2022.06.30
【vol.17】モテる日本酒講座/前編
お酒はなぜ「さ・け」と言うのか知っていますか?【前編】
いい大人になってお付き合いの幅も広がると、意外と和の素養が試される機会が多くなるものです。モテる男には和のたしなみも大切だと、最近ひしひし感じることが多いという小誌・石井編集長(48歳)が、最高峰の和文化体験を提供する「和塾」田中代表のもと、モテる旦那を目指す連載です。
- CREDIT :
写真/トヨダリョウ 文/牛丸由紀子 取材協力/ダイナースクラブ(運営会社:三井住友トラストクラブ) 撮影協力/ザ・キャピトルホテル 東急
第17回のテーマは、編集長も大好きだという日本酒。日頃たしなむ機会も多い身近なお酒ですが、その起源や味わいの違いなど、詳しいことは意外に知らないという人も多いのでは。しかし日本酒もれっきとした日本文化の産物。最近は日本酒好きの女性も増えており、モテる旦那を目指すには、ワイン同様日本酒も“語れる”ことがマストだと田中さん。
導いてくださるのは、民俗学者として日本全国の郷土文化に精通し、なかでも日本酒の文化史に詳しい神崎宣武先生と、唎酒師の資格を持ち自ら日本酒もプロデュースするタレントの高田秋さんです。
石井 そうですね。お酒はもう大好きなので、日本酒も銘柄とか吟醸、大吟醸などの種類関係なく飲んでいます。でも改めて日本酒を説明してと言われると、厳しいですね。例えば、その起源や味わいの違いなど、基本的な知識ほどわかっていない気がします。
田中 若い人はもちろん、我々世代の男たちでも、ウイスキーやワインなどの洋酒の知識はかなりお持ちでも、日本酒のこととなると言葉に詰まってしまうことが多いですよね。海外では日本酒好きの方も増えているのに、我々日本人が日本酒のことを案外知らないという。そこで今回は、日本酒を「文化」と「味わい」というふたつの側面で学ぼうと思います。
石井 日本酒の美味しさの裏にどんなストーリーがあるのか、すごく興味があります。そして今日は、勉強といいつつ、飲めるのもうれしい(笑)。
石井 そうだったんですね。じゃあきっと当時は日本酒も素晴らしいものを楽しんでいたでしょうね。
田中 さて、まず前編では文化的視点で日本酒を紐解きます。教えてくださるのは、長年にわたり民俗学者として活動され、食文化の研究から日本酒の文化にも詳しい神崎宣武先生です。
辛さと甘さが同居する、独特の味わいが日本酒の魅力
神崎 石井編集長は、日本酒もお好きなんですよね。
石井 はい、最近の日本酒はどれも美味しくて。
神崎 その美味しさは、日本人のまじめさが生んだ結果なんです。近年の日本酒は、かつてに比べればどれも品質が揃ってきています。酒造りの歴史の中で、高度経済成長期以降、酒造関係者たちの努力によって醸造技術がさらに大きく発展し、純米や吟醸などの基準も整えられてきました。そのおかげで、銘柄の品質の差異が少なくなったのです。
神崎 そうですね。だからこの酒なら飲めるけど、こっちは遠慮しておこうとか、みんな好みが明確にあった。石井編集長がおっしゃったような、銘柄によらずどんなお酒も美味しく飲めるというようになったのは最近なんです。
田中 以前は品質もバラバラでしたけど、今は全体にレベルが底上げされていますね。
石井 言い換えれば品質はアップしたけれど、みんな一緒になってしまった、ということはありませんか?
