2019.09.08
それは、自動車史そのものだった。フォード創立100周年記念イベント
2003年6月、ディアボーンで行われた創立100周年記念イベント。ヘンリー・フォード2世ワールドセンターの広大な敷地のあちこちにテントが張られ、ステージが設けられ、様々なイベントが行われたその様子を述懐する。
- CREDIT :
文/岡崎宏司(自動車ジャーナリスト) イラスト/溝呂木 陽
岡崎宏司の「クルマ備忘録」連載 第111回
フォード創立100周年記念イベント
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2003年6月、創立記念イベントが行われたのはもちろんディアボーン。ヘンリー・フォード2世ワールドセンターの広大な敷地のあちこちにテントが張られ、ステージが設けられ、様々なイベントが行われた。
イベントは5日間開催されたが、僕が参加したのは最終日。初夏の陽射しが眩しく心地よい、、そんな日だった。
まずは、フォード100年の歴史を飾ってきたクルマたちの見学から。その先頭にはもちろんT型フォード(1914年)があった。
T型フォードは、当初から部品の規格化、流れ作業の導入などを推し進めたが、1920年には年産100万台に達したのだからすごい。
量産の成功は、価格を大きく押し下げ、自動車は多くの人の手に届くようになった。
「自動車を創り出したのはダイムラー・ベンツ」だが、「自動車を広く庶民のものにしたのはフォード」と言われる所以だ。
T型フォードやA型フォードの前には、もちろん敬意を持って足を止めた、、が、とくに長く足を止めたのは、50年代半ばから60年代にかけて誕生したクルマたちの前だった。
僕は子供の頃からクルマが大好きだったが、まず好きになったのはアメリカ車。とくに50年代後半辺りからの、華やかでカラフルなアメリカ車が好きだった。まだ、欧州車の「大人の味」を理解する感性も経験もなかったからかもしれない。
それに「シンプルな夢」をそのまま形にしたようなアメリカ車に憧れるのは、べつにおかしなことでもないだろう。
このイベントに集まったフォード車は3000台ほどと聞いたが、MINI生誕30周年の2万5千台よりははるかに少ない。でも、巨大でカラフルなアメリカ車が3千台、広大な芝生を埋め尽くした様は壮観だった。
それも、フォード100年の歴史を彩るクルマたちが、一同に勢揃いしているのだからワクワクする。
ボルボ、ジャガー、ランドローバー、マツダ、アストンマーチン、、当時、フォードグループにあった、これらメーカーの歴史を彩るクルマたちも華を添えていた。
当時のフォードを率いていたのは、ビル・フォード。環境問題への取り組みにも積極的な経営者として知られていた。その取り組みの成果のひとつとしてお披露目されたのが「グリーンルーフ」プロジェクト。
ディアボーンのルージュ工場内にあるトラック最終組み立て工場の屋根を緑化する「グリーンルーフ」構想だ。
大量生産という意味での「20世紀産業史の象徴」とも言われた巨大なルージュ工場は、近代化という時代の波に乗り遅れ、環境面でも大きな課題を抱えていた。
その工場の屋根をシーダムという乾燥に強い多年草で覆い、年間1514万リットルの雨水を吸収。環境管理に多面的な効果をもたらすという。
同時に、工場敷地内には多くの樹木を植え、花壇を造成する。さらには、2万匹のミツバチを飼い、蜂蜜を狙って鳥が集まり、鳥が花粉を運んで多くの花を咲かせる、、そんなプロジェクトにも取り組んでいることが公表された。
その後、この構想がどう進んだのか、あるいは後退したのかは知らない。が、100周年イベントでこの話を聞いたとき、僕は心が温かくなったことを覚えている。
100周年記念イベントでいちばん盛り上がったのは、T型フォード43台のパレードラン。
しかも、43台はオリジナルモデルであり、その内約半数は1915年以前に製造されたもの(T型フォードの生産は1908年から1927年まで)というのだからすごい。
さらには、このパレードラン、カリフォルニアがスタートポイントだったのだから驚く。
つまり、カリフォルニアから3000マイルもの距離を走って、ディアボーンの100周年イベントに駆けつけたのだ。T型フォード時代の装いを纏って、、。
T型フォードのパレードを会場内に先導したのは、ベストセラー、F150トラックのステアリングを自ら握ったビル・フォード。
はち切れそうな笑顔だった。フォードの生い立ちを、自分の生い立ちを、改めて噛みしめていたのかもしれない。
その時、ディアボーンは完全にひとつになっていた。集まった多くのフォードファンにとっても、改めて高い誇りを感じた瞬間だったに違いない。僕もフォードファミリーの一員になったような気がしたものだ。
追記的になるが、、100周年記念イベントが終わった後、プレス向けには、最新の2004年モデルに試乗するプログラムが組まれていた。それもまた楽しかった。
僕がいちばん気に入ったのは「SVT F-150 Ligtning 」というトラック。スーパーチャージングされた5.4ℓ V8のパワーをフルに引き出し、ワイドなタイヤからもうもうとスモークを吐き出させながらの加速は気に入った。
唯一残念だったのは「フォードGT」のステアリングを握らせてもらえなかったこと。
ルマンで王者フェラーリを下し、1960年代後半のスポーツカーレースを席巻した「フォードGT40 」。その復刻版が、2004年モデル番外編として公開されていたので、もしかしたら、と期待していたのだが、、。
しかし、フォード創立100周年を、世界中のファミリーの方々と共に、ディアボーンで祝えたことは一生の思い出になった。
初夏の陽射しの下、3000マイルを走り切ってのT型フォードのパレードは、とくに目に、心に、焼き付いている。
これで、GT40のステアリングを握れていたら完璧だったのに、、、笑
● 岡崎宏司 / 自動車ジャーナリスト
1940年生まれ。本名は「ひろし」だが、ペンネームは「こうじ」と読む。青山学院大学を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。放送作家を志すも好きな自動車から離れられず自動車ジャーナリストに。メーカーの車両開発やデザイン等のアドバイザー、省庁の各種委員を歴任。自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏は長男。
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溝呂木 陽先生の個展が開催されます
本連載のイラストをずっと手がけて戴いている溝呂木 陽 先生の個展が、開催中です。イタリア、パリの街角と、そこに佇むクルマをおなじみの繊細なタッチの水彩画で描いています。ぜひその画を直に見て戴ければと思います。
溝呂木陽水彩展2019
日時:2019.9.7(土)〜9.28(土) 10:00〜18:00
火曜定休 入場無料
場所:FIAT CAFFE松濤
東京都渋谷区松濤2-3-13
☎03-68049992