2022.03.05
『カムカムエヴリバディ』が‟異常な朝ドラ”と期待されるワケ
NHK朝ドラ『カムカムエヴリバディ』が好調だ。半年に満たない放映期間に、上白石萌音・深津絵里・川栄李奈のヒロイン3人の約100年を詰め込むスピード感が、スマホ時代特有のせっかちな視聴感覚に合っているらしい……。
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文/スージー鈴木(評論家)
と自問自答しながら、見続けている人も多いのではないだろうか。「安子編(上白石萌音)」「るい編(深津絵里)」に続いて、いよいよ「ひなた編(川栄李奈)」に入ったNHK朝ドラ『カムカムエヴリバディ』。
視聴率も好調で、立ち上がり期には14%台を記録したものの、徐々に盛り上がってきて、最近では基本17%台で安定している(ビデオリサーチ/関東・世帯。以下同)。
「世帯視聴率」というと、近頃は「高齢者視聴率」と同義のように語られるが、それでも、前作『おかえりモネ』の平均世帯視聴率が16.3%だったことを考えると、立派だと思う。
考えられるのは、「るい編」以降に、高齢者の新規視聴者が流入してきたことだが、対して「安子編」からの継続視聴者は、これまでの朝ドラで経験したことのない、言わば「異常な朝ドラ」として期待感を抱いていると思うのだ。

『カムカムエヴリバディ』の成功要因
最大の成功要因は「100年3ヒロイン戦略」だろう。昨年の11月1日から今年の4月8日まで、計112回という、通常の朝ドラと比べると少ない回数の中で、3人のヒロイン、約100年を詰め込むスピード感。
初回から見続けて感じるのは「このスピード感、この忙しさが気持ちいい」ということだ。
最近、自宅で映画を、倍速で観る人が増えているという。私自身も、2時間以上の映画には耐えかねる感覚を抱き始めた。これらの背景にあるのは、スマホ依存だろう。スマホを見たいがために映画に集中できない感覚。
スマホ依存の是非は別として、「100年3ヒロイン戦略」のスピード感は、スマホ時代特有のせっかちな視聴感覚に、実によく合っていると思うのだ。
続く成功要因として挙げられるのは、先に書いたような高齢層の新規視聴者流入に貢献したであろう、「るい編」以降の展開である。
戦争や死別、貧困、さらには安子のアメリカ行きと、暗いエピソードでいっぱいだった「安子編」の後半から、「るい編」に変わった瞬間、画面ががらっと明るくなった気がした。
同時に、脚本にも徐々に喜劇テイストが高まり、いい意味で「普通の(NHK大阪制作)朝ドラ」的な安定感を増してきたことが、高齢層の新規視聴者流入に貢献したと思われる。
特筆すべきは、48歳(撮影時。現在は49歳)で18歳を演じた深津絵里のルックスと演技力である。実年齢を知りながら見ていた私は、ちょっとドキドキしながら見ていたのだが、個人的にはほとんど違和感がなかった。
また、錠一郎役・オダギリジョーのとぼけた味も、人気に貢献したと思う。1960年代の大阪生まれとして言わせてもらえば、錠一郎のような「何の仕事をしてるかようわからん、髪の毛の長いオッサン」は、昭和の大阪でよく見かけたものだ。
「ひなた編」のヒロイン・川栄李奈の持つ演技力
彼女の演技力について、興味深いコメントがある。『連続テレビ小説 カムカムエヴリバディ Part2 NHKドラマ・ガイド』(NHK出版)に掲載された、俳優・浜野謙太による川栄李奈評である。
「あるときセリフを思い出せなくて、川栄さんの台本を貸してもらったら、書き込みも付箋もなく、まっさらで。台本には何も書かないタイプらしく『マジかよ、ホント天才だな!』と突っ込んだんですが、のちに俳優の大先輩に『芝居というのは、他者とのセリフのやり取りで必然性が生まれる。自分のセリフだけをマーカーで塗るのは自分本位』と指摘され、川栄さんは正しかったんだと、反省しました」
