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2023.04.01

テレビ東京「孤独のグルメ」が10年続くワケ

輸入雑貨商を営む主人公・井之頭五郎(松重豊)が営業先で見つけた食事処にふらりと立ち寄り、空腹を満たす至福の時間を描くドラマ「孤独のグルメ」が、いまや10周年。人気番組となった理由とは?

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文/武井保之(ライター)

記事提供/東洋経済ONLINE
グルメドキュメンタリードラマというジャンルを確立した「孤独のグルメ」が10周年を迎え、2022年10月から12月には、シーズン10が放送された。知らない街の名もない飲食店との一期一会の出会いを描く本ドラマは、1人で食事をする「孤食の時代」を先取りするとともに、誰もの生活のなかに“食のドラマ”があるという、食を楽しむ新しい文化を作った。

どこにでもありそうな街の飲食店にふらりと入り、特別ではないふつうの料理を探す主人公の姿は、グルメサイトの星の数でおいしい店を探すのが当たり前の時代へのアンチテーゼでもあるのかもしれない。主人公がおいしそうに食べる様子に共感する人たちも続出し、長く愛されるドラマになっている。

流行り廃りの激しいエンターテインメントシーンにおいて、本ドラマが10年続く背景には、原作者でありドラマ制作にも携わる久住昌之氏の飲食店への思いと「お店も人も街もすべてが料理の味になる」という哲学がある。久住氏に話を聞いた。
テレビ東京「孤独のグルメ」が10年続くワケ
▲ 孤独のグルメ(C)2022久住昌之・谷口ジロー・fusosha/テレビ東京

主人公がおいしそうに料理を食べる姿に共感

2012年1月にテレビ東京の深夜ドラマ枠でひっそりスタートした「孤独のグルメ」。輸入雑貨商を営む主人公・井之頭五郎(松重豊)が営業先で見つけた食事処にふらりと立ち寄り、空腹を満たす至福の時間を描くドラマだ。

ドラマの中には、実在の飲食店とメニューが登場する。それぞれの街の飲食店の店主や店員、ときには客たちのストーリーをドラマとして描きながら、主人公がおいしそうに料理を食べる姿と結びつける構成は瞬く間に人気を博し、グルメドキュメンタリードラマという新たなジャンルを確立した。

原作は、作・久住昌之氏、画・谷口ジロー氏による同名漫画。1990年代に月刊漫画誌に連載された後、2008年から2015年まで「週刊 SPA!」で新作を掲載。単行本2巻を発刊し、世界各国で翻訳出版されている人気漫画だ。

ドラマ版は基本的にはオリジナルストーリーになるが、スタッフは「孤独のグルメ」の世界観に合う飲食店を探しては久住氏に提案しているという。

また、もともとバンドをやっていた久住氏は音楽で参加するほか、セリフの監修も手がけることで、原作のこだわりと独特の雰囲気が映像でも色濃く反映されている。

シーズン10まで続いていることに久住氏は「漫画は2冊しかないのにそれを軽々と超える物語を作っていて、しかもちゃんと原作の流れが受け継がれている。スタッフに敬服します」と喜びをにじませながら、ドラマスタート当初を振り返る。
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テレビ東京「孤独のグルメ」が10年続くワケ
▲ 原作者の久住昌之さん。(撮影/尾形文繁)
「1話8ページの漫画だったので、30分のドラマにするのは大変だろうと思いました(笑)。しかもメインの登場人物は1人だけで、主人公の頭のなかの言葉=独り言が中心になる静かなドラマになる。それを観てもらえるのか、好きになってもらえるのか、正直わからなかったです。でも、テレビ東京の深夜枠でひっそりやるくらいだからいいやって(笑)」

そんな思いに反して、本作はじわじわと話題になり、すぐにシーズン2の制作が決定。熱い固定ファンを増やしながらその後も続編が作られ、いまやスタートから10周年。シーズン10まで数えるとともに、ここ6年ほどは大晦日にNHK紅白歌合戦の裏でスペシャルドラマが放送されるテレビ東京の鉄板人気コンテンツになっている。

テレビの料理の取り上げ方に違和感

久住氏が原作の映像化に際してこだわったのは、料理をしっかり映すことだ。モノローグで主人公がただ食べるだけの姿を映している背景には、従来の情報番組のグルメコーナーなど、テレビにおける料理の一面的な取り上げ方への久住氏の違和感がある。

「いままでのテレビの食べ物の取り上げ方を雑だと思っていました。トークやお笑いで引き伸ばして、料理は『おいしい』ってひと言だけ。一般視聴者に向けたおもしろい番組作りなのかもしれませんけど、そういうことを徹底的に排除して、食べるところをひたすら細かく丁寧に撮っていきました。結果、繰り返し観るに耐えるものになり、また観たいと思ってもらえた」

