2019.11.14
ダンディって実は破天荒でシゲキ的な男たちだった!
ダンディと聞いて、どんな男性像を思い浮かべますか? スリーピースを着て、髭を生やし、葉巻をくゆらせながらバーでブランデーグラスを傾けるオジサン? その認識、実は間違ってます!
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取材・文/安岡 将文
ダンディとは、時代に抗い、孤独を好み、最後は人知れず消えゆく寂しい男!?
そこには、先ほど述べた世間一般が想像するダンディ像とはまるで違う、いやもはや真逆といっていい姿が。今回、そんなダンディを正しく理解するために、『ダンディズムの系譜 男が憧れた男たち』の著者、中野香織さんにお話を伺いました。
中野さん(敬称略)「ダンディズムとは、主流に対して抵抗・反発することです。となれば、時代によって主流は変化するので、限定的にこれとこれが揃えばダンディとは定義できないんですよね。ただし、前提条件としてスーツを美しく着ていることが重要です」
── 装いに美学があるということでしょうか?
中野 「主流に対して、ただ闇雲に反発することがダンディではありません。抵抗・反抗しつつも、自分のルールや美学を持ち、それが装いにも現れるのです」
── そもそも、ダンディという価値観が生まれたのは、どんな背景が?
中野「ダンディズムの発祥はイギリスです。階級社会であるイギリスでは、貴族的価値観と並行して常に反発やアイロニーといった精神が存在します。つまり、ダンディズムはジェントルマン社会の主流に対する抵抗から生まれているところもあります。モッズやパンクにも、ある意味同じことが言えます」
── ダンディとジェントルマンって、違うんですか? 似たようなものだと思っていました!
中野 「日本では混同されがちですが、本来のダンディズムはジェントルマン精神の対極にある場合もあります。クールという言葉も本来はダンディズムが源流の一つで、その意味は、大衆から一定の距離を冷ややかに置くということです」
── なんだかカッコイイですね。男として憧れます。
ダンディはナルシスト。イギリス人にとっては蔑称
── ええっ! スーツをビシッと決めたイギリス人を見たら、思わずダンディって言っちゃいそうですけど……。
中野 「それはイギリスではNGです。侮辱されたと捉えられかねません。褒めるなら、『ウェル・ドレスト』と言ってください。ダンディという表現が好意的に捉えられているのは、今では日本ぐらいです。それも、広く一般的には女性視点からの発信が目立ちます。渋くてモテるオジサン=ダンディといった印象が定着していますね」
── なぜ、日本ではそのように曲解されてしまったのでしょうか?
中野 「日本のダンディズムは、フランスの影響を強く受けているんです。フランスはフランス革命後に階級制度が崩壊し、混沌とした時代を迎えます。世の中の価値観が定まらない不安の中、イギリスのダンディズムという貴族的な(なにも生み出さずとも優位を保っていられる)価値観に、フランスの文学者が憧れを抱いたのです。その結果、ダンディズムという価値観は本国イギリス以上に賞賛され、非常にロマンティックなものとして美化されていきました」
── ジェントルマンの概念がそもそも存在しない国においては、ダンディズムのロマンチックな側面ばかりがフューチャーされるでしょうね。
中野 「どこか文学的なんですよね、フランスのダンディズムは。例えば、ボードレールはダンディを憂愁に満ちた落日の最後の輝きに喩えましたが、そこから発展して、ダンディなオジサンとは、寡黙でどこか憂いを帯びたオジサンという感じに」
── まるで武士のようですね。
中野 「そう、だから日本人にはフランスのダンディズムの方がしっくりくるんですよ」
ボー・ブランメルとオスカー・ワイルドのダンディズムとは
中野 「やはり、ボー・ブランメルです。時代は19世紀初頭。スーツの基本となる考え方を確立したと言われる人物です。彼のスタイル、言葉、態度、生き方はまさにダンディズムの源流です。その彼と、19世紀末のオスカー・ワイルドと比べてみると、ダンディズムの真髄がより理解できると思います。ブランメルは、きらびやかな当時の服装に対して、抑制の効いたスーツで反発しました。一方、オスカー・ワイルドは、黒スーツが原則とされる時代に、時代に逆行するようなロマンティックなスーツスタイルで反発しました。アプローチは違えど、そのイズムは両者共にダンディズムに基づきます」
── そうした人物は、現代の日本で見つけられますか?
