2020.12.26
追悼ショーン・コネリー『007』とシャンパーニュの熱い関係
5000本以上のコレクションを持つ日本随一のワインコレクターで、多い時は月に3桁の金額をワインに費やす超愛好家だからこそわかる、真にスマートで男女問わずモテるワイン道ってどんなもの? ちょっとイタいワインおたくや面倒くさい半可通など、周囲の反面教師からも学ぶ、ワインのたしなみ方入門です。
- CREDIT :
文・写真/吉川慎二 イラスト/Isaku Goto, オキモトシュウ(吉川慎二氏)
年末の定番「今年亡くなった有名人」特集を読んで気づいたのですが、私が実際に会ったことがある大物が2020年におふたり逝去されました。サッカー選手のディエゴ・マラドーナ(*1)と、映画俳優のショーン・コネリー(*2)です。ご冥福をお祈り申し上げたいと思います。
ショーン・コネリーで連想されるのはやはり『007』。そしてこの映画でのワインはなんといってもシャンパーニュ。ということで、『007』とシャンパーニュが今回のテーマです。クリスマスやニューイヤー・カウントダウンとも関連しますからタイムリーな話題でしょう?
モテるワイン道入門~『007』とシャンパーニュ (その1)
![](https://assets-www.leon.jp/image/2020/12/23014358254671/0/yoshikawa41.jpg)
ワインに詳しくてシャンパーニュが似合う男。007ことジェームス・ボンドがモテるのは当然で、全男性の憧れです。今回はその振る舞いを学んで、モテ値アップに繋げたいところです。
映画の007シリーズは1962年に第1作が公開されました。『007 ドクター・ノオ』です。
記念すべき第1作に登場するシャンパーニュはドン ペリニヨンです。ジェームス・ボンドとドクター・ノオが食事をするシーンで、ボンドがクーラーにあったドン ペリニヨンを持って殴りかかろうとする際、
ドクター・ノオ:That's a Dom Perignon '55. It would be a pity to break it.
それはドン ペリニヨンの55年だから、割ってしまってはもったいないよ
ボンド: I prefer the '53 myself.
僕は53年の方が好きだけどね(*4)
とのやりとりがあります。
格闘シーンの中でのこの会話、余裕があり過ぎです(笑)。
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足の親指に結びつけた紐を引いてシャンパーニュを川から引き上げ、ボトルに手を触れて「Not quite(まだ十分冷えてないな)」とひと言の後に、水中にボトルを戻します。ボトルのネックに紐を結びつけ、天然のワインクーラーとして川で冷やすなんてオシャレなことこの上ないですね。
そして中盤には、有名な一幕があります。
イスタンブールからロンドンに向かう列車の食堂車で、ターニャ(ヒロインでソ連の美人工作員)、グラント(悪の組織スペクターの殺し屋)と3名でテーブルについた際、次のようにオーダーします。
ボンド:I'll have a bottle of the Blanc de Blancs.
ブラン・ド・ブランをボトルで
ブラン・ド・ブランというのはワイピの皆さまならよくご存知、白ブドウのシャルドネだけで造られたシャンパーニュのことです(*6)。今でこそ、多くの生産者が造っていますが、この作品が公開された当時にブラン・ド・ブランといえば、サロン(ファースト・ヴィンテージは1905年)かコント・ド・シャンパーニュ(同1952年)くらいしかなかったはずです。日本語字幕では、当時はもちろんのこと未だに「白ワインを」になっています。映画を観るのがワイピばかりとは限りませんからね。
ちなみに上記の両シーンともに、エチケットは写りますがヴィンテージまでは分かりません。映画の公開が1963年でコント・ド・シャンパーニュは通常8~10年ほど熟成させてからリリースされることを考えると、可能性として考えられるのは1952年、1953年、1955年あたりでしょうか? 第1作では55年よりも53年のほうが好みと言っているので1953年かなあとも思いますが、真相は謎のままです。
さらに、ラストに近いシーン。ヴェニスに到着したボンドとターニャが豪華なホテル(ヴェニスの3大ホテルのひとつグリッティ・パレス)でくつろいでいる場面で、バルコニーのテーブルにもコント・ド・シャンパーニュが置かれています。一瞬ですし、裏ラベルしか見えていないので、これに気づくのは相当な上級ワイピでしょう。
前半のマイアミのホテルの部屋で、シャンパーニュ・クーラーのドン ペリニヨンがぬるくなったので、もう1本新しく冷えたボトルを取ろうとベッドから出た際、「そんなの要らない」と言った女性への返答は下記の通りでした。
ボンド:My dear girl, there are some things that just aren't done such as drinking Dom Perignon fifty-three above a temperature of thirty-eight degrees Fahrenheit. That's as bad as listening to the Beatles without earmuffs.
