2017.10.05
なぜ"ピッティ"はこの10年で変わったのか
男性服飾の国際展示会である通称“ピッティ”がこの10年で大きく様変わりしたと言われます。その原因とは?
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写真/中村達也さん・若林武志(YUKIMI STUDIO)、LEON編集部・亀和田良弘 スナップ/Massi Ninni 文/池田保行(04)
ピッティに長年通うビームス中村達也曰く、
「自分が通いだした頃のピッティは、それこそ高級なクラシックブランドのスーツとシャツを着ていないと歩けませんでした。デニムやスニーカーなんか身につけていたら、今日は倉庫にでも行くのかい?と鼻であしらわれて仕事になりませんでしたから(笑)。隙きを見せられない気風があったんです。でもここ10年でドレスクロージングのカジュアル化が進み、いまのピッティ会場には短パンやTシャツのひとたちもたくさん見られます。転換期は10年ぐらい前だったのではないでしょうか」。
10年以上前のピッティは、クラシコイタリア協会がトップに君臨するお堅いビジネスエキシビジョンでしたので、訪れる人たちもスーツにタイドアップして革靴を履いて訪問するのが定石でした。しかし高級素材、熟練した職人の手仕事など、ディテール重視だったクラシコブランドから、センスで魅せるファッションブランドが台頭してきたのも、ちょうど10年ほど前のことのようです。
「それまではスーツはフル毛芯じゃなきゃダメで接着芯なんてもってのほか。カジュアルやモードはあまりフィーチャーされておらず、クラシックは独自のカテゴリーにありました。そこに某ブランドがカシミヤのジャケットをアンコン仕立てにして、洗い加工の製品染めを施してきたんです。これがそれまでのガチガチのルールに縛られたクラシコイタリアに対するアンチテーゼだったように思います」
2008年リーマンショックの影響もあり、経済的損失を受けたのはイタリアの服飾業界も同様で、この業界で生き延びていく為に新たなジャケットの提案や新たなマーケットの開拓が必須でした。そんな、彼らの新市場として注目されたのがアジアでした。人口が増加しマーケットの未来があると踏んだのです。なかでもピッティへの参加がじわじわ増えつつある日本のメディアは“日本マーケットの入り口”として魅力的でした。そこからピッティと日本の蜜月が始まったともいえましょう。
トレンドのアイテムはピッティで生まれた
世界に開かれるピッティに
会期終了後はメディアが取材記事を掲載してメンズファッションをバックアップするので、その経済効果は計り知れません。なかでもファッション誌のスナップ撮影やSNSによる”写真映え”するモデルによるプロモーションなどがここ10年のピッティの状況に少なからぬ影響を与えているようです。
“イタオヤスナップ”がピッティを変えた
LEON副編集長・堀川正毅は振り返ります。
「以前から会場スナップはやってきましたが、定点観測の資料という位置づけでした。現地カメラマンやコーディネーターがセッティングしてくれた有名セレクトショップなどイタリアの名物オヤジを撮影することがメインでしたし、会場内でお声がけした方に撮影を断られることも多々ありました。その後、徐々にLEONという日本の雑誌が、会場でスナップした写真を紙面に掲載しているという噂が広まって、目立ちたがりの彼らは自ら撮ってくれと言うようにになったんです」。
年2回『Snap LEON』を刊行し、毎月のようにイタリアの大人たち(イタリアオヤジ、イタオヤ)のスナップ写真が掲載され、ことあるごとに現地取材を敢行してきたLEONが、率先してピッティを日本に紹介し広めてきたという事実は、手前味噌ではありますが、影響はあったかと。事実、数年前ピッティのアニバーサリーイヤーにはピッティ協会から依頼があり、これまで撮りためてきたスナップ写真をパネルにして、メイン会場に展示したこともありました。
スナップが高い価値を持つ時代
スナップが多くの人の目に触れることで、次のシーズンのマーケティングが行われ、ファッショントレンドへフィードバックされるという図式。サプライヤーが来シーズンのスタイル提案にスナップを参照し、メディアも企画制作にスナップを活かすなど、スナップの価値はますます拡大しています。LEONのスナップへの掲載の有無は、ピッティ来場者にとっての重要な指標です。
スナップの意味が変わったことで、スナップ写真そのものがより高い価値をもつようにもなりました。ストリートスナップ全盛期の若者向けファッション誌を読んでいた世代にとっては懐かしくも気恥ずかしい企画だったスナップ写真が、マーケットで価値を持つようになると、WEBマガジンやSNSでグローバルに発信するIT技術の進化も後押しして、WEBメディアとスナップフォトグラファーの地位も向上しています。会場内には、それまでピッティのビジネスとは距離を置いていた、東欧やオーストラリア、アジア諸国からもジャーナリストやブロガーなど、インフルエンサーが訪れて写真撮影の争奪戦が繰り広げています。
LEONのスナップ、次なる一手
そう話すのは『Snap LEON』編集担当、渡辺 豪。
「しかし同時にスナップの自由化が進んだことで、SNSのスナップはカッコいいスタイルとそうでないものが渾然としているようにも思います。リアルライフに不要なクラシコも増えてきていますし。世界中がSNSに“いいね!”をもらうためだけに動いていては、次へ行けません。LEONはスナップのその先へ行きたいと常に思い続けています」
ピッティの未来は
以前は糸や素材を売っていた見本市だったものが、既製に服を売ることに変わり、ショー会場としての意味合いが強くなり、商談も会期後にミラノのショールームで行われようとも、ピッティ会場が重要なビジネスの場であることは今も変わりありません。オーダーシート上でバジェット(購入予算)を加減したり、数ミリの型紙変更や別注仕様書に丁々発止することも。日本未上陸のブランド、新進気鋭のブランドにコンタクトをしたり、年2回この場所で会うことを楽しみにしている友人もいることでしょう。
ピッティの役割と価値は変わったのではなく、進化、多様化、拡大しているのです。
ファッションはグローバル化し、ナポリ仕立てもサヴィルロウも変わりつつありますが、男が装うことに掛ける情熱はいまも昔も変わらないはず。それは10年前のスナップに遺る男たちの肖像が、服装はたしかにひと昔前でも、決して色褪せていないことが証明しています。これまでの10年とこの先の10年は、進化・変化の加速度は変わるでしょうし、クラシック回帰とカジュアル化の波も交互に表れてくるはずです。ファッションを創造するメーカーもメディアも、ピッティ会場に集まる人々とスナップ写真を、心待ちにしています。(文中敬称略)
中村達也さん/取締役・ビームス クリエイティブ ディレクター
1963年新潟県生まれ。ビームスFのバイヤーを経て、2017年より現職。毎シーズンのトレンド分析は「中村ノート」として、年に2回のビームスの内覧会で発表される。そこで展開される鋭い視点は、社内での勉強会や店舗トークショー、国内展示会での基調講演など様々に展開。各メンズファッション誌のご意見番的存在。
● 堀川正毅 / LEON編集部 副編集長
1977年生まれ。IT系専門誌の編集を経て、2006年にLEON参画。現在は副編集長として編集長とともにLEONワールドを監修する。ピッティが開催されているイタリア・フィレンツェには頻繁に足を運び、取材を通じてイタリアファッション&ライフスタイルを紹介している。ファッションのほかは、カラダメンテ企画と飲食企画がフェイバリットフィールド。
● 渡辺 豪 / LEON編集部
1982年生まれ。LEON歴10年、ピッティ歴は8年。ピッティ、ミラノ取材を経て、Snap LEONもvol.2から担当。グラマラスなイタリアクラシコが大好物。