「私は理想のロードカーを作りたいと長年夢見てきました。たった1台しか売れなくてもいいと、10年以上も前からプランを温め続けていたのです。しかし目の前には多くのプロジェクトがあり、なかなか手を付けることなしに日時が過ぎ去っていきました。そこで、自分に言い聞かせたんです。80歳の誕生日までに作れなければ、もう終わりにしよう、と。それがやっと出来上がりそうなんです。そのクルマは私たちがレースから得た経験を活かした、ちょっと変わったクルマです。なんとドアもないし……・」
ジャンパオロ御大はうれしそうに語ってくれたのだ。この彼が語った“ちょっと変わったクルマ”こそが、ダラーラ・ストラダーレであった。
ミウラでやり残したことをダラーラ・ストラダーレに反映させた
1972年ダラーラ・アウトモビリを設立し、レースカーコンストラクターとして、自動車開発エンジニアリングとして世界にその名を轟かせている。インディカーやフォーミュラEは全てダラーラ製であるし、フェラーリやランボルギーニの市販モデルは皆、ダラーラの開発コンサルタントを受けている。
前述したようにモータースポーツ、はたまた市販スポーツカーの開発において無くてはならない会社でもあった。早くから風洞実験室やドライビング・シミュレーターなどを含む設備投資も積極的に行われたし、そこには多くのノウハウの蓄積があった。だから、これほど安心して開発を任すことのできる会社はなかった。そして、レースもルーティンに途切れること無く毎年開催される……。彼らは本当に忙しかったのだ。
巨大なV12気筒エンジンを横置きにミッドマウントするという誰もやったことのない取り組みに試行錯誤の毎日であった。それだけでない。信じられないような短期間で完成させ顧客の手元へ届けなければならないプレッシャーもあった。であるから、すべての面において完璧な出来映えであったかといえば、そうでもなかった。ジャンパオロらは、生産しながらひとつずつ問題点を解決して行き、最終モデルSVのころにはかなりのレベルまで仕上がったのだが。
ダラーラ・ストラダーレは強固なカーボンファイバー製バスタブシャーシと横置きにしたミッドマウントエンジンレイアウトから成り立っている。そう、この基本レイアウトはハイパフォーマンスカー向けのモノコックシャーシ―1960年代にはまだ技術的に完成していなかった― と横置きミッドマウントエンジンというミウラのDNAをそのまま受け継いでいるのだ。
ダラーラ社は自動車開発におけるノウハウを誰よりも持ってはいたが、あくまでもコンサルタント会社であった。そこで、彼らはこのダラーラ・ストラダーレという限定600台を作る為だけに新たに製造部門を設け、自動車メーカーとしてのスタートを切った。
今や市販車の開発及び販売をはじめることはそう簡単なことではない。保安基準のクリアや各種ホモロゲーション獲得に掛かるコストと時間は莫大なものになる。ダラーラ・ストラダーレは商業的成功とはまったく異なった“情熱”の元に誕生した世にも希なクルマなのだ。
徹底した軽量化と“一点豪華主義”のシャーシー
この軽量化に関して、現代のハイパフォーマンスカーには大きなハンディがある。多くのモデルは様々な安全基準をクリアするためにどんどんとボディは大きくなり、それに対応してよりハイパワーなエンジンの搭載を行うことになる。さらに開発コストや製造コストも上昇するから、価格も高いものとなる。すると、顧客が満足するよう豪華なインテリアや居住性などへの配慮も必要となり、それは重量増へとつながるループが生まれる。
対してダラーラ・ストラダーレはすべてがミニマル指向だ。軽量化を徹底することによって、少ないエンジンパワーで充分なパフォーマンスを実現できる。ブレーキ、タイヤなどをはじめとするパーツもシンプルなもので済むのでコストダウンにもつながる。
ダラーラ・ストラダーレの開発ドライバーであり、世界中のハイパフォーマンスカーの調教師でもあるロリス・ビコッキはこう語る。「一足先に開発に関わっていた仲間の助手席に座り、はじめて私がサーキットでダラーラ・ストラダーレに乗った時のことです。彼はあっという間にスピードを上げ、コーナーに向かってノーブレーキで突っ込んで行くではないですか。私は思わず目をつぶってしまいました。しかし、クルマは何のストレスもなくコーナーをクリアしていったのです。ダラーラ・ストラダーレは魔法のようなクルマですよ」と。
ちなみに彼の名誉の為にいうならば、彼自身400km/hを超えるハイスピードドライビングにおけるマシントラブルにも平然と対応できるようなとんでもないテクニシャンである。ジャンパオロはこの強力なダウンフォースによって、誰でもが安全にドライビングを楽しむことができるクルマに仕立てる事を目指したのだ。
つまり、重要なのは全体のバランスであり、決してエンジンパワーだけにパフォーマンスを頼らないという、まさにクレバーな“ダラーラ経典”である。
現在のクルマとしては珍しくエアバッグが装着されていないが、その代りにシャーシへと強固に固定された4点式シートベルトが標準装備されている。ダラーラ・ストラダーレは市販車両の域を大きく超えた安全性の追求が行われているのだ。
600psは不要。あえて400psにこだわった理由とは
しかし、これでは使用用途が大きく限定される。顧客からルーフを付けてくれという要望が来ることが充分想定できた。そこでスタッフ達は知恵を絞った。その結果、取り外しが可能であり、市販車として世界ではじめて認証を受けた軽量ポリカーボネイトのウインドスクリーン+ガルウィングドアの採用というカウンター案を考え出し、みごとジャンパオロを説得した。
何回ものシミュレーションの結果、ハイパワー仕様に合わせて各部の補強を行い、重量増を招くよりも、400psの方が高い動的性能を発揮するということが解ったというのだ。まさにジャンパオロ粘り勝ち、執念の400ps案が採用された。
「ジャンパオロが考えるダラーラ・ストラダーレの楽しみ方を自ら実践してみるのも、インポーターの役目です。しかし、そんなことを忘れさせるくらいドライビングが楽しめました。まさにユニークなスポーツカーですね。」と野澤氏。
6月のレースは結構な雨に祟られたが、クルクルとスピンするマシンが続出する中、一度もスピンすることもなくハイペースで周回するダラーラ・ストラダーレに改めて感銘を受けた。これぞジャンパオロの考える理想のクルマの楽しみ方だ。“走るには理由はいらない。ただ走り、時に仲間と楽しい時間を共有する……”という。
● 越湖 信一(えっこ しんいち)
PRコンサルタント、EKKO PROJECT代表。イタリアのモデナ、トリノにおいて幅広い人脈を持つカー・ヒストリアン。前職であるレコード会社ディレクター時代には、世界各国のエンタテインメントビジネスにかかわりながら、ジャーナリスト、マセラティ・クラブ・オブ・ジャパン代表として自動車業界にかかわる。現在はビジネスコンサルタントおよびジャーナリスト活動の母体としてEKKO PROJECTを主宰。クラシックカー鑑定のオーソリティであるイタリアヒストリカセクレタ社の日本窓口も務める。著書に『Maserati Complete Guide』『Giorgetto Giugiaro 世紀のカーデザイナー』『フェラーリ・ランボルギーニ・マセラティ 伝説を生み出すブランディング』などがある。