このコメントにおける「必然性」を、私は「普通性」と捉える。川栄李奈が出てくると、画面に「普通の風」が吹く。どこにでもいる普通の女の子が紛れ込んだ感じがするのだ。そして画面の中が、われわれの日常と地続きの空間となり、そこに彼女が、ぴったり溶け込んでいる印象を受ける。つまり川栄は「他者とのセリフのやりとり」の中で「普通性」=日常的なリアリティを発散するのである。
サイト「女性自身」2月18日の記事で川栄李奈は、「いままで朝ドラオーディションに5回落ちた彼女は“最多落選ヒロイン”」だと報じられていた。「最多落選」からのし上がってきて、それでも方向性を変えず、「普通の風」を吹かせ続けることを期待したい。
「異常な期待感」を生み出す要素
それは「この朝ドラ、最終的に伏線をどう回収するんだろう?」という、これまでの朝ドラでは、あまり抱くことのなかった期待感だ。もちろん、その期待感は「回収できないかも」という不安感と背中合わせなのだが。
先に書いたように、「安子編」と「るい編」の間の段差は激しかった。とりわけ、幼いるいによる「I Hate You」という言葉など、言葉を選ばず言えば、少々無理やりな印象を受けた。
結果として「アメリカに行った安子」という、強烈な伏線が残った。さらに、その伏線は「るい編」「ひなた編」と進んでも、回収の糸口がまったく見えてきていない。
加えて、錠一郎のトランペットへの情熱も宙ぶらりんのまま進んでいるし(京都の川べりで楽譜を書くシーンが一瞬挿入されたが)、そもそも、タイトルのもととなったラジオ英語講座のエピソードも最近はごぶさたなのだ。
そんなこんなで、私含む初回からの継続視聴者は、最終回が近づくにつれて、時代や距離、また内容的にもまったくバラバラな伏線群が、最後の最後で一気に、一網打尽に回収される、言わば「ミラクル回収」への期待が高まっていて、それが番組へのロイヤリティを高めていると考えるのだ。
しかし私は、「ミラクル回収」に成功する確信を持っている。なぜなら、『カムカムエヴリバディ』を手掛ける藤本有紀の脚本で、向田邦子賞を受賞した時代劇=NHK『ちかえもん』(2016年)の最終回における、実に痛快でアクロバティックな「ミラクル回収」に腰を抜かしたのだから。
今後の展開を予想してみる
この朝ドラ、ポイントポイントで、過去の朝ドラを見るシーンが挿入される。「安子編」の最終日(38話)には、朝ドラ第1作『娘と私』(1961年)の最終回が出てきたし、ひなたは登場初回(71話)で『おしん』(1983年)の初回を見た。
私の予想は、最終回あたりで、藤本有紀がかつて手掛けた朝ドラ『ちりとてちん』(2007年)が出てくるのではないかというものだ。
『ちりとてちん』——平均視聴率は振るわなかったものの(15.9%)、コアなファンを得て、DVDボックスがバカ売れしたという伝説的朝ドラ。
伝説を彩るのは「神回/神シーン」の存在だ。『ちりとてちん』の42話、落語家・徒然亭草若(渡瀬恒彦)が高座に復活するシーンは、2019年にNHKが募集した「朝ドラ100 思い出の名シーンランキング」の1位に輝いた。
私の予測は「ミラクル回収」後、「復活」した安子が、るいとひなたと一緒に、この回を見るというもの。年齢を計算すると、2007年に安子は82歳、るい:63歳、ひなた:42歳。十分に可能性はあろう。
ちなみに、『ちりとてちん』の「神回」=42話で、徒然亭草若がかけた落語は、「ひなた編」と同じく、京都を舞台とした「愛宕山」だった。