2023.01.22
世界を笑顔にしたニュー ビートル。乗るなら今⁉
歴史に名を遺す名車、「ビートル」をモチーフに現代風にアレンジしたニュー ビートル。性能よりもその存在感で世界を笑顔にした個性的なクルマは、筆者にとっても思い出の多い印象的な一台だった。すでに2010年に生産終了になっているけれど、今の中古車市場を見ると……。
- CREDIT :
文/岡崎宏司(自動車ジャーナリスト) イラスト/溝呂木 陽
岡崎宏司の「クルマ備忘録」連載 第201回
多くの笑顔を運んだニュー ビートル
歴史に名を遺す名車、「ビートル」をモチーフに現代風にアレンジ。そのデザインを、「安易なレトロ」と評した人もいた。
「VWらしい合理性がまったくない」という声も聞かれた。そんな声を僕は聞き流した。
かつてのビートルの栄光にあやかっていることはたしかだし、これほど非合理的なパッケージングも滅多にあるもんじゃない。
でも、僕は好きだった。単純に、理屈抜きに好きだった。
プラットフォームはゴルフⅣと共用。つまり、フラット4をリアに積むRRから、横置き4気筒をフロントに積むFFへと、基本構造は180度変わった。
そんな厳しい条件下で、「ビートルという永遠のキャラクターを再現した」ことに、僕は単純に拍手を送った。
ニュービートルは、多くの笑顔を作り出したし、ハッピーな空気を作り出した。
「それだけで存在価値は十分あるじゃないか!」、、と、僕は思うのだ。
その時は「面白いことやるなぁ!」程度の気持ちでしかなかった。ちょっと「オモチャっぽく見えた」からだろう。
しかし、翌1995年、東京モーターショーに展示された「コンセプト2」には惹かれた。オモチャっぽさは消え、「ビートル」の名を受け継ぐにふさわしい姿に進化していた。
この東京モーターショーでの大好評が決定打になり、正式な市販化が決定されたというが、頷ける。ニュービートル コンセプト2のブースは大盛り上がりだった。弾むような笑顔で溢れていた。
ニュービートルのいちばんの目的は、アメリカ市場でのVWブランドの強化にあったとされる。だとすれば、狙いは当たった。
デトロイトモーターショーでも、輸入車の大市場であるカリフォルニアでも、ニュービートルは多くの笑顔と拍手で迎えられた。僕はその現場に立ち会い、肌感覚で確認している。
かつてのビートルは、アメリカ市場で成功を勝ち取った初めての小型車だった。言い換えれば、VWは、アメリカ市場で小型車を認めさせた初めてのブランドということになる。
巨大で、華やかで、パワフルなアメリカ車全盛の中、小さくて、質素で、非力な小型車が認められたのは画期的な出来事だった。
しかし、VWは、ビートル以降の商品戦略、あるいは市場戦略をうまく前進させることができなかった。、、結果、ビートルへの熱気が薄れてゆくのとシンクロするように、アメリカ市場でのVWへの熱気も薄れていった。
日本車は短期間で成果を出した。そして、その手を緩めることなく、アメリカ市場を研究し追求し続けた。結果は知っての通りだ。
となると、VWにしても座視しているわけにはいかない。当然、巻き返しにかかった。その牽引役として誕生したのがニュー ビートルということだ。
ただし、牽引役とはいっても、ニュー ビートルが大量に売れることなどありえない。あくまでも、ビートルという偉大な存在を思い出させる、そしてVWブランドを思い出させるための仕掛け役である。
アメリカの人たちの心の中に潜んだビートルの想い出の数々、、。それを、楽しく、心地よく、ハッピーな気分と共に引き出す。その結果として、VWブランドを再認識してもらおうといった作戦、、僕はそう考えた。
こうしたVWの意図は達成された。アメリカ市場はニュー ビートルを拍手喝采で迎えた。
上記したように、デトロイト モーターショーでも、カリフォルニアでも、、ニュー ビートルを前にした人たちは笑顔笑顔だった。
いや、笑顔笑顔はアメリカだけではない。日本でも欧州でも同じだった。
