実は、これはイタリアンブームにほかならなかった。1985年のプラザ合意で、日本は円高を容認して、雪崩のようにインポート品が流入してきた。ファッションでは、「アルマーニ」「ヴェルサーチェ」を両雄にしたイタリアンブランドが市場を席捲した。特にメンズ市場は、イタリアンテーラード一色になった。
「日本人はなんでこんなにイタリアが好きなのだろう?」と思わずにはいられないほどだった。その原因として日本人とイタリア人の体型的な近似が挙げられた。
そしてファッションと同時に空前のイタメシブームが到来した。何よりも麺と米が重要な食材であるイタリア料理が日本人にフィットしたのだ。1980年代、雨後のタケノコのようにイタリアン・リストランテやトラットリア、オステリアが日本中にオープンした。私見だが、日本のイタリアンは、本場イタリアよりも旨いのでないだろうかと最近思う。知り合いのイタリア人に聞いても同じ意見が少なくない。
石塚和生氏(1960年生まれ)は、40年のイタリアレストラン経営を捨ててラーメンの世界に入った。イタリアンの店は6軒あり年商も5億円ほどあったというからそれなりに成功していたはずだが、転身の原因になったのが、「ラーメンの鬼」の異名を持つ故佐野実(1951年~2014年)が講師だったTBSのTV番組「がちんこ!ラーメン道」の3期生(2002年末)として出演したことだったという。
ラーメンの魅力に覚醒してしまったのだ。石塚の恩師ともいうべき佐野実は、まさにラーメンに生きた男だった。山岸一雄(東池袋・大勝軒)、山田拓美(三田・ラーメン二郎)とともにラーメン三大偉人に数えられる人物だが、その話はまた別の機会にしよう。
まず生ハム2切は耳のように丼(楕円形の白い器である)の両淵にかけられている。犬の耳のようでなかなかにユーモラスだ。チャーシューと違って加熱してはいけないという気づかいだろう。
そして黄金色のスープ! これは鶏から取ったスープをベースに、鶏油(ちーゆ)を巧みに合わせたあっさりなのに滋味深いスープ。そして上質のオリーブオイルの香りも漂う。そして麺は中細。普通の国産小麦に、パスタを作る時に使うセモリナ粉が混じっているような香りがするのは気のせいだろうか。いい香りの麺だ。のど越しもいい。
ラーメンを食べながらワインを飲むなんて考えもしなかったが、最高のマッチングだ。こういう生きる喜びを歌い上げる感じは、ずばり「ドルチェ&ガッバーナ」の享楽的なファッションを思わせる。「ん~ん、イタリア~ン」。贅沢を言わせてもらえば、これにトリュフをかけたら、まさに天上的な味だろうなあ。
そして味玉、穂先メンマ、小松菜、チャーシュー5枚が載っている。特筆したいのは、チャーシューである。低温調理されたと思われるが実にしっとりととろける味わい。これほどのチャーシューは食べたことがない。これは肉の扱いをちゃんと会得した料理人の技である。チャーシュー麺は滅多に食べないが、これだけでも食べ続けたいぐらい。
● 三浦 彰(みうら・あきら)
ジャーナリスト。福島市生まれ。慶應義塾大学卒業後、野村證券を経て、1982年WWDジャパンに入社。同紙編集長、編集委員を務めた後、2020年9月に退職。現在は和光大学で教鞭をとる。