2022.02.05
【第56回】
「恋愛は時間の無駄」と思っていた美人バレリーナ。初体験のお相手は?
美人とは「美」という高スペックを備えたスーパーカーのような存在。その“スーパーぶり”に男は憧れるわけですが、果たしてそのスペックは彼女に何をもたらすのか? 「ワイングラスのむこう側」(cakes)で人気の林伸次さんが、世の美人たちの隠された恋愛事情に迫ってみる連載です。
- CREDIT :
取材/林 伸次 写真・構成/木村千鶴
テーマは今どきの美女たちの”悩める恋愛事情”。美人が出会った最低男を裏テーマに、彼女たちの恋愛体験(主に失敗)談と本音の恋愛観に迫ります。
第56回のゲストは、愛さん(30代)です。
元バレリーナの恋愛事情はいかに?
「そうですか? うれしいです。よろしくお願いします」
── ここでは実名でなく、有名人などの名前を借りてお呼びしているのですが、誰かに似てるって言われることはありませんか。
「あまり言われませんけど、たまに冨永愛さんに似てるって言われます」
── 確かに、ちょっと似てるかも。冨永愛さんを可愛らしくしたような?」
「彼女からちょっと芯を抜いた感じでしょうか。ふふふ、一番大事なところを抜いちゃった感じだなって自分で思ってます(笑)」
── アハハハ! お話が面白いですね。明るいし、笑顔も素敵だし、思春期の頃に芸能界に憧れたり、その世界に誘われたりしませんでしたか。
「芸能とかお洒落にはあんまり興味がなかったですね。子供の頃からバレエだけをひたすらやっていたんです」
「あまり覚えていないんですけど、5歳頃、親戚の子が出た発表会に親が連れて行ってくれた時に『私もバレエをやりたい』って言ったらしいですね。それで始めたら急に身長が伸びたみたいで(笑)」
── 確かに、モデルさんみたいに背が高くてカッコいいです。バレエをすると背が伸びるとかあるんですか。
「いやあ、バレリーナの子はみんな小柄で華奢な子が多くて、私は特異体質というか(笑)。大きくなり過ぎちゃったので、海外に出ました」
── そういう事情もあるんですか。何歳頃から海外に?
「高校を卒業してからです。ロシアに留学して、その後プロになるのが夢だったので。夢に向かってひたすらバレエと勉強に打ち込んでいました」
デートするのは時間の無駄だと思っていました
「ちょっと付き合ったって言えるのかどうか(笑)。男の子と1カ月ぐらい付き合ったんですが、なんか時間の無駄だなって思ってしまって」
── えっ。時間の無駄? それはどういうことですか。
「私は当時、ロシアのバレエ学校と提携している教室に通っていたのですが、そこはオーディションをして毎年2〜3人のバレリーナをロシアに留学させていたんです。その枠に入ることを夢見て、ひたすら練習と勉強をしていたので、デートに使う時間がなかったんですね」
── ということは、その枠に入って留学したんですね。すると、地元ではずっと一番とか、そういう人ですよね?
「そうですね、コンクールなどでは結果を出していました。スポーツ選手と似たような世界観でしょうか。ずっと勝ち続けなければいけない、みたいな」
「そうそう、それどころじゃない(笑)。ロシアには2年間留学してバレエを学んだんですが、そこでも何もなかったです」
── えっ! 留学先でも何もなく?
