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2023.04.21

人類はどんな恋愛をしてきたのか? 恋愛制度史からひも解く「大人の恋」の理想形

何かと窮屈で恋愛しづらい現代。しかし今、普通に思っている恋愛の常識やルールは決して不変のものではなく、人々はこれまでに様々な恋愛を発明し、夢中になってきたのです。恋愛の意外な歴史とこれからの理想の恋愛の姿について、「恋愛制度、束縛の2500年史」の著者、鈴木隆美先生に伺いました。

CREDIT :

文/木村千鶴 編集/森本 泉(LEON.JP) 写真/Shutterstock、 Atsushi Tsuruta(鈴木先生)

 恋愛制度 大人のいい恋 LEON.JP 鈴木隆美
大人こそ恋愛すべしとオススメしている今回の特集。なのですが、今やネットでは有名人の不倫や浮気が盛大に叩かれ、歳下彼女とのお付き合いはパパ活呼ばわりされるなど、なかなか気軽に恋愛を楽しむ気にはなれないというオヤジさんも多いのではないでしょうか。

では安心、安全な恋愛とは? 決まった手順に従えば事故なく恋愛が楽しめるという万能ルールがあるのかと言えば、もちろんそんなものはありません。

人間の長い歴史を見ると恋愛の形は千変万化。あれも恋ならこれも恋。むしろその自由さと無軌道ぶりを知ることで、恋愛に対する現代人の常識や思い込みが払拭され、もっと大らかに自分らしい恋が楽しめるのでは?

そう考えたLEONは恋愛の歴史に詳しく「恋愛制度、束縛の2500年史」(光文社新書)の著作もある鈴木隆美先生を訪ねました。

そもそも恋とは? 恋愛の価値観はどう変わってきたのか? 日本人の恋愛はどこがおかしいのか? そしてこんな時代に大人がすべき恋愛とは? 目からウロコの恋愛学です。
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良いリーダーと兵士を育てるための少年愛というシステム

── まずお聞きしたいのですが、恋愛の概念はどのように育っていったのでしょうか。著書によれば古代ギリシャでは徳のある立派な男性が少年を愛するのが最も価値があり正常な恋愛だったという記述がありましたが。

鈴木隆美先生(以下、鈴木) 古代ギリシャや古代ローマについては資料も少なく、基本的にはよくわかっていません。研究者の間では「今の価値観、例えばLGBTの見方などで昔のものを読んではいけない」とも言われます。

ただ古代ギリシャのある地域では、“立派な戦士になるためのイニシエーション”として、少年は立派な大人と性的関係を持つ、それが立心出世の必要なステップである、とされていたことは間違いありません。

また他の地域、パプアニューギニアの部族などにも“立派な男性の戦士の精子を飲まないと、パワーが自分の中に宿らない”といったものもあります。とにかく「勇気があって徳があり、節度もある」そんな良いリーダーと兵士を育てなければいけなかったので、そのために少年愛というものがシステムとして立ち上がった地域があったということです。
── それと並行して普通に男女間の恋愛的なものもあったということですね。

鈴木 当然ながらありました。一方で古代ギリシャには奴隷制があって、古代ローマでも同じですが、奴隷制度がある場合、性的な欲望を満たすために領主が奴隷を使っていいという習慣がありました。そして奴隷の方も領主に認められる、寵愛を受けるということが非常に利益だった。

領主が奴隷に心惹かれることもありましたし、奴隷の方が一枚上手で、領主を完全にコントロールして、自由市民に成り上がったということもあったようです。非人道的なパワハラ、モラハラが合法であった時代、それを前提とした恋の政治があったということです。神話や詩にそのような暮らしがうかがえる言葉があり、そこから推測した話だと理解していただければと思いますが。
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恋愛制度 大人のいい恋 LEON.JP 鈴木隆美