神崎 そういう面もあると思います。私はワインも好きなんですが、同じ酒造りでもブルゴーニュの造り手などに聞くと、やっぱり銘柄でも年によっても差が大きい。そこで、あそこの蔵の何年物がどうという会話がごく一般的に出るそうなんですよね。
石井 確かにワインはそうですね。
神崎 日本酒にはそういう年代差のバラつきはありません。というか、年を越しての保存がきかない。特に日本の夏は高温多湿。酒造りにおいてその気候を乗りきるのは難しいので、元々夏は酒を作っていなかったんです。そういうところは、世界では特異な酒だと言えると思います。でも今は、通年的に醸造もできるようになり、品質が安定したことで、国内だけではなく国際化も目指せる時代になりました。
神崎 国際化の流れは、日本酒の国内消費の変化とも関係があります。海外からは洋酒類が入り、焼酎が一般化するに従って、日本酒の飲酒量はかなり落ちてきましたから。
田中 残念なことに、本当にどんどん落ちていますよね。
田中 そうそう、その「日本酒は辛さと甘さが同居している」という話を先生から初めて聞いて、おもしろいと思ったんですよね。ぜひもう一度教えてください。
神崎 日本酒は辛口と言いますが、それは飲む時の辛さであって、品質自体は糖度の高いお酒なんです。だから、辛口の酒も飲んだ後には甘さが残るんですね。
米と水、そして麹が日本酒の主な原材料ですが、麹よりもさらに安定して高度のアルコール発酵を促すスターターの役割を持つ酒母(しゅぼ)、これは酛(もと)とも言いますが、それをあわせて発酵させることで甘くて強い酒ができるんです。麹と酛、二通りのスターターを使う「並行複発酵」は醸造酒の世界では日本酒だけなんですよ。
神崎 東南アジアのどぶろくなどを除くと、日本酒は世界の中でも糖度の高い酒。だからアテにするのは、やっぱり辛いものがあうんです。特に海外では、そういうつまみを合わせてどう評価されるか、おいしいと思っていただけるかは重要な試みだと思いますね。それこそ、あの八代亜紀の歌にもありますよね。
石井 ♬お酒はぬるめの燗がいい、肴はあぶったイカでいい(笑)。
神崎 落語でも、酒を飲む時につまみがないと、手の甲をこうなめるんです。
石井 自分の手で塩っ気を得る(笑)。お店によっては、お酒とお塩が一緒に出てくるところもありますよね。
田中 升酒もふちに塩を盛ることもありますしね。
神崎 それを外国でどう伝えることができるか。日本酒は何にでも合いますというアピールよりも、日本酒ならこの組み合わせでどうですか、という文化性を主張していきたいと思いますね。
田中 アルコール度数が高くて糖度も高いから、一緒に食べるなら塩気の多いものがいいんだよと言ってあげるだけで、味の理解はかなり違ってくると思います。
【ポイント】
■味わいは辛口でも、日本酒は糖度の高いお酒
■高い糖度にあうつまみは、塩気や辛みがあるものがベスト
■麹と酛を使う「並行複発酵」は世界で日本酒だけ
■国内消費量の低下とともに、国際化へ
無礼講の本当の意味とは? 酒の席にある“ハレ”と“ケ”
神崎 今までの話は、一般に飲む時の味わいとしての相性の良さということです。特に塩辛類をアテに飲むというのは、歴史的にみてあくまでも日常の酒の席であって、ハレの酒の席ではないんです。
晴れ晴れしい行事の日である“ハレ”と日常を表す“ケ”という言葉がありますよね。かつての日本はハレとケの差異がはっきりしていたのです。食料に乏しい時代であれば、日常は質素に労働のエネルギーになるものを食べ、ハレの日だけはいつも食べられないようなご馳走を補う、例えば、神様にお供えしていたものを下げてみんなで食べていたのです。
田中 「乾杯」の習慣も昔はなかったとか?