「中には語学の勉強のためにあえてロシア人の男の子と付き合う人もいましたけど、私はクラスの女の子たちと凄く仲良くなっちゃったので、ずっと女の子と一緒にいました。時々『誰々カッコいいよね〜』みたいな話はしますが、みんなただ妄想で盛り上がっていただけといいますか(笑)」
── そうか、みんなエリートで来ちゃったから、そんなに恋愛してないのかな。
「多分、それもありますね。私達はまだ緩いオーディションを通って留学しましたが、ロシアの人たちは本当に何千人何万人が受験して、毎年落とされる中で最後にやっと20人残った、選ばれし精鋭たちなんですよ。だからプライドも凄く高いし、その中にいましたので、本当に恋愛している余裕はなかったんです(笑)」
名前も知らなかった国でスタートしたプロ生活
「いえ、私は日本に帰りたくなかった、というか、帰ったらもう踊れないかなって思ったので、そのまま海外でオーディションを受けることにしたんです」
── その時には身長のことを思ったんですか。
「それもあるし、せっかくここに入れて、ロシア語も、ロシア式みたいなバレエの型も覚えたから、この辺りで踊りたいなって思って。そこで学校の人が紹介してくれたのが、国名は伏せますが、近隣諸国の国立のオペラ劇場でした。そこにはオペラとバレエとオーケストラの部門がありまして、そちらの劇場付きのバレリーナになったんです」
── その国はどんなところなんですか。
「紹介された時には『それってどこ?』とは思いました(笑)。でもまあ、旧ソ連のヨーロッパ圏の国で、共通語はロシア語だし、多民族国家でヨーロッパ、ロシア、中国、韓国など、人種が入り混じっているから、日本人の顔でも違和感はないよって言われて、あ、そうなんだな、じゃあ大丈夫かなと(笑)」
「そうかもしれません。ムスリムの方が多かったんですけど、厳しい感じはなく、女性もちゃんと学校へ行ってました。ヒジャブもいつも巻いている人はあまりいなくて、日本で言うと、冠婚葬祭の時に着物を着る感覚に近いのかも」
── すると、普通にバーもあって、外食の時にはいろんな料理を食べながらワインを飲んだりもできる?
「はい。みんな自由で、夜もクラブで踊りまくったりしていました。本当に暮らしやすかった。だからこそ長く住んでしまったんでしょうね。結局、10年以上そこで暮らしましたから」
20歳でようやく恋愛に辿り着きました(笑)
「はい、20歳でやっと辿り着いた感じで(笑)。相手は日本から現地の大学に留学してきた学生でした」
── あ、日本人の方ですか。何を学びに来ていたんですか?
「医学系ですね。日本人会みたいなのがあって、新年会だか忘年会みたいな場で出会った人でした」
── あの、こんなこと聞いちゃってすみません。仕事なので(笑)。えっと、じゃあその人が初めての人で?
「あ、はい、聞いてもらって大丈夫ですよ(笑)。でもやっぱり、自分でもなかなか言えないんですよね、20歳まで何も経験がないって。彼に言ってみたら、確かにびっくりしてました。でも何かそこは向こうがちゃんとリードしてくれて、一応綺麗な思い出にはなったんで」
── じゃあ、する前に先に伝えたんですね。
「そう。怖くて最初は避けていたんです。でも、やっぱりそういう雰囲気になるじゃないですか。で、さすがにそろそろ逃げられないなと思って言ったんです。でもまあそこは彼が上手くしてくれた。向こうは慣れてるから」
── なるほどなるほど。医大生でそれなりにモテて、遊んできてるんですね。
「おそらく経験豊富だと(笑)」
── 初体験が嫌な記憶にならず、よかったです。では、お話の続きは次回に伺いましょう。
(後編へ続く)
■ bar bossa(バール ボッサ)
ワインを中心に手料理のおいしいおつまみや季節のチーズなどを取り揃えたバー。 BGMは静かなボサノヴァ。
住所/東京都渋谷区宇田川町 41-23 第2大久保ビル1F
営業時間/月〜土 19:00〜24:00
定休日/日・祝
問い合わせ/TEL 03-5458-4185
● 林 伸次(はやし・しんじ)
1969年徳島県生まれ。早稲田大学中退。レコード屋、ブラジル料理屋、バー勤務を経て、1997年渋谷に「bar bossa」をオープン。2001年、ネット上でBOSSA RECORDSを開業。選曲CD、CD ライナー執筆等多数。cakesで連載中のエッセー「ワイングラスのむこう側」が大人気となりバーのマスターと作家の二足のわらじ生活に。近著に小説『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる』(幻冬舎)、『なぜ、あの飲食店にお客が集まるのか』(旭屋出版)など。最新刊はcakesの連載から大人論を抜粋してまとめた『大人の条件』(産業編集センター)。