禁欲的になればなるほどエロスが高まってしまう

── 古代ギリシャやローマでは、気持ちとしての恋愛というより、先に手段や目的のようなものを強く感じます。その後の中世では恋愛的なものに対してキリスト教が非常に大きな影響を与えたということですが。

鈴木 現代でもキリスト教は全世界に影響を与えています。信者でなくてもあらゆる日常生活にキリスト教文化が浸透していると思います。愛についても、中世から現代まで、映画や小説、さらには結婚制度の中にまで大きな影響を与え続けています。

当時のキリスト教の“愛”についてはたくさんの解釈があり、ジャン=リュック・ナンシーという、20世紀フランスの素晴らしい哲学者も「愛については複雑すぎて、腰が引けて誰も語れない」と言っています。それでも大筋でキリスト教には性的なものを罪とみなす傾向が強くあったので、人々は皆とても禁欲的になっていきました。

しかし一方で人間は禁欲的になればなるほどエロスが高まってしまうわけで(笑)、司祭の堕落はよくある話です。キリスト教には、ある種、恋愛に関する緊張感を作り出した面もあると思います。性的なものをサタンと結びつけて、性的快楽を貪ることを七つの大罪のひとつにしてしまった。それを多くの人が信じていたのですね。
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恋愛制度 大人のいい恋 LEON.JP 鈴木隆美
── 女性はセクシャリティを全否定され、処女性を重視されていた印象があります。

鈴木 そもそも、聖母信仰というものがベースにあり、キリスト教を広めていく時にその信仰を利用したという一面があります。聖なる母に対する強い憧れ、崇拝があり、同時にそれが一般的な女性のもつ性的側面の嫌悪につながっていった面もあるかと。

当時は圧倒的に男性中心の社会でしたが、多分どんなに勇敢な戦士だろうと、お母さんには頭が上がらなかったと思うのです(笑)。女性の方が大体強い。そこで男性は、自分より強い女性をコントロール下に置くために、女性の性的欲望を罪、弱い部分として教義に組み込み、自分の支配下に置こうとした、といったところかと。

中世の宮廷恋愛はいまだに強い影響力を持っている

── その後もキリスト教の影響は続きました。中世封建制度下の「宮廷恋愛」では、精神的な恋愛、「真の愛」や「本当の愛」といった表現が盛んに使われるようになったそうですが。

鈴木 キリスト教が性的なものに抑圧をかけたことにより、“禁じられた愛”に対するエロスの高まりもあって、恋愛観に革命が起きました。当時の貴族の結婚は政治的、経済的な生き残り戦略として行われるものでしたので、「経済的な理由で人を好きになるのではない、恋愛とはもっと崇高な、精神的な愛の方が価値がある」という考えが生まれます。

例えば領主の妻や女王など立場が上の女性を、身分の違う騎士が憧れ、精神的に愛し、命を懸けて守るのが本当の愛だと。ここで女性の神格化が起こります。恋愛においては女性の立場が上になり、レディファーストの伝統も、この宮廷恋愛から生まれています。

── 「恋愛は中世の発明」というのはこの時期のことですね。

鈴木 真実の愛を求める中世の宮廷恋愛はいまだにヨーロッパや日本でも一部で強い影響力を持っているように思います。また近世において宮廷恋愛をモデルにした小説が流行ることで、それが「ロマンティックラブ」という新たな恋愛を産み出すことにも繋がります。

ロマンティックという言葉はもともと「小説のような」という意味ですが、17世紀半ばにイギリスで大流行した小説というのが、大好きな女王のために命を投げ出す冒険話で、ドラクエみたいな巨鬼(トロール)や魔女や妖精も出てくる現実離れした恋愛物語でした。時代が下って19世紀になると、現実よりもヴィジョンが、理性よりも感性が大事だという風潮が高まり、それがロマン主義になっていきます。その影響は文学、絵画、音楽などあらゆるジャンルにまたがるロマン主義運動となりました。
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── ロマン主義の広がりは革命の影響もあったのでしょうか。

