劇場スタイルの観客席の前には3500GTヴィニヤーレ・スパイダーから現行最新モデルまでが、あたかもドライブシアターのように並び、これから始まるイベントへ向けて興奮が高まっていた。また、サーキットのコースに目を向けるなら、MC12、ボーラ、初代ギブリなど歴代マセラティが夕日の中を疾走している。
機会を逃さず、ここで重要な質問をしておこうと早速、彼らに突進する。筆者は入国時の自主隔離を避ける特例を活用してのイタリア入国であるから、120時間しかイタリアに滞在できないのだ。
もちろんそのドライバーはかつてMC12を操り、大活躍したアンドレア・ベルトリーニだ。5月に予定されていたこのローンチ・イベントであるが、コロナ禍の為、延期となり、ようやく開催が叶ったのだ。厳しい状況におかれていた当地であるが、それに挫けることなくモデナのスタッフ達は精力的に開発を進めていた。おめでとう!マセラティの仲間達。
復活! マセラティVSフェラーリ
マセラティは1914年創立の名だたるスポーツカー・メーカーであるが、その歴史には紆余曲折があった。イタリアはモデナの地元資本であるオルシ家の手を離れて以降、シトロエン、デ・トマソ、フィアットとマネージメントが移動した。そして、1997年、イタリア自動車界に激震が走った。当時、同じフィアット傘下にあった、”因縁のライバル”フェラーリの下、グループの一員となったのだ。マセラティはフェラーリ流の開発環境へと大きな舵取りを行い、重要なDNAであるエンジンの開発製造もフェラーリの主導となった。
22年ぶりに自社開発されたオリジナルエンジンの製造が、マセラティ・モデナ工場にて始まったことは、マセラティスタにとってうれしい事件だ。また、CFRPシャーシのエキスパート、ダラーラ社との共同開発による新シャーシ(製造はラ・フェラーリやアルファロメオ4Cのシャーシを手掛けたアドラー社が担当)も導入され、リノベーションが行われた伝統のモデナ工場において一台ずつハンドメイドでMC20は組み上げられる。マセラティは本気でブランドの再構築に取り組んでいることが解る。
“エンジン屋”マセラティの復活
突出した空力性能
前述のランディーニは「MC20はジェントルマン・ドライバーの為のクルマです」と自信を持って語る。つまり、快適にレース・トラックまでロング・ドライブを行い、そのまま、存分にサーキットを楽しんで欲しい、それも安全に、ということだ。
クリーンなスタイリング
エレガントでミニマルなインテリア
マセラティスタとすれば、歴代のモデルに採用されているアナログ・ウォッチはどこに?とつい気にしてしまう。結論から言うとそれは存在しないのだが、センターコンソールの最上部にあるドライビングモード・セレクターがその存在感を受け継いでいる。マセラティ・ブルーの深みのあるベゼルが映えるが、ここに時計があってもいい。
こだわりのバタフライドア
充分なラゲッジスペース
ラゲッジスペースの総容量は総容量はさほど大きいわけではないが、使い勝手の良い形状ではあるようだ。ライバル達はリヤではなくフロントに比較的大きなスペースを設けているが、対してMC20のフロントラゲッジスペースは小ぶりだ。その理由は後述しよう。
近未来を見据えたMC20
既にテストが繰り返されている800Vシステムを採用したAWBフル電動バージョンの搭載を前提に、MC20はシャーシ、ボディからサスペンション等が設計されている。フロントには電動アクスル搭載の為のブラケット類が既に用意されており、シート後ろにはバッテリー搭載の為のスペースが確保されている。ラゲッジスペースが、MC20の効率的なレイアウトの割に小ぶりであるのは、これが原因でもある。逆に言えば、内燃機関スポーツカーとして、ラゲッジスペースは並の容量であるが、BEV(バッテリー電気自動車)同士で比較するなら、電動MC20はかなりのアドバンテージがあるはずだ。
(比較的)手に入れやすい……
結論
また、これから全貌が明らかになるフル電動モデルも、完成度の高さが噂されているから、こちらも十分にそそられる。そういう点では、なんとも悩ましい選択を私達に強いるMC20である。
● 越湖 信一(えっこ しんいち)
PRコンサルタント、EKKO PROJECT代表。イタリアのモデナ、トリノにおいて幅広い人脈を持つカー・ヒストリアン。前職であるレコード会社ディレクター時代には、世界各国のエンタテインメントビジネスにかかわりながら、ジャーナリスト、マセラティ・クラブ・オブ・ジャパン代表として自動車業界にかかわる。現在はビジネスコンサルタントおよびジャーナリスト活動の母体としてEKKO PROJECTを主宰。クラシックカー鑑定のオーソリティであるイタリアヒストリカセクレタ社の日本窓口も務める。著書に『Maserati Complete Guide』『Giorgetto Giugiaro 世紀のカーデザイナー』『フェラーリ・ランボルギーニ・マセラティ 伝説を生み出すブランディング』などがある。