2018.06.01

キャディラックと旅をした 

南カリフォルニアへの家族旅行は1985年のこと。旅の相棒は当時発売直後のキャデラック デ ビルであった。

CREDIT :

文/岡崎宏司(自動車ジャーナリスト) イラスト/溝呂木 陽

キャディラックで南カリフォルニアを旅した。1985年、家内と息子との家族旅行だ。

出発点はLA、折り返し点はサンディエゴ。
距離は230km程度で、フリーウェイが順調なら、3時間もかからない。

そんな行程を1週間かけて旅した。天候にも恵まれ、南カリフォルニアを堪能した。

旅の足はキャディラック デ ビル(日本名はフリートウッド エレガンス)。ダウンサイジングと共にFF化を図った、コンパクトなキャディラックだ。

それまでのキャディラックに較べればたしかにコンパクトだが、それでも全長は約5m。エンジンも4.1ℓのV8を積む。

佇まいだって堂々たるもの。加えてエレガンスもある。僕はけっこう好きだった。

旅の足にキャディラック デ ビルを選んだのは僕ではない。GMだ。

GMに旅の足のお願いをしたのは確か。でもシボレーかポンティアック、あるいはオールズモビル辺りだろうと思っていた。

ところが、返答はキャディラック デ ビル。驚いた。嬉しかったが、同時に困惑もあった。
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キャディラックは好きだった。でも、憧れ続けたアメリカの象徴として好きだったということ。だから、例え旅の足としても、プライベートでキャディラックに乗るなど考えたこともなかった。

デ ビルを受け取ったのはLA空港近隣の駐車場。バンパーからサイドスカートへと繫がる部分がシルバーに塗られた白いキャディラックは、遠くからでもすぐそれとわかった。

キャディラックならではの存在感はあるものの、重厚長大ではないことに安堵した。加えて、モダンさと軽快さも感じたし、エレガンスも感じた。なにより「いいなぁ!」と思った。

そもそも仰々しいクルマが好きではない家内は、「今度の旅の足、キャディラックだよ」と言ったら「ええーっ、もっと気楽なのがいいなぁ」と、少しゴキゲン斜めだったのだけど、実車を前にした途端「これ!? これならいいじゃない。よかった!」とホッとした様子だった。やれやれだ。

実は、ダウンサイジングしたFFデ ビルの実車を見たのはこの時が初めてだった。アメリカでも発売直後というタイミングだった。

まさに生まれたばかりのデ ビル。しかも、新車をミシガンの工場からLAまで運んでくれたのだ。

われわれのデ ビルにはナンバープレートがなかった。その代わりに「Cadillac SEDAN DE VILLE」のプレートが。そして、リアウィンドウの片隅に、一見紙切れ風の「仮登録証」が貼り付けてあった。ミシガン州発行の、、。

アメリカでは、ディーラーで買ったクルマをすぐ乗って帰れる。仮登録証を貼り付ければ。
それは知っていたし、ナンバーなしのクルマもよく見ていた。

でも、僕にとっては初体験。理屈ではわかっていても、なんとなく落ち着かない。なにか後ろめたい感覚がつきまとう。そんな気分は旅の最後まで消えなかった。
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話を元に戻そう。
デ ビルは静かでソフトで快適だった。インテリアも心地よかった。贅沢だなぁ、と思った。

最初にハンドルを向けたのはロデオドライブ。予定外だったが、デ ビルのエレガンスとロデオドライブの相性をなんとなくチェックしてみたくなったからだ。

予想通りだった。欧州製高級車との相性がいいロデオドライブにデ ビルはよく馴染んだ。なにか新鮮な発見をしたような気がした。

最初の目的地はサンタモニカ。ここは外せない。1964年の初渡米以来、何度も滞在している街。いちばん多くの想い出が詰まった街だからだ。

いつものモーテルに泊まった。デ ビルは浮いていたが、それはそれでいい想い出になる。

翌日は、ロングビーチから高速フェリーに乗ってカタリナ島へ。南カリフォルニアの鮮やかな陽射しが一段と眩しく感じられた。カラフルな美しい島…何度行っても初めて訪れたような気にさせられる不思議な島。

そして友人の住むニューポートビーチへ。アメリカ有数の自動車画家であり、ごく初期のポルシェ356のオーナーでもある。海の見える小高い丘の上にある家も素敵だった。

デ ビルを見た彼は「まさかキャディラックでくるとは!」と驚いていたが、「けっこう似合ってるよ!」とも言ってくれた。真面目で人柄のいい人なので、とりあえず真に受けたが、くすぐったいような気分ではあった。

サンタモニカ、ニューポートビーチ、オーシャンビーチでの宿泊はモーテル。モーテルといってもピンからキリまであるが、太平洋に面したオーシャンビーチのモーテルは、立地も、設備も、広さも、文句なし。デ ビルもなんの違和感なく溶け込んでいた。

サンディエゴではホテル デル コロナードに2泊したが、キャディラックに乗ってきた客に敬意を払ってくれた(ような気がした)。
でも、さすがはキャディラック、由緒あるホテルには当然馴染んでいた。

帰路はLAのビバリーヒルズ ホテルへ直行。馴染みのホテルなので、 バレーサービスのスタッフにも顔見知りが。で、「エーッ、デ ビル! 新車じゃないですかー!?」と、ちょっとした騒ぎに。でも、悪い気はしない。ので、チップを弾むハメに。

あっという間に1週間の旅は終わった。キャディラックは、デ ビルは、素晴らしく心地よい旅の足に友になってくれた。アメリカを旅するには、アメリカの心を持ったアメリカのクルマがいい。そう思った。

こんな素敵で思い出深い旅の友を選んでくれたGMには今も感謝している。これからも。
●岡崎宏司/自動車ジャーナリスト

1940年生まれ。本名は「ひろし」だが、ペンネームは「こうじ」と読む。青山学院大学を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。放送作家を志すも好きな自動車から離れられず自動車ジャーナリストに。メーカーの車両開発やデザイン等のアドバイザー、省庁の各種委員を歴任。自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏は長男。

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