2019.10.13
モナコのロールスロイス
ロールスロイスは乗り手を選ぶクルマの最上級である、という著者が出会った最高にエレガントだったシーンとは?
- CREDIT :
文/岡崎宏司(自動車ジャーナリスト) イラスト/溝呂木 陽
岡崎宏司の「クルマ備忘録」連載 第115回
モナコで出会った素晴らしいRR
今回の思い出話も、そんなあれこれの中のひとつだ。
ハッキリは覚えていないが、確か80年代の終わり頃だったかと思う。
ニースでの仕事を終えた後、2日間のフリータイムを取ってモナコで過ごした。季節は初夏。
泊まったホテルは「モンテカルロ・グランド」。現在の「フェアモント・モンテカルロ」だが、F1 モナコGPで有名なヘアピンの前に位置するホテルだ。
もちろん、部屋は「オーシャンフロント」を取ったが、地中海の抜けるような蒼さを眺めているだけでも最高の気分だった。
朝食も、ランチも、ディナーも、、全部、地中海を目の前にするテーブルをとった。
モナコGPの名物でもあるトンネルも、このホテルの下を通過している。それを考えただけでもワクワクした。
ニースからの足はレンタカーを使ったが、モナコでは、F1のコースを辿るのと、モンテカルロラリーのコースの一部を辿る以外、クルマは使わなかった。
つまり、徒歩で動いたということ。坂は多いが、小さな街だし、当時はけっこう健脚でもあったので、なんの問題もなかった。
1泊した翌朝は早起きして、静かな早朝の街を歩いた。ハーバーの散歩とハーバーのカフェでのモーニングコーヒーが目的だ。
ハーバーをタップリ味わった後は、F1のコースを辿ってホテルまで。楽しい散歩だった。
その散歩の途中で出会ったロールスロイス(以下RR ) が今日の本題なのだが、場所はカジノ広場。
家も、ヨットも、クルマも、、とにかく贅沢なものには事欠かないモナコだが、カジノ広場はその象徴。すごいクルマを見たければカジノ広場に行けば確実に目的は叶えられる。
まだ早朝(8時頃?)だったので、カジノ広場も静かだったが、、ゆっくり広場入ってきた1台のクルマが目に留まった。
RRコーニッシュ・ドロップヘッドクーペであることはすぐわかったが、まず、その色に惹かれた。ボディは細かいメタリックの入った淡いチョコレート・ブラウン。
トップはボディカラーを一層淡くした、オフホワイトに近いチョコレートだったが、ボディカラーとのコンビネーションは文句なし。華やかさと上品さを兼ね備えていた。
トップは開けていたが、無雑作に開けただけ。そのさりげなさもいい雰囲気だった。
かなり長く乗り込んでいる感じで、適度なやれ感があったのもよかった。ワックス掛けなどほとんどしていない、、いわゆる「ピカピカ感」がまったくなかったのもよかった。
こんなことだけでも十分に惹かれたが、乗っていた二人連れがさらに心を踊らせた。
運転していたのは、RRに相応しいやや大柄な体格の男性。髪はすっかり白くなっていた。60〜70才くらいだったと思う。チラリと見ただけだが、優しげで品位ある顔立ちだった。
初夏の朝は少しヒンヤリしていたが、白いシャツだけ、というのがまたよかった。
で、もう一人の同乗者がどんな人物だったのかというと、、チャイルドシートに座った、きれいな金髪の男の子。
白いシャツに紺色っぽい上着を着ていたが、たぶん幼稚園児だったと思う。
つまり、おじいちゃまが孫を幼稚園に送ってゆくところ、、と考えるのが妥当だろう。
RRは「乗り手を選ぶ」という点では最上位に位置するクルマ。それだけに、乗り手とのコンビネーションに心惹かれる機会は決して多くはない。いや、少ない。その数少ない中でも最高だったのが、今回ご紹介するモナコでの出会いだ。
視界に入ってから、前を通りすぎ、姿が見えなくなるまで 僕の目はRRを、そのRRが演じるシーンを追い続けた。
こんなにも優しくて穏やか、控えめながらも際立ったエレガンスと品位をRRから見せつけられたのは、初めてのことだった。
あんな雰囲気で乗れたら、僕だってRRを買う気になったかもしれない。いや、きっと買っただろう。でも、どう頑張ってもあがいても、僕にあんな雰囲気は出せっこない。
モナコという場所が、あのシーンをより際立たせていたこともあるだろうが、、とにかく、あのシーンに出会ったことで、RRへのイメージの幅は大きく拡がった。
いささか硬い目で心で見ていたRRが、柔らかい目で優しい心で見られるようにもなった。貴重な出会いだった。
● 岡崎宏司 / 自動車ジャーナリスト
1940年生まれ。本名は「ひろし」だが、ペンネームは「こうじ」と読む。青山学院大学を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。放送作家を志すも好きな自動車から離れられず自動車ジャーナリストに。メーカーの車両開発やデザイン等のアドバイザー、省庁の各種委員を歴任。自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏は長男。