2018.06.21
時速200km超で見えたアウディA8の実力と、アウトバーンの合理性
自動車ジャーナリストの塩見智自らがA8でアウトバーンを走り、感じたA8の実力とドイツの交通インフラの合理性とは? ニュルブリクリンク24時間の観戦記を後編として、前後編2回に分けてお送りします。
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文/塩見 智(Satoshi SHIOMI)
写真/塩見 智、アウディAG
祝日ということもあって交通量は少なくない。だが後ろから迫るクルマの走行を妨害しないという大原則がきちんと守られていて、交通の流れはスムーズだ。
道路脇の「速度制限ここまで」を意味する斜線5本の標識を確認し、アクセルペダルを踏み込む。130km/hから150km/hへ。スピードメーターの数字は変われど、風切り音もロードノイズも高まることはない。車体の安定性はむしろ高まったようにさえ感じる。
150km/hから170km/hへ。Aピラーのあたりからボディが風を切る音が少しずつ聞こえ始めるが、オーディオの音量を上げるほどではない。いつの間にか交通量がガクンと減った。さらにアクセルペダルを深く踏み込む。8速から6速へ即座にギアダウンし、スピードメーターが200km/hに近づく。前を行く他のアウディやメルセデス・ベンツが即座にウインカーを出して道をあける。ドイツへ来たんだなと実感する。
十分な性能を有するクルマの場合、正しい運転姿勢で、視線を遠くに定め、時にバックミラーを確認すれば、アウトバーンを200km/hで走行することは特別な行為ではない。それだけの道路設備と環境、ルールとマナーがこの国には備わっている。依然として前方にクルマはいない。210、220、230……。
空港直結のホテルに泊まり、翌朝、空港敷地内にあるアウディのコーポレートショールーム「マイアウディスフィア」でA8のキーを受け取る。そして200km/h超の世界を味わったというわけだ。
ちなみにモデル名の55とはアウディの新しいネーミングルールに基づくもので、25~70まで5刻みに存在し、数字が大きいほどハイパワーを意味する。最高出力340psのA8は55に当てはまる。
アウトバーンにはさまざまな路線があり、ドイツ国内を網羅している。総じて舗装は素晴らしい。自動車立国であることを自覚し、自動車の性能を最大限発揮するためにできるだけの環境を整えようという意思を国全体から感じる。
アウトバーンというと速度無制限区間ばかりが有名だが、実は道路の曲がり具合、合流や分流、工事の有無などによって目まぐるしく制限速度が変わる。例えば工事現場が近づくと130km/h、100km/h、80km/h、50km/hと1~2kmごとに制限速度が変わる。慣れない外国人ドライバーは見落としがちだが、このACCなら速度違反のリスクを減らすことができる。
ただしこの便利な機能をそのまま日本仕様に盛り込むのは難しいと思う。なぜならドイツの場合、ほとんどのドライバーが制限速度をきっちり守るが、日本の場合は制限速度と実際の交通の流れに開きがあり、システムが標識を認識して即座に速度を落とすとかえって危険な状況に陥ることも考えられるからだ。
100km/h制限の日本の高速道路の実際の流れが120km/h前後なのを外国人に説明するのは難しい。自動運転時代の到来を前に、日本も制限速度とその運用について考え方をあらためる必要があるのではないだろうか。
見通しがよければ速度を制限しない。だからこそ制限する区間には制限するだけの理由があるとドライバーは直感的に理解するし、その速度を守るのだ。アウトバーンの走行距離を重ねれば重ねるほどドイツの交通事情を羨ましく思う。
アウディはカーナビやオーディオなど、インフォテインメント系の操作をダイヤルで行うMMI(マルチメディアインターフェイス)を長らく採用してきたが、新型A8をはじめとする新世代モデルでは、操作系を大幅に変更し、センターパネルに配置された10インチと8インチの2段スクリーンをタッチするタイプとなった。上下2段の大型スクリーンはセンターパネルのデザインにうまく溶け込んでいて、フューチャリスティックな印象を与えつつも子供っぽさをうまく抑え込んでいる。
音声入力操作自体は以前から存在したが、近頃のIT製品を見ればわかるように、AIの導入による音声認識の精度は飛躍的に向上している。また使用する側にしてもスマートフォンなどの音声入力の日常化からか、音声入力への抵抗も少なくなってきたように思える。各社がこぞってダイヤル式からタッチスクリーン方式へと変更するのはこれらが理由だろう。
自らのテクノロジーやコンセプトに頑固なドイツ車だが、自動車業界全体に否応なく押し寄せるITの波と無縁ではいられない。そんなことを感じつつ、この日、ニュルブルクの手前200kmの地点にある中世の町並みを残すハイデルベルクに宿泊した。
●塩見 智/自動車ジャーナリスト
1972年岡山県生まれ。関西学院大学文学部仏文科卒業後、地方紙記者、自動車雑誌編集者を経てフリーランスの自動車ジャーナリストへ。ニューモデルの取材では何よりもまずトランクを開けてキャディバッグが入るかどうかをチェックするほどのゴルフ好き(だがうまくはない)。