2023.08.27

【第38回】感動を呼ぶラーメン

人はラーメンの何に感動するのか?

日本初の料理評論家、山本益博さんはいま、ラーメンが「美味しい革命」の渦中にあると言います。長らくB級グルメとして愛されてきたラーメンは、ミシュランも認める一流の料理へと変貌を遂げつつあります。新時代に向けて群雄割拠する街のラーメン店を巨匠自らが実食リポートする連載です。

CREDIT :

文・写真/山本益博 編集/森本 泉(LEON.JP)

ラーメン 山本益博 LEON.JP
私は料理を分析的に食べるのが苦手で、ラーメンのプロフェッショナルの食べ手のような「解析派」をいつも尊敬してしまう。私は、どちらかと言えば「印象派」だろうか。日本料理のお椀を除いて、ひと口目の第一印象をとても大切にしている。

つい先日、恵比寿の「ガストロノミーロブション」で「玉蜀黍のヴルーテとフォアグラのロワイヤル」という温かい濃度のあるスープを、ひと匙掬っていただいた途端、「ジョエル・ロブションの味」が蘇ってきた。

脳髄が痺れた後、いろいろと思いを馳せると、ヴルーテ下に潜んでいたロブションが得意だったフォアグラのロワイヤル(茶碗蒸し)に行きついた。すると、鳥肌が立つほどの感動が全身に広がり始めたのだった。5年前の夏に亡くなったロブションが、思いがけずに目の前に出現し、「郷愁」を感動が包んでくれ、しばらく言葉が出なかった。
いやいや、フランス料理について話すのが本意ではない、ラーメンでもまったく同じような感動があることをお伝えしたいのだ。
銀座八五 山本益博 LEON.JP
▲ 東銀座「八五」の「中華そば」。
ラーメンは、ごく大雑把に言って、スープと麺と具によって成り立っている三位一体の料理である。ラーメンは「そば」や「うどん」と違って、すべてが「自由」だから、シンプルを極めようが、百花繚乱にしようが、料理人のセンス次第。
私はフランス料理もラーメンも「簡潔と洗練」を第一に考える食べ手のひとりで、華麗で無限に広がる味わいは好みではない。ラーメンのスープなら、ダブルスープよりできる限りシンプルなスープが気に入っている。その衝撃を受けたのが、東銀座「銀座 八五」の鴨のフォン(出汁)を丸写ししたようなスープだった。しかも、「タレ、かえし」がない。ラーメンでは歴史的に見て、画期的、いや革命的な事件だった。

ここからである。ラーメンを徹底的に真剣に食べ歩いてみようと思ったのは。
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トイ・ボックス 山本益博 LEON.JP
▲ 三ノ輪「トイ・ボックス」の「醤油ラーメン」。
そうして、出会ったのが三ノ輪の「ラーメン屋 トイ・ボックス」と浅草橋の「饗 くろ㐂」だった。「トイ・ボックス」の鶏ベースの出汁と醤油の調和のとれた奇跡的な味わいは、まさに「甘露」を思わせるもので、食べ終えて、店を出ても、食べたばかりのラーメンに想いが残り、帰り道あれこれと思いを巡らせた末に浮かんだ言葉が「甘露」だった。
「饗くろ㐂」の塩そばも、食べ終えてもなかなかスープの味が言葉に変換できず、店を出てしばらくたって出てきた言葉が「香露」だった。さらに、スープと麺と具の三位一体は、盛り付けを含めて日本料理を思わせ、いわゆる「ラーメン」とは感じられなかった。こういうのを「絶品」と呼ぶのだろう。
饗くろ㐂 ラーメン 山本益博 LEON.JP
▲ 「饗くろ㐂」の「塩そば」。
「麺」でいえば、断然、北浦和「かねかつ」。つけめんを注文して、はじめに麺に手を付けた瞬間、噛むと口中が小麦の味わいで溢れた。東京・根津「釜竹」の細切りの冷たいうどんを食べた時以来の衝撃だった。

なんでも感動すると、すぐに再体験したくなってしまう。
北浦和 かねかつ ラーメン 山本益博 LEON.JP
▲ 北浦和「かねかつ」の「つけめん」。
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最近では、花小金井「たかのちゅめ」「伏見梅園さんの福井梅冷やし塩らぁめん」がそうだった。店を目指して出かけるまでは、このメニューは頭になかった。店に着き、券売機の前に立った時、「福井梅冷やし塩らぁめん」が目について、注文したのだった。当日昼は、35度を超える猛暑日で、店内の空調が効いているとはいえ、「梅」と「冷やし」が魅力的だった。
まず、添えてある梅干が実に美味しかった。このところ、酸味を感じさせない梅干が流行っているが、「梅干」はこうでなくっちゃ、というような塩味と酸味が豊かで深い、昔ながらの「梅干」だった。スープを飲むと、なにより冷たすぎないのが良かった。鶏ベースのスープと細麺の相性も抜群。とろろ昆布や紫蘇の葉など、いろいろ具沢山だが、チャーシューはあるのに、なぜかメンマが入っていないのがユニーク。らぁめんと一緒に運ばれた「梅ソーダ」が口直しになっている。
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花小金井「たかのちゅめ」 ラーメン 山本益博 LEON.JP
▲ 花小金井「たかのちゅめ」の「伏見梅園さんの福井梅冷やし塩らぁめん」。
そうして、食べ終えた爽快感と言ったらなかった。梅干が強烈なアクセントになっているにもかかわらず、後味には、まあるい味が余韻として残っているのみ。しみじみと「美味しい」らぁめんだった。

店から「花小金井駅」までのわずかな道のりの間に、またすぐに来ることにしよう、と心に決めた。いま、日常的にラーメンを食べるようになっているが、こういう「感動」は滅多にない。そして、一日置いて、また花小金井に出かけたのは言うまでもない。

東銀座「銀座 八五」  X(Twitter)@ginza_hachigou
三ノ輪「ラーメン屋 トイ・ボックス」  X(Twitter)@toybox1215
浅草橋「饗くろ㐂」  X(Twitter)@motenashikuroki
北浦和「らーめん かねかつ」  X(Twitter)@yourmonky
花小金井「たかのちゅめ」  X(Twitter)@gouki43_s

山本益博 LEON.JP  ラーメン革命!

● 山本益博(やまもと・ますひろ)

1948年、東京都生まれ。1972年早稲田大学卒業。卒論として書いた「桂文楽の世界」が『さよなら名人芸 桂文楽の世界』として出版され、評論家としての仕事をスタート。1982年『東京・味のグランプリ200』を出版し、以降、日本で初めての「料理評論家」として精力的に活動。著書に『グルマン』『山本益博のダイブル 東京横浜&近郊96-2001』『至福のすし 「すきやばし次郎」の職人芸術』『エル・ブリ 想像もつかない味』他多数。料理人とのコラボによるイヴェントも数多く企画。レストランの催事、食品の商品開発の仕事にも携わる。2001年には、フランス政府より、農事功労勲章(メリット・アグリコル)シュヴァリエを受勲。2014年には、農事功労章オフィシエを受勲。
HP/山本益博 料理評論家 Masuhiro Yamamoto Food Critique

山本益博 YouTube  MASUHIROのうまいのなんの!

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