神崎 昔は、乾杯ってできなかったのですよ。座敷で飲んでいる時は、盃が平たい平盃ですから。盃をあわせることができない。
石井 確かにそうですね。
神崎 絵巻物などでも見られますが、昔のお酒の飲み方は、まずハレの場では最初の一杯は頂盃(ちょうはい)と言って、一巡して全員が頂戴する盃。神様にお供えした神酒をおろし、長老以下の参列者が一杯ずつ授かり、一巡するという作法でした。それが終わってから、自由に盃を交わしていたのです。そういう作法を上座の者がきちっと示して、下の者たちに伝えていたのですね。今はそういうハレの日の酒の飲み方が崩れてきた。
田中 もう、なくなってしまっていますよね。
“無礼講”という言葉がありますが、これは“礼講”があるから“無礼講”なんですよね。でも“礼講”という言葉は一般的な国語辞書から無くなり、“無礼講”しか残っていないんですね。
石井 確かに僕も“無礼講”という言葉しか使ったことがないです。
神崎 礼講とは直会(なおらい)とも言われるように、祭事が終わって神酒を下げていただく粛々たる席のこと。そういうお酒のハレの席に対してあるのが、その後席の“無礼講”なんです。礼講で頂盃をしてから無礼講になるという意識がなくなったところで、いきなり“乾杯”になっていますよね。もっとも、乾杯が礼講と言えなくもない。
田中 乾杯の始まりは鹿鳴館の時代なんですよね。
神崎 明治時代、日本初のグラフィック雑誌と言われる『風俗画報』などには、イギリス海軍が船上で女王陛下に乾杯! とビールのグラスをあわせている様子が描かれています。イギリス海軍の指導を受けて生まれたのが日本の海軍ですから、その影響もあって乾杯の発声もでてきたのでしょう。ビールの宣伝ポスターからすると、ビールとともに。
しばらくは庶民の生活には入ってこなかったんですが、戦後の高度経済成長期に一般にも広く乾杯の習慣が入ってきたんです。
神崎 酒器の変化という側面もありますね。昔は礼講では平盃でしたが、そのあとの無礼講では大抵湯呑で飲んでいたんです。今はもう平盃がほとんど出なくなってしまいましたから。
神崎 平盃はこぼれやすいので、慎重に飲むために三口なんです。一口目、二口目は口をつけるだけでも、三口目で飲めばいい。注ぐ場合も慎重に1回、2回、3回と。
普段のハレの席では、平盃を一巡するだけで終わりでしたが、重要な場では念には念を入れて三つの盃が用意されるわけです。三口で飲んで三つの盃だから三々九度。重要な場でのこの盃の儀式は一種の契約だったからなんです。第一条、第二条、第三条と、条文が盃と注がれた酒にあると思えばいい。
石井 なるほど。だから重要な特別な儀式の時に行われるわけですね。
田中 逆に言えば、最後の盃の二口目までならやめたと言うことができる(笑)。
石井 ええ? そうなんですか(笑)。結婚式も三々九度で九度目までいっちゃったらもう契約ということか。慎重になっちゃうな(笑)。
神崎 極道の世界の儀礼もそう。親子を固める、兄弟を固める、あるいはケンカのあとの仲直り盃とか。そしてその進行をするのが、媒酌人というわけです。
石井 その部分においては、日本酒がアルコール飲料であるというより、もっと別の意味を持っていたということなのですね。
【ポイント】
■ハレの場では、1杯を順々に飲んでいく頂盃(ちょうはい)だけ
■頂盃は礼講の場で行う作法
■“礼講”が終わったあとが“無礼講”
■乾杯の習慣は、明治以降から
■結婚式の三々九度など、平盃で飲む儀式は一種の契約行為
歴史が物語る、お酒にまつわる艶話
石井 いや~、まったくわからないですね。
神崎 「け」というのは「饌」。食べ物という意味なのです。例えば、御饌(みけ)と言えば、神様に献上する食べもののこと。「さ」は「爽」という字を当てたり「清」「粛」と書いたり、いろいろなんですが、食べ物の中で最上の新鮮なものという意味があるのですね。
田中 早乙女の「早」もありますよね。
神崎 そう。まだ幼い苗のことも早苗といいますよね。
神崎 金蔵とか米蔵とか、特別に囲ったものが「蔵(くら)」。それに「さ」をつけたともいわれています。というのも、山に桜が咲く頃というのはちょうど水がぬるんで、まさに田ごしらえの始まりの時期なんですね。奈良時代に編纂された「常盤国風土記」でも、筑波山について書かれた箇所に、桜の花が咲く頃に西・東から男も女も登ってきて祭りをした、とあります。それも、山の神さまを田んぼへ下ろす意味が読み取れます。その山の神を桜で象徴しているのですね。さらにおもしろいのが、みんなひょうたん(ひさご)を持って上がるんです。
田中 ということは、その中身はお酒ですよね。
神崎 たぶん、家で作ったどぶろくを持って来たのだと思います。男女が集まって歌い踊るその様子を、高橋虫麻呂という歌人が『万葉集』の中でリポートをしてるんですが、他の妻たちの中に自分も混じり込んで遊ぼう、我が妻も他の男と遊んでいるんだから、などと歌ってるんです。この日は筑波の山の神が許す行事の日だから、咎めるなと言って(笑)。
石井 酒とともにおおらかになってもいいと(笑)。
神崎 艶のある話で言えば、吉原といえば遊郭ですけれど、それだけじゃなく、大っぴらに酒が飲める場所でもあったんですよ。
石井 女性が相手をしてくれるお店ではなく、いわゆる飲食店という役割のお酒が飲めるお店もあったんですか?
