気温が低いと予想される時は柔らかめを選ぶわけだ。よく、レースのテレビ中継や場内アナウンスなどで“ソフトタイヤ”“ミディアムタイヤ”“ハードタイヤ”といった言葉が用いられるが、チームが選んだ中で比較的柔らかいタイヤが“ソフトタイヤ”で硬いタイヤが“ハードタイヤ”、その中間が“ミディアムタイヤ”ということになる。
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「タイヤの温度は低すぎても路面をしっかり捉えられないし、高すぎても本来の性能を発揮できません」
溝田監督によれば「タイヤが80℃から100℃」の温度にある時、レース用タイヤは本領を発揮するのだという。一般に私たちが普段使っているタイヤは温度によって性能が大きく変わらないように工夫されているが、それでも一般的な使用条件ではせいぜい30℃から40℃くらいまでしか上がらない。これに比べると、レース用タイヤはその倍以上。ずいぶん高い温度域で使われていることがわかる。
では、どうやってタイヤの温度をそこまで上げるのだろうか?
「以前、タイヤの温度に関する実験をしたことがありますが、ただまっすぐ走っているだけだとタイヤの温度は徐々に下がっていくことが明らかになりました。逆にハンドルをぎゅっと切ると温度がぐんと上がる。曲がる時にゴムがよれて、それでゴム自身が発熱して温度が上がるんですね。同じようにブレーキを使ってタイヤの表面を路面にこすりつけても温度は上がります」
さらには「タイヤがたれてくる」というのもサーキットでよく耳にする言葉のひとつ。これは周回を重ねてタイヤの性能が落ちてきた時に使われる表現だが、これはどういった原理で起きるのか?
「同じタイヤで走り続けると表面が摩耗してタイヤ自身の厚みが減ってきます。そうすると、厚かった時に比べてタイヤの温度が上がりやすくなって、一番性能を発揮できる温度の領域を越えちゃうんですね。このため路面を捉える力も減ってペースも下がる。逆に、タイヤがまだ厚い時は温度が上がりにくくて性能が安定している。たとえば料理をする時、薄い肉はすぐ火が通って焦げちゃうけれど、厚い肉はなかなか中まで火が通りにくいのと少し似ているかもしれません」
スーパーGTのレース距離は300kmが基本。ただし、途中のピットストップでタイヤを交換するのが一般的なので、1セットで最低150kmを走れることがタイヤに期待されることになる。
「タイヤの寿命はタイヤ自身の硬さ、使われる温度、コースの性格によって変わってきます。これも事前のテストでどのくらい持つかを確認して、タイヤメーカーと相談しながらどのタイヤを使うかを決めます」
LEONレーシングが使用するのはブリヂストン・タイヤ。遅くともレースの1ヶ月前にはどのタイヤを使うかを決め、生産を開始しなければいけないという。とはいえ、1ヶ月後のレースでどんな空模様、どんな気温や路面温度になるかは神のみぞ知るところ。つまり、どれほど厳密にテストを行い、優れたタイヤを用意しようとも、そのタイヤが本番でポテンシャルを発揮できるかどうかは天気次第、つまり運任せの部分が少なくないことになる。これもまた、レースの醍醐味のひとつというべきだろう。
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第3戦・鈴鹿の決勝を例に、溝田監督が教えてくれた。
「この気温差は、けっこう大変でしたよ。テストの意味がなくなった、とまでは言いませんが、それでも想定外ではありました」
そんな時、チームの助言と自身の経験を総動員して、ピットインするまで、あるいはフィニッシュまでタイヤのライフをもたせるのは、結局のところドライバーの役割。そんな味方でレースを見るのも面白みのひとつだろう。