鈴木 まさに革命で身分制度が壊されたことが、ロマンティックラブが一大ムーブメントとなった要因になっていると思います。革命が起きて平等や自由といった概念が爆発的に民衆にも広がり、それと同じくしてロマンティックラブにも火が付いたのです。

それまでは自分の人生のレールが決まっていたので、生活の手段としての結婚があり、恋愛はそれに付随しているものでしたが、「恋愛こそが人生の一番の価値なんだ」という考えが民衆にまで瞬く間に広まったのです。

ロマンティックラブは西洋の偉大な発明で、例えば今でもディズニー映画などはロマンティックラブ全盛で、それが世界中でウケていますよね。
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人の目や経済のことを気にしたら愛じゃなくなっちゃう

── そのロマンティックラブは明治時代に日本にも輸入され、現代につながっていくわけですが、そもそも「恋愛」という概念のなかった日本ではどのように浸透していったのでしょう。

鈴木 もちろん日本にもそれまで「情」とか「色」と呼ばれる男女の性愛を表す言葉はありましたが、文明国の「恋愛」はもっと崇高で知的なものだと思われていました。また西洋では恋愛は個人主義の上に成り立ったものでしたが、日本には個人という考えはありませんでした。そこで日本では西洋的な恋愛の真似事を必死にやっていたという感じだと思います。その結果、西洋人には意味不明なガラパゴス化が起こったと考えられます。

── やはり日本の恋愛は特殊ですか(笑)。それは今も続いているのでしょうか。

鈴木 諸説あるとは思いますが、ヨーロッパからの留学生は、日本の学生たちが恋人を選ぶ時に人の目を気にすることに驚いています。自分の気持ちとは別に、サークル内のポジションから、この人と付き合ったらどう思われるか、さらに女性は特にですが、経済なことを含め結婚するとしたらこの人でいいのかまで気にすると。留学生は「人の目や経済のことを気にしたら愛じゃなくなっちゃうでしょ」とカルチャーショックを受けるのが定番です。
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── 海外の女性は男性の経済力は気にしない?

鈴木 そうだったら自分が稼ぐという話です。これもキリスト教の影響ですが、お金という物質的なものと愛を混ぜてはいけない、お金は生きる手段であって、愛の方が価値が高い。混ぜたら恋愛が汚くなってしまうと。
── 日本では愛を言葉で語るというよりも、男性が女性に対し「経済的なことも含め守りますよ」と体現する文化が歴史的に積み重ねられていたように思います。

鈴木 そうですね。言葉で表現するよりも、女性からすると「私を愛しているんだったら、ちゃんと稼いでこい」という感じになるのかなと(笑)。

若い人たちの間でもいまだにそういう思考に陥りがちな人は多いですが、今のジェンダーフリーの文脈に合わないところではあります。出来る限り男女平等にして、ギリギリまでお金と愛を分けるのが、ヨーロッパの一般的な考え方です。日本はジェンダー指数が低く女性の社会進出が本当に難しいのですが、平等を重んじる考え方はすでに入ってきているので、次第に変わっていくかもしれません。

日本人が大人のいい恋愛のために目指すべきは「粋」

── 今は過渡期なのかもしれないですね。上記のことからも日本では恋愛と結婚が結びついていると思いますが、ヨーロッパではどうなのでしょう。

鈴木 まず、キリスト教徒の場合は、恋愛をして結婚したら、神様の前で「一生一対一でいます」と誓うことになるので恋愛と結婚は結びつきます。しかしキリスト教を信じていない人の場合、特にフランスの場合は結婚と恋愛は別です。制度的にも、パックスという緩い結婚制度のようなものがあり、税制が優遇されるなどの補償があるのでそんなに結びついてはいません。