中野 「あまり思いつかないですね。現代の日本では、今後も生まれ難い価値観だと思います。まず、装いに美学を持つ意識が薄れていますから。実際、ダンディがもはや死語になりつつあります。ちなみに海外では、既にダンディという言葉すら使われなくなっています。世界的に見ても、消えゆく価値観なのかもしれません」
── スーツを着ない人が、多数派になりつつありますからね。
中野 「多様性が重視される時代においては、ダンディズムの原則である”抵抗・反発する”対象となる絶対的な価値観がありません。ただし、スーツを着る絶対数が少なくなった結果、それでも着続けている人はダンディと言えますよね。時代の流れに反発しているわけですから」
── 著書にもありましたが、もはやダンディとは「遠きにありて思うもの」ってことですかね。
ボー・ブランメル
1778年、ロンドンン生まれ。本名はジョージ・ブライアン・ブランメル。通称の「ボー」とはフランス語で「beauty」と同じ意味。摂政時代のイギリスのファッションリーダーにして、摂政皇太子(ジョージ4世)の遊び友達。中世的な派手なファッションと決別し、今日的な洗練された男性ファッションの礎を築いた。社交界に帝王として君臨するも、放蕩生活によって多大な借財を負い、1816年に英国を逃れてフランスに渡る。後、極貧のうちに亡くなった。
オスカー・ワイルド
1854年アイルランドのダブリン生まれ。世紀末文学の代表的作家で、芸術のための芸術を提唱。才気あふれる作品を発表する一方、奇抜な服装や過激な発言で社交界でも注目を集め、アルフレッド・ダグラス卿との男色事件で有罪判決が下るなど、スキャンダラスな一生を送った。代表作に「幸福な王子」、「ドリアン・グレイの肖像」(小説)、「サロメ」(戯曲)など。1900年、梅毒による脳髄膜炎で亡くなる。葬儀は参加者が数人だけの、淋しい葬儀であった。
孤独を愛せない男はダンディではない
── 最近は、お一人様がブームみたいですが。
中野 「でも、結局手にはスマホがあるでしょう? スマホを通して情報や人とつながっている状態は、孤独とは言えません。何も座禅を組めとは言いませんが(笑)、時にはバーに行ってひとりで考える時間を作ってみるのもいいのではないでしょうか。ただし、バーで葉巻をくゆらせただけで、ダンディになれるわけではありません。あくまで過程です」
── 他にダンディズムを身につけるとしたら、どんな方法がありますかね?
中野 「SNSをやらないとか(笑)。日々とりとめのないことをこまめに綴る男の人って、ダンディではないどころかカッコ良くないですよね。どこかミステリアスな方が、やっぱり魅力的。ブランメルもオスカー・ワイルドも、同時代の人には正しく理解されていなかったと思います。だからこそ、魅力的に映るのです」
── 最近バーに一人で行くのは、女性の方が多い気がしますが。
中野 「確かに! 最近の女性は男性よりもむしろダンディかも(笑)。これからダンディズムの系譜を継ぐのは、日本の女性かもしれませんね」
● 中野 香織(なかの・かおり)
エッセイスト、服飾史家。東京大学大学院修了。英国ケンブリッジ大学客員研究員、明治大学特任教授を歴任。新聞・雑誌・ウェブなどに多数の連載記事を執筆するほか講演、コンサルティングをおこなう。最新刊は『ロイヤルスタイル 英国王室ファッション史』(吉川弘文館)、『フォーマルウェアの教科書(洋装・和装)』(共著 一般社団法人日本フォーマルウェア文化普及協会)。他に『紳士の名品50』、『モードとエロスと資本』、『ダンディズムの系譜 男が憧れた男たち』など。
HP/http://www.kaori-nakano.com/