世の中にはやってはいけないことがいくつかあるんだよ。ドン ペリニヨンを38°Fまで冷やさずに飲むとか、ビートルズを耳栓無しで聞くとか
38°Fは3~4℃ですからちょっと冷え過ぎな気はします(*7)が、舞台はマイアミだからよいのでしょうか?
ジェームス・ボンド役は変わりますが、ドン ペリニヨンは第10作の『007 私を愛したスパイ』(原題The Spy Who Loved Me、1977年、ロジャー・ムーアがボンド役)までほぼ毎回登場します。
第6作の『女王陛下の007』(原題On Her Majesty's Secret Service、1969年、ジョージ・レーゼンビーがボンド役)ではドン ペリニヨン 1957という存在しないヴィンテージをオーダーするシーンまであります。ちなみにレーゼンビーがボンド役を演じたのはこの作品だけです。もしかしてヴィンテージを間違ったからでしょうか?
その後、映画に登場するシャンパーニュは今や007シリーズの代名詞となったあの銘柄になるのですが、そのお話は年が明けた2021年にしたいと思います。
皆さま、どうか良いお年をお迎えください。
(*1)
2002年6月、FIFAワールドカップ2002の決勝戦、ブラジル vs ドイツ戦ですぐ前の席にマラドーナさんが座っていました。周りの人が気づいて試合そっちのけでやってきて、警備員が出動する騒ぎとなりました。
(*2)
ショーン・コネリーさんは1990年6月、留学中のUniversity of Chicagoの卒業式の日にLaw Schoolの謝恩パーティーがあったRitz-Carton Hotel Chicagoの入口付近でお見かけしたと記憶しています。長身でやや猫背気味、ただならぬオーラを放っておられました。
(*3) 映画化された全25作(2021年公開予定のノー・タイム・トゥ・ダイを含む)のうち、今回のコラムで紹介した3作品を含む第1作~第5作ならびに第7作の計6作品でジェームス・ボンドを演じています。
(*4)日本語訳は映画字幕ではなく筆者によるもの。以下同じ。
(*5)Prestige(=威信)の意味通り、各シャンパーニュメゾンが発売しているラインナップの中で最高級のもの。ルイ・ロデレール社のクリスタルやシャルル・エドシック社のブラン デ ミレネールなどが有名。
(*6) シャンパーニュの主要品種はピノ・ノワール、ムニエ、シャルドネの黒ブドウ2種、白ぶどう1種。一般にシャルドネだけから造られたものをブラン・ド・ブランということが多い。但し、稀にRoses de Jeanne La Boloreeのように主要品種ではない白ぶどう(この場合はピノ・ブラン)で造られたブラン・ド・ブランもある。
(*7) シャンパーニュ委員会(CIVC、Comite Interprofessionnel du Vin de Champagne)のウェブサイトによれば「シャンパーニュの消費に最適の温度は、8度から10度の間です。あまりキンキンに冷やしてしまうと、舌の味蕾(みらい)が麻痺してしまいます。結果、アロマの感知度が低くなってしまいますので気をつけましょう」とあります。
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● 吉川慎二 / Shinji Yoshikawa
1962年三重県生まれ。
東京大学法学部卒業後、三井住友銀行、メリルリンチ自己勘定投資部門のアジア太平洋地域統括本部長を経て、現在は投資家・経営コンサルタント。
2007年、日本ソムリエ協会のワインエキスパート資格を取得。12年にシニアワインエキスパートへ昇格し、同年に開催された第5回全日本ワインエキスパートコンクールで優勝。14年にはエキスパート資格者で初の日本ソムリエ協会理事に就任、2018年まで2期4年務めた。漫画「神の雫」に登場する吉岡慎一郎のモデルともいわれ、プロフィールイラストは「神の雫」作画のオキモトシュウ氏によるもの。