削ぎ落とした機能的デザインに惚れ込んで
取材当日、開口一番に橋本さんが切り出したのは「実はあまり色々と買ったりコレクションをしない男なんです。欲しいものはすぐ作ってしまう人間だから(笑)」のひと言。しかし続けて「なので、この“名品を拝見したい”とのオファーをいただいた時、少し考えてしまいました。そこで個人的な思い入れにフォーカスした、僕だけの“名品”をご紹介したいと思います」
作り込み満載のオーダーブーツ
「僕は若いころに、イタリアのカルペディエムというブランドで働いていた時期があります。デザイナーであるマウリッツィオ・アルティエリさんには、レザーのことから靴や服作りのことなどを色々と学びました。彼の職人的思考やモードに通じるデザインセンスは素晴らしく、特にシューズにそのエッセンスが集約されていました。カルペディエム時代の靴ももちろん秀逸ですが、その後に改めてマウリッツィオさんが興したメモリアというブランドにて打ち出したシューズは、さらにそのエッセンスが凝縮されており、まさに名品を感じさせる作り込み。一発で惚れ込んでしまい、僕もオーダーしたのです」
「この一足にはマウリッツィオさんの靴作りにおける美学が詰め込まれており、そのひとつがミニマルな引き算的デザイン。ヒール部のパーツは、通常センターで切り替えるものですが、この一足はワンピース仕様です。踵の有機的な丸みも手伝って、非常にセクシーなルックスです」
フードにこだわりを込めたラップコート
「今から5年ほど前に作り出したラップコートは、僕が手掛けたウエアのなかでも非常に特別なもの。最初のモデルをリリースした時、多くの人から『ネタ元とかあるの?』と尋ねられました。そういう意味でのドンズバとなるベースアイテムはなく、説明に苦慮したことを覚えています(笑)。もちろん、取っ掛かりとなるアイデアとして定番のワークコートがあって、それを軸にレディスの要素をアレンジしたり、フードを新たに加えるなど4度ほどのブラッシュアップを経て、ひとつの形になったものなのです」
「そのひとつとして取り入れたのがフードの一体構造。首裏部分に切り替えを加えることなく、背中からフードに伸びるパターンを採用しました。それに伴いフード回りの形状も少しずつ改良することで、理想のボリューム感にたどり着きました」
『(現地でも)非常にウケがイイんです!』などのポジティブなメールが届くと、我ながらひょっとしてこれ名品? などと思ってしまいます(笑)」
構造美の集積に惹かれたライカM9
「機能を求め突き詰めたデザインが美観になる、と言う点では先ほどのブーツもコートも一緒です。ライカのカメラはドイツ製ならではの質実剛健かつソリッドなデザインがとにかく素晴らしい。以前にもライカのカメラを所有していましたが、そちらは少しばかりへヴィで使い勝手の面で難アリ。ですので数年前に新型のM9を手に入れました。あえて主張しないボタン形状や、逆にボディの段差やエッジを明確に付けてみたり、レンズフードまでメタル製かつ独自性あるスマートな形状など、コンパクトにしてどこから見てもライカであるパッケージがポイントです。そういったデザインはひとつの理想ではないかと僕は考えます」
「カメラ本体の美しさもさることながら、ライカはやっぱりレンズが別格。このズミクロンレンズは単焦点タイプですが、1850万もの画素数があり、ズーム風にも撮れるもの。そして何よりズミクロンならではの味わいが素晴らしいですね。ナチュラルにして温かみある表現力は他のレンズにはない特質。ある意味、これだけでも十分名品と言える存在だと思います」
活躍目覚ましいデザイナーである橋本さんは、昨今は服飾系ばかりでなく、ホテルや航空業界とのコラボレーションでも話題となっています。そんな多才な人物が考える「名品」の条件とは一体なんでしょう?
「難しい質問ですが、個人的には出会った時の衝撃や感銘が何度でも味わえるアイテムだと思っています。つまり、数回や数年で飽きてしまうことがない。いつ手にとっても美しく個性的でしっかり使えるアイテムこそ名品だと思います。デザイナーは突き詰めることで、その領域を常に目指しています」
● 橋本 淳 (デザイナー)
イタリアで培った美意識を軸に、日本人の“粋”の精神に基づく細やかなテクニックを駆使し、美しく機能的な服作りを実践。2008年にジュンハシモトを設立し、2011年には表参道の旗艦店、2017年には銀座シックスにもショップをオープンさせる。他業種とのコラボレーションにも積極的。