2017.12.15
THE PENINSULA TOKYO RALLY NIPPON 2017
総額100億円超! 殊玉の名車たちが日本の名所を走り抜いた4日間
“日本の世界遺産や文化遺産をクラシックカーで繋いで、ニッポンの美しさを国内外に発信する”をコンセプトに、2009年にスタートした「ラリーニッポン」。第9回となる今年は、「LEON.jp」前田陽一郎と、本誌石井 洋の“我らが編集長コンビ”がチームLEONとして参加。トータル約1100kmを4日間で走りきり、無事にゴールを切りました。2人は参戦をとおして何を見て、何を感じたのか──そのすべてを前後編に分けて語り合います
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まとめ/山口幸一
クラシックカーのラリーで唯一、観光庁の支援を受けているイベント
京都から東京までの約1100kmにも及ぶ今回のルートは、1都1府7県にわたり、比叡山延暦寺、多賀大社、白川郷、飛騨高山、富士山をはじめ、古来より日本を代表する場所が経由地として選ばれました。国内外から集まった約80組の参加者たちは、それらの歴史や文化にも触れながら、4日間をかけてゴールとなる「ザ・ペニンシュラ東京」を目指しました。
ラリーを通して日本の歴史や文化に触れる
途中、いくつかのスタンプポイントでは、P.C.(クロノメトリック・トライアル)と名づけられた競技も行われます。ある区間をあらかじめ設定されたタイムで走行し、その正確さを競うものであって、速すぎれば減点の対象になります。つまりラリーニッポンの主眼は、あくまでクラシックカーでのツーリングを通して、日本の歴史や文化に触れることなのです。
前田がドライバーとして1969年型MG Bのステアリングを握り、石井がコドライバーとしてルートをナビゲートする。こうして、我らが両編集長は、途中、台風接近による悪天候や少々の車輛トラブルに見舞われながらも無事に約1100kmを走り抜き、見事ゴールを果たしました。ここでは、彼らが今回の「ザ・ペニンシュラ東京 ラリーニッポン2017」参戦をとおして何を見て、何を感じたのか──そのすべてを語り合います。
海外から30組以上のエントリーがあったのが今年の特徴
前田 今年はザ・ペニンシュラ東京が10周年を記念してメインスポンサーになって、ペニンシュラグループを運営する香港上海ホテルズ社会長のマイケル・カドゥーリー卿が参加したこともあり、海外から30組以上のエントリーがあったというのが、今までになかった特徴だね。
前田 そうそう。今回も自ら1937年製ベントレーのステアリングを握って完走したからね。とにかく、欧米やアジア諸国からのエントラントたちが、日本の参加者と一緒に、日本の美しい名勝をクラシックカーで走るというイベントは、今まで聞いたことがないからね。そこは今回のラリーニッポンで最もフィーチャーすべきポイントかな。
石井 たしか、ラリーニッポンって観光庁の支援を受けているんですよね、日本の活性化を目指して。
石井 僕は1、2日目の都合がつかず3日目から参加しましたが、確かに3日目のビーナスラインや朝霧高原の辺りでは、外国人の参加者たちが「ワァ、あれがマウントフジか!」って、あちらこちらで写真を撮っていましたからね。
日本の観光資源は有名な観光都市だけではなく小さな町にもある
石井 きっと、主催者の努力や苦労はかなりのものだったんでしょうね。
でも今回はカントリーサイドを巡って、改めて日本が美しいところだと知ったって。つまりそれは、日本の観光資源は有名な観光都市だけではなく、それらを繋ぐ小さな町にもあるってことだよね。
スピードを競わないラリーは何が楽しいのか?
石井 オープンで走っていたからこそ、クラシックカーのエンジンってこんなにいい音がするんだとか、風が冷たいなとか、変な話ですが近くに牛がいるのかなという匂いが漂ってきたりだとか、諏訪大社の門前町で子ども達が手を振ってくれたりだとか…。常に自分を取り巻く環境が変化していて、一時たりとも同じ瞬間がないから、あっという間の2日間でした。
クラシックカーといえども、やはり走ってナンボ
前田 あ、俺もそれは今回感じたな。
前田 やはりちゃんと整備された車じゃないと、1000km強を4日間で走りきるのは難しいよね。ましてや20年代や30年代の車輛はなおさらだけど、そういう特に旧いスポーツカーで参加している人たちは、本当に自分たちの車のことをわかっているし、運転もうまい。そもそも、ラリーニッポンが参加車輛を74年以前に生産された車に限っているのは、参加者が車に関する知識と、車を走らせる技術を求められるという点で、絶妙な設定だと思う。
『後編』につづく…
1995年に世界文化遺産に登録された白川郷もルートに
2017年10月21日の早朝、二条城でスタートを待つクラシックカーと参加者たち
二条城の東大手門より、ザ・ペニンシュラ東京のゴールを目指し、1台1台スタートしていく
生まれた年も国もさまざまなクラシックカーたち
近江八幡の街並みを走る1962年型ロータス・エリートと日産フェアレディZ
1日目のゴール地点となる加賀山代温泉に到着した1961年型アストンマーティンDB4 GT
多賀大社にて、1963年型アルファ・ロメオ ジュリア・スプリント・スペチアーレ
日目のルートに組み込まれた白山白川郷ホワイトロードでは、雄大な景色が楽しめた
白山白川郷ホワイトロードでは木々が色づき始めていた
険しいワインディングロードを快調に走る、マイケル・カドゥーリー卿の1937年型ベントレー 4 1/4リッター パークウォード
中山道の34番目の宿場である奈良井宿にて
白川郷を走る、マイケル・カドゥーリー卿の1937年型ベントレー 4 1/4リッター パークウォード
飛騨高山の街並みにもなじむクラシックカーたち
3日目は台風一過で太陽が顔をのぞかせた
フェラーリ275GTBやメルセデス・ベンツ300SLなど伝説のスーパーカーも参加
1995年に世界文化遺産に登録された白川郷もルートに
2017年10月21日の早朝、二条城でスタートを待つクラシックカーと参加者たち
二条城の東大手門より、ザ・ペニンシュラ東京のゴールを目指し、1台1台スタートしていく
生まれた年も国もさまざまなクラシックカーたち
近江八幡の街並みを走る1962年型ロータス・エリートと日産フェアレディZ
1日目のゴール地点となる加賀山代温泉に到着した1961年型アストンマーティンDB4 GT
多賀大社にて、1963年型アルファ・ロメオ ジュリア・スプリント・スペチアーレ
日目のルートに組み込まれた白山白川郷ホワイトロードでは、雄大な景色が楽しめた
白山白川郷ホワイトロードでは木々が色づき始めていた
険しいワインディングロードを快調に走る、マイケル・カドゥーリー卿の1937年型ベントレー 4 1/4リッター パークウォード
中山道の34番目の宿場である奈良井宿にて
白川郷を走る、マイケル・カドゥーリー卿の1937年型ベントレー 4 1/4リッター パークウォード
飛騨高山の街並みにもなじむクラシックカーたち
3日目は台風一過で太陽が顔をのぞかせた
フェラーリ275GTBやメルセデス・ベンツ300SLなど伝説のスーパーカーも参加