2021.02.07
これぞ大人のテーマパーク!? フォルクスワーゲン「アウトシュタット」
フォルクスワーゲン・グループが運営しており、ドイツ北部にある複合施設「アウトシュタット」。同エリアにはあの「リッツ・カールトン」が併設するなど、単に自動車博物館だけではなく、大人にとってのテーマパークだった!?
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文/岡崎宏司(自動車ジャーナリスト) イラスト/溝呂木 陽
岡崎宏司の「クルマ備忘録」連載 第152回
アウトシュタットとリッツ・カールトン
とくに、歴史を含めた「ブランド」に強い拘りをもつ欧州メーカーの施設には心惹かれるものが多い。そんな中でも、強いインパクトを受けたひとつが、VW「アウトシュタット」。VW本社/本社工場のある、独ニーダーザクセン州ウォルフスブルクにある。2000年6月に開催されたハノーバー万博に合わせてオープンされたテーマパークだ。
アウトシュタットは広大な敷地に建設されたが、初めて目の前にしたときの印象は強烈だった。「豊かな未来都市が忽然と眼前に現れた!!」、、、とでも言えばいいのだろうか。とくに、そのアイコンともいえる超モダンなガラスの高層ツインタワーの存在感/インパクトには圧倒された。
大都市のビル群の中にあるのなら、「ワッ、カッコいいビルだな!」程度のインパクトで終わったかもしれない、、、が、360度見回しても高い建物など一切ない。「天空を突く」かのようなこのツインタワーが「カータワー」であることを知らされ、驚きはさらに加速した。
2塔ともに高さは48mの40階建て。各々に400台ずつ、計800台が格納できるという。ちなみに、タワーは工場と地下道で結ばれており、納車を控えた新車が、一切の自走なしで送り込まれる。
地元のドイツからだけではなく、欧州各国からも多くが訪れるようだ。「日本からの方もいらっしゃいますよ」と聞いた。受け取った新車で欧州ドライブ旅行を楽しむ、、、そして、最後に、ハンブルク等の港へ行き、日本への輸送手続きをして旅を締めくくるということだ。
クルマはタワーからカスタマーセンターに移され引き渡される。が、その前にツインタワーを見上げ、「あの中に僕のクルマがあるんだ!」と思ったときの鼓動の高まりは、一生ものの思い出になるだろう。
余談になるが、カータワーをガラス張りのエレベーターで上下したことがある。色とりどりの新車400台が埋め尽くす中での垂直上下移動も異次元感覚の体験だった。
この敷地内にはVWグループ各社(VW、アウディ、ポルシェ、シュコダ、ランボルギーニ)のパビリオンも点在する。展示車にとどまらず、モダンな建築とその空間の演出も大いに楽しめる。その他にも「コンツェルンフォーラム」と名付けられた博物館があり、クルマに関するあれこれの知識をわかりやすく学べる。
さらに、「コテージ」と呼ばれる建物には、世界から集められた希少な名車が展示されている。こうした施設は、誰にでも親しみやすい雰囲気で構成されている。クルマに特別な思いを抱いていないような人でも、、子供でも、、、わかりやすい、なじみやすい構成になっているということだ。そんなこともあってか、アウトシュタットには家族連れが目立つ。そして、大人も子供もみんな楽しげだ。
しかし、アウトシュタットの計画に当たって、フェルディナント・ピエヒは、最高の寛ぎとサービスを提供できるホテルが絶対に必要、、、と考えたのだろう。リッツ・カールトンが選ばれた経緯は知るよしもないが、「ピエヒの美意識」を考えれば頷くことができる。
僕はアウトシュタットに4度行ったが、いつも、リッツ・カールトンに泊まった。アウトシュタットももちろん楽しいが、それよりも、「リッツ・カールトン・ウォルフスブルク」に泊まる方がさらに楽しい。
ホテルは馬蹄形をした5階建て?。その表情はしっとりと落ち着いている。大都会のホテルのようなきらびやかさは一切ないが、上質なホテルであることは直感的にわかる。でも、端正でシックでな佇まいのホテルの背後に、古びた4本の高い煙突が「突き出している」ように見える、、、アンマッチの極みともいえるようなその光景は、一度見たら忘れられない。
ちなみに、「古びた4本の煙突」とは、ホテル背後の運河を挟んで建つ石炭による火力発電所の煙突。かつて、VW本社工場に送る電力を生み出していた発電所だ。しかし、その煙突から煙が吐き出されることはもうない。現在、この発電所は「ガスタービン・コンバインドサイクル」に入れ替える工事が進んでおり、21~22年には完成するとのこと。
と同時に、「煙突はもちろん、煉瓦造りの工場建屋もドイツの重要文化財に指定されているので、なくなることはない」とも聞いた。うれしい話である。外観と同様、ホテル内もシンプルな装いだが、上質さと清潔感は超一級。少なくとも、僕にとっては「最高に寛げるホテル」だ。
広いメインルームは、落ち着いた書斎のようであり、大きな壁面を埋めた本棚には新旧多くの本が、、、それも、立派な本が仰々しく並べられているのではなく、ある種の生活感が漂うような佇まいだった。テーブルや椅子などの家具も、華美なものは一切ない。しかし、さり気なく置かれたような飾り気のない椅子が、アールデコ期の高名なアーチストの作品だったりするのだ。
いくつかのサブルームも同様の雰囲気であり、とにかく「自分の家に帰ってきたような寛ぎと安らぎ」で包まれる、、、そんな感覚を僕は感じた。
すでに話したが、高い宿泊費を払って泊まるスペシャル・スイートの趣はまったくない。「フェルディナント・ピエヒの個人的な友人知人を招くための部屋なんだろう」と、僕は思った。大切な人たちが「自分の家に帰ったように寛げる部屋」、、、きっと、そんなコンセプトで細部にまでこだわった答えなのだろうと思った。
ちなみに、この部屋に泊まった日本人第一号は、当時のソニー社長、出井伸之と聞いた。フェルディナント・ピエヒとの個人的関係も強かったようだが、納得だった。
アウトシュタットで一日を過ごし、リッツ・カールトンで一夜を過ごす、、もう一度、そんな旅がしたいものだ。
● 岡崎宏司 / 自動車ジャーナリスト
1940年生まれ。本名は「ひろし」だが、ペンネームは「こうじ」と読む。青山学院大学を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。放送作家を志すも好きな自動車から離れられず自動車ジャーナリストに。メーカーの車両開発やデザイン等のアドバイザー、省庁の各種委員を歴任。自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏は長男。