神崎 吉原に行けばふんだんに飲める、というほどでもあったんです。何しろ庶民の娯楽などが規制された天保の改革で少なくなったとはいえ、当時の酒の消費量は年間80万樽もあったんですから。
神崎 当時、江戸の人口は約100万人で、世界で一番大きな都市だったんですよ。圧倒的に男が多い社会で、7割を占めていたそうなので、70万人。中には子供や年寄り、下戸もいるとして、飲める男が40万人と見積もりましょう。そうすると、80万樽を40万の男が飲んだなら、年間2樽。ちなみに1樽は四斗樽(72リットル)だから、約144リットルも飲んでいるんです。
神崎 だから酒もたくさん必要で、江戸の町では酒造りができなかったので、主に灘から運ばれてきていたのです。明治になるまで、灘の酒は97%が江戸へ送られていたと言われています。
田中 江戸へ下っていくので、それを“下り酒”と呼んでいたんですよね。
神崎 そうです。それでも間に合わないから、関東各地の酒を入れるのですが、やっぱり灘の酒にはかなわない。関東で埋め合わせに入れた酒はまずいから、灘からの下る酒に対して“くだらない”酒とも言われるようになったのです。差別的な意味合いもありますが、それも言葉の語源なんです。
石井 なるほど。そういうことか! “くだらない”という言葉はお酒から始まったんですね。知れば知るほど、日本酒には今に続く歴史やおもしろい話がいろいろあることに、改めて驚かされました。
後編に続きます。後編からは高田秋さんも登場です!
【ポイント】
■「さけ」とは食べ物の中で最上の新鮮なものという意味
■お酒によって羽目を外しても許されるのは、奈良時代から変わらず
■江戸時代の男は酒好き。年間一升瓶約80本分をたしなむ
■「くだらない」の語源は、江戸に入ってきたお酒「下りもの」から
● 神崎宣武(かんざき・のりたけ)
岡山県出身。武蔵野美術大学在学中より宮本常一に師事し、陶磁器・食文化・民間信仰の研究を主とする。文化審議会委員、(公財)伝統文化活性化国民協会理事、旅の文化研究所所長などを歴任。現在、東京農業大学客員教授、日本民族学会会員、(公財)伊勢文化会議所五十鈴塾塾長、岡山県文化振興審議会委員などをつとめる。岡山県宇佐八幡神社宮司でもある。『酒の日本文化 知っておきたいお酒の話』(角川学芸出版)、『三三九度―日本的契約の民族誌』(岩波書店)、『日本人の原風景―風土と信心とたつきの道』(講談社)ほか著書多数。
● 田中康嗣(たなか・こうじ)
「和塾」代表理事。大手広告代理店のコピーライターとして、数々の広告やブランディングに携わった後、和の魅力に目覚め、2004年にNPO法人「和塾」を設立。日本の伝統文化や芸術の発展的継承に寄与する様々な事業を行う。
和塾
豊穣で洗練された日本文化の中から、選りすぐりの最高峰の和文化体験を提供するのが和塾です。人間国宝など最高峰の講師陣を迎えた多様なお稽古を開催、また京都での国宝見学や四国での歌舞伎観劇などの塾生ツアー等、様々な催事を会員限定で実施しています。和塾でのブランド体験は、いかなるジャンルであれ、その位置づけは、常に「正統・本流・本格・本物」であり、そのレベルは、「高級で特別で一流」の存在。常に貴重で他に類のない得難い体験を提供します。
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