それと同時に、料理と同等かそれ以上の尺を割いて取り上げるのが、飲食店そのものと、そこで働く人たち。人間ドラマによって料理の背景が描かれることが、より立体的にその味を伝えることにつながる。

「料理とお店のイメージだけを伝えるグルメ番組とは違います。店主がどういう人でどんなお店なのか、そこに来るお客さんやお店の周囲の風景、街を丁寧に取り上げます。描きたいのは料理だけではなくて、お店も人もすべて。そのすべてが料理の味になっているから」(久住氏)

料理をとりまく環境や要素をすべて描くことで、そのお店と、お店が提供する料理に真摯に向き合う作品の姿勢が浮かび上がるのだ。
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グルメサイト評価至上主義へのアンチテーゼ

もう1つ、本ドラマの特徴的なところは、有名店や人気の名物メニューを取り上げるのではなく、知らない街の名もない飲食店で特別ではない普通のメニューのなかの料理をピックアップすること。

どこにでもある身近なお店にも、おいしい料理はいくらでもある。「孤独のグルメ」では、それを発見することの楽しみを提示している。それは、昨今のグルメサイトで3つ星以上の店を探すのが当たり前になっている時代へのアンチテーゼにも見える。

「アンチテーゼという考え方はしたことありません(笑)。でも、みんなが騒いでいるお店やテレビに出ていたお店に行くだけじゃなくて、いいお店はどこにでもあるから探してほしいという気持ちはあります。友だちが知らないおいしいお店や料理を見つけるのは幸せなことです。それが自分の住む街に前からあったお店だったり、そこが新たな行きつけのお店になったりするとうれしい。そういうお店を1つでも2つでも増やしてほしい。僕は近所の飲食店を応援していますから(笑)」

そんなドラマが10年続く人気番組になっているのは、そういう意識を持った人たちが増えるとともに、食に関するライフスタイルの価値観や生き方そのものの意識も多様化していることの表れでもあるのだろう。

流行り廃りの激しいエンターテインメントシーンにおいて、長く続くシリーズ作品がぶち当たるのがマンネリの壁だ。人気作である一方、同じような内容がずっと続けば視聴者に飽きられる。

飽きられないようにするためのあの手この手のリニューアルが、ファンにとっては陳腐化に映るといった裏目に出ることも少なくない。しかし、久住氏にマンネリ化への意識を聞くと、そこへの危機感はない。

「毎日ふつうに食事することを誰もマンネリとは思わないですよね。人の生活のなかの空腹と食事、という繰り返しを描いているんです。同じようなものを食べていても、毎日同じ気持ちではないですよね。気合いを入れてグルメを食べに行くのではなく、お腹が空いたからなにか食べようという誰にでもある普通の行動。それを丁寧に描こうとすれば、いくらでもドラマはあると思います」
テレビ東京「孤独のグルメ」が10年続くワケ
▲ 「食べるところをひたすら細かく丁寧に撮っていきました」と久住さん。(撮影/尾形文繁)
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長く続いている店には必ず魅力がある

ドラマとしての構成は同じでも、そのバランスや内容は毎回異なり、それこそ知らない街の名もない飲食店を取り上げるネタは無限にある。そして、その見せ方にも、本ドラマならではの芯が通ったポリシーがある。

「長く続いているお店には、必ず魅力があります。それをどう見せるかではなく、どうしたら常連さんの気持ちで伝えられるかです。そのためにはお店ごとにそれぞれ最適な撮り方があり、それは店によって全部変わる。そう考えればマンネリとは無縁なはずです。そこを追求することがおもしろいドラマになり、視聴者にお店に行ってみたいと思ってもらえるんです」

実際、ドラマで取り上げられた飲食店には、常連になるお客さんが増えているという。パッケージ(ブルーレイ、DVD)の特典映像「追跡!その後のグルメ」では、ドラマでオンエアした飲食店を訪ねていた。この企画でも飲食店を応援する本ドラマの姿勢が表れている。
テレビ東京「孤独のグルメ」が10年続くワケ
▲ 孤独のグルメ(C)2022久住昌之・谷口ジロー・fusosha/テレビ東京
コロナ禍で苦戦する個人経営の飲食店を積極的に取り上げていたときは、視聴者からも飲食業界からも賞賛や感謝の言葉が飛び交っていた。

本ドラマが、「1人でおいしい飲食店を探して自分なりのおいしいメニューを見つける喜び」をひとつの食の楽しみ方として一般的にした功績は大きい。この先もたくさんの飲食店を取り上げるとともに、食の多様性と多様な楽しみ方を提示していくことが期待される。

久住氏は「こういうドラマがどんどん増えてほしい。別に飲食店だけではなくて」と笑顔を見せた。
当記事は「東洋経済ONLINE」の提供記事です

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