どんな道でも操りやすくなった
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スタイリングはレーシングカーなみの空力付加物で”武装”した最新のスーパースポーツであるが、性能をあげつつも、運転しやすさを追求し、新しい層へのアピールをはかったモデルなのだ。
日本では7月に東京で、報道陣を集めた発表会が行われ、話題を呼んだ。フェラーリが本社を置く中部イタリアのマラネロ周辺で試乗会が開かれたのは、9月下旬になってからだ。
乗ってみると、十分に待つ価値のあるモデルだった。
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試乗は、「フィオラノ」と呼ばれるフェラーリ自前のテストコースと、マラネロを起点としてエミリオロマーニャ州の山岳路で行われた。
あいにくの雨でテストコースでは慎重にならざるを得なかったけれど、ステアリングホイールのスポークに装着された「マネッティーノ」と呼ばれるドライブモードセレクターで「ウェット」(濡れた路面)を選んでみると、それでも十分に速い。
トルクをコントロールしてタイヤがスピンしないようにするのがウェットモードの目的だ。いっぽう、そのためにドライバーは思いきりよくアクセルペダルを踏める。
「スピンしたって、テストコースは十分にマージンがあるから、だいじょうぶ」。最初の同乗走行で、F8トリブートのポテンシャルを垣間見せてくれたフェラーリのテストドライバー氏は、そう言って笑った。
実際のところ、ウェットモードでも、ストレートの始まり以外で、アクセルペダルを床まで踏む気になれなかった。ただし踏んだときは、車輪はしっかり路面をとらえて、車両はいっさい進路を乱すことなく、期待以上の加速力で直線路を駆け抜けるのだ。
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微妙な路面のうねりや小さなコーナーの連続では、ドライバーはブレーキをうまくコントロールする必要がある。アクセルペダルを緩めてターンインのきっかけを作るのだが、高速から入っていくときは制動も必要だ。
踏みすぎては速度が落ちすぎてしまい、逆に速度を回復するためにアクセルペダルを必要以上に踏んで姿勢が不安定になることも、一般論としてはある。
F8トリブートは、許容範囲が広くて、アクセルペダルを多少乱暴に踏んでも、ウェットモードであるかぎり、挙動はいっさい乱れない。
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車体各所のスポイラーや整流板など、いわゆる空力付加物はしっかり”仕事”をしてくれているのだろう。ステアリングホイールの動きに合わせて、車体がおもしろいようにスムーズに動く。
とくにフロントには「Sダクト」が設けられているのがF8トリブートの特徴といえる。空気を採り入れてダウンフォースを作り、前輪をしっかり地面に押しつけ操舵性を確保するのが目的だ。
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航空機のタービンからインスピレーションを得たという空調用のエアアウトレットが並ぶダッシュボードは、レザーと炭素樹脂を使って有機的なカーブを作り出したものだ。
いかにも軽そうなシートだがクッションはしっかりと入っていて、長い距離のイタリアの田園地帯のドライブでからだのどこかに苦痛を感じたことは皆無だった。
ユニークかつ、意外なほど使いやすい
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ワイパーレバーがステアリングホイールのセンター部分のボタンになっているのもユニークだが、じつは慣れると、意外なほど使いやすい。走っていると、突然の雨に見舞われた今回のドライブで、しっかりその機能的デザインを検証することが出来たのである。
488GTBの670CV(493kW)に対して、F8トリブートの3902ccV8ターボエンジンは、720CV(530kW)を発生する。車体は40キロ軽量化。結果、静止から時速100キロまでに要する時間は3.0秒から2.9秒に、時速200キロまでは8.3秒から7.8秒へと短縮されいるのだ。
加速が向上しているのは、空力の見直しによるところが大きい。さらにコーナリングスピードも空力ボディの恩恵を受けている。フェラーリによると、空力設計のおかげで、コーナーの脱出速度は488GTBより6パーセント速くなっているという。
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488シリーズにはトップパフォーマンスモデルとして488ピスタがある(あった、というべきかな)が、最高出力の数値は同等。ただし実際には排圧のコントロールなどが違い、ピュアなスポーツカーという点では、488ピスタに軍配が上がる。
いっぽうで、高速での乗り心地を含めて、操作性の高さではF8トリブートが勝るのだ。「フェラーリに初めて乗るというひとも受け入れてくれるよう開発しました」。マラネロで出会ったフェラーリのエンジニアの言葉に説得力を感じた。
なぜF8トリブートでは”乗りやすさ”を強調しているかというと、パフォーマンスではさらに上をいく1000CVの「SF90ストラダーレ」が発表されたからだ(日本では10月9日に発表)。
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サウンドを別とすれば、フェラーリは、相変わらずいい仕事をしている。乗れば絶対に好きになれるだろう。どうして、こんな造型なのだろうか、とボディ外板や室内各部を点検しながら、フェラーリのクルマづくりの考えを理解していくという楽しさもしっかりある。オーナーになることを楽しませてくれるモデルだ。
価格は3245万円である。
フロントには前輪のグリップを高めるダウンフォースを生むための「Sダクト」という機構が採用されている
コクピット背後には透明な合成樹脂のカバーごしにV8エンジンが見える
かつての308へのオマージュとして丸型4灯のテールランプが採用された
フィオラノは雨にたたられたが、すばらしい安定性を体験できた
一見エモーショナルなのだが機能性が高いデザインのコクピット
ステアリングホイールに「マネッティーノ」と名づけられたドライブモードセレクターが備わる
90度の3902ccV8ターボエンジンは、530kW@7000rpmの最高出力と770Nm@3250rpmの最大トルクを発生し、7段ツインクラッチギアボックスを介して後輪を駆動
フロントにはけっこう深い荷物入れが設けられている
マラネロでテストドライブへ出発するのを待つF8トリブート
ハンドリングが素直で、かつ加速性と減速が鋭いので、どんな道でも操りやすい
フロントには前輪のグリップを高めるダウンフォースを生むための「Sダクト」という機構が採用されている
コクピット背後には透明な合成樹脂のカバーごしにV8エンジンが見える
かつての308へのオマージュとして丸型4灯のテールランプが採用された
フィオラノは雨にたたられたが、すばらしい安定性を体験できた
一見エモーショナルなのだが機能性が高いデザインのコクピット
ステアリングホイールに「マネッティーノ」と名づけられたドライブモードセレクターが備わる
90度の3902ccV8ターボエンジンは、530kW@7000rpmの最高出力と770Nm@3250rpmの最大トルクを発生し、7段ツインクラッチギアボックスを介して後輪を駆動
フロントにはけっこう深い荷物入れが設けられている
マラネロでテストドライブへ出発するのを待つF8トリブート
ハンドリングが素直で、かつ加速性と減速が鋭いので、どんな道でも操りやすい
● 小川フミオ / ライフスタイルジャーナリスト
慶應義塾大学文学部出身。自動車誌やグルメ誌の編集長を経て、フリーランスとして活躍中。活動範囲はウェブと雑誌。手がけるのはクルマ、グルメ、デザイン、インタビューなど。いわゆる文化的なことが得意でメカには弱く電球交換がせいぜい。