ニュー ビートルは見事なほど印象的な曲線と曲面で構成されている。クリーンだしクォリティ感も高い。同じことは、インテリアにも言える。
一般論的には明るいボディカラーが似合うが、ダーク系もけっこう粋に着こなす。
対照的に、前席は広々している。強く傾斜したフロントウィンドゥ下端は遥か遠くにあり、ダッシュボード上面は巨大な面積を持つ。そして、頭上には、両手を組んで伸びができるほどの空間がある。
ガラス面積も大きい。だが、Aピラーとドアミラーによって、右ハンドル車なら右前方視界、左ハンドル車なら左前方視界に大きな死角ができる。これはかなり怖い。
安全性へのこだわりの強いVWの仕事とは、ちょっと信じ難い。でも、これは現実だ。
つまり、RR+フラット4とFF+横置き4気筒という、とてつもなく高く厚い壁を乗り越えて、なんとしても「ビートルキャラ」を再現しようとした結果がもたらしたもの、、としか言いようがない。
ニュー ビートルに対しては、こうした「VWらしからぬところ」をも含めて、あれこれややこしいことは言いたくない。好きか嫌いかでオンオフを決めればいいと思う。
ニュー ビートルにはカブリオレもあるが、もし、僕が手元に置くなら断然これがいい。
カブリオレに初めて乗ったのはLAだったが、ほんとうに楽しかった。
クリームイエローのボディカラーにベージュのトリム、そしてブラックのソフトトップというコンビネーションだったが、ひと目で気に入った。
カリフォルニアの明るい空に海に街に、、ピッタリ馴染んだ。
ハマーH2、キャディラック エスカレード、メルセデスSL、ポルシェ911 カブリオレ、、そんなクルマが駐まっていると、その横に並べて眺めてみたりもした。
予想した通り、ニュービートル カブリオレの存在感は、こうしたスーパースターたちにも負けなかった。いや、「人目を引く」という点では勝っていたとさえいえる。
加えて、多くの人から笑顔を引き出した。見る人をハッピーにする姿に秘められたエネルギーは半端ではなかった。
幌もかつてのビートルカブリオレに倣ったもの。Z型に折り畳まれてシート後方に背負う形で収納される。これまた個性的でいい。
3層構造の幌は耐候性も高いし、内張も綺麗に仕上がっている。居住感は文句なしだし、幌を上げた時の姿もまた文句なしだった。
ニュー ビートルの寿命は短かった。だが、明るくハッピーなイメージと共に、VWブランドの存在感を強いインパクトで伝えた。その役割は十分に果たしたと僕は考える。
ちなみに、今回、ニュー ビートルをピックアップしたのには理由がある。もちろん、好きだから、いつかは書くつもりだったが、、。
で、その理由とは「中古車価格の安さ」だ。
ネットをなんとなく見ていたら「ニュー ビートルの中古車が安い」というタイトルが目に飛び込んできた。
で、早速、検索してみたのだが、たしかに安い。2010年の生産終了だから新しくても13年前のものになる。だから当然なのかもしれないが、40~50万円のものがゾロゾロある。
カブリオレになると、さらに「安いな」感は強くなる。80~140万円で選り取り見取り状況だ。
「ただの旧い大衆車」と冷ややかに見れば、こんなものか、、となるだろう。でも、僕はニュービートルを「強くキャラの立ったスペシャルティ」だと捉えている。だから、「安いな!」と感じる。
さて、皆さまの判定は、、?
● 岡崎宏司 / 自動車ジャーナリスト
1940年生まれ。本名は「ひろし」だが、ペンネームは「こうじ」と読む。青山学院大学を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。放送作家を志すも好きな自動車から離れられず自動車ジャーナリストに。メーカーの車両開発やデザイン等のアドバイザー、省庁の各種委員を歴任。自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏は長男。
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