そもそも中世の宮廷恋愛でも、結婚は生きる手段であり、本当の恋愛は結婚の外、つまりは婚外恋愛にしかないと考えられていました。本当の愛というのは、生きる手段だとか、経済的な手段などを超えたところにある世界だと。
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恋愛制度 大人のいい恋 LEON.JP 鈴木隆美
── それを楽しめるのがまさに大人の恋愛かなと思います。ただ婚外の恋愛は、日本ではかなり叩かれる状況になっていますね。

鈴木 そうですね。とはいえ日本でも、半数近くの既婚者が不倫経験があるというデータ(※ジャパン・セックスサーベイ2020)もあるくらいなので(笑)、ありふれたことではあるのかなと。ただ“絶対NO!”とするメディアやSNSで炎上させたがる人たちが、幅を利かせているということなのかなと思います。

それより、特に大人の恋愛では「人間は所有できない」というのが大事な考え方かなと思います。人は好きになったら相手が自分のものになってほしいと思うし、その人が他の人に目移りしたら嫉妬してしまう。これは人間にとっての深い業といいますか、そうしたジェラシーの問題は洋の東西を問わず、ずっとあるものです。

でもキリスト教徒でもない限り、一回恋愛が盛り上がったとしても、それからパートナーとして過ごす20年30年のうち、ずっとその人だけ好きでいることは生物学的にも無理があるのではないでしょうか。これはしょうがないこととして、お互い様だと認め合うのもひとつの考え方かなと思います。

── 所有をしないという心持ちは嫉妬しないということにもつながるわけですね。

鈴木 相手のことを大事にして、誠実でいなければいけないことには変わりませんが、相手を所有しようとしたり、嫉妬に囚われて束縛したりせず、できるだけ軽やかにいきましょうよという感じでしょうか。日本人は「粋」を大事にする文化だと思います。そちらを目指したら大人の恋愛を楽しめるのかなと思います。
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恋愛における快楽などは、基本的に想像力の問題

── なるほど。粋は「余裕」や「遊び心」を大切にしますからね。すると例えば関係が破綻しているのに形だけ継続しているようなフリをするのはあまり意味がないのでしょうか。

鈴木 フランス文学の中でもよく描かれるのですが、瞬間的に盛り上がって覚める肉体的な情熱恋愛と、永続的で精神的な愛というのがあります。両者ははっきりと分けられるものではないのですが。例えばロマン主義の大家であるヴィクトル・ユゴーは、何度も浮気をし、結婚も繰り返していましたが、最晩年に長く連れ添った人とは、お互い以心伝心のやり取りをしていた、という逸話が残っていたりします。

お互いのことをよく理解して、欠点も美点も、長所も短所も、全部分かったうえでその人のことを受け入れて敬意を持って感謝する。そのように落ち着いた深い愛情も「愛」と呼ばれます。いずれにせよ、平等で自由な個人として「あなたと一緒にいることがうれしい」ということが大切なのかと。
恋愛制度 大人のいい恋 LEON.JP 鈴木隆美
▲ 鈴木先生はアルゼンチンタンゴのダンサーでもあります。アルゼンチンタンゴを踊る鈴木先生。
── そういう関係になれたら理想的だろうし、大人の愛の究極の形なのかもしれません。年齢差についてはどうでしょう。フランスでは年の離れたカップルも素敵な恋愛をしている印象がありますが。

鈴木 年齢はあまり気にしないようですね。年齢や外見といった身体的なものを超えた、精神的な魂のコミュニケーション、それが恋愛なんだという考え方があるようです。

僕はアルゼンチンタンゴのダンサーでもあるのですが、30歳の頃に、80歳くらいのフランス人女性と踊ったことがあるんです。凄く上手に踊れて楽しくて、彼女もとても喜び、その笑顔はまるで20歳の女の子のようでした。あれは魂のコミュニケーションだったと思います。

アルゼンチンタンゴは3分間の恋愛と呼ばれています。音楽が鳴っている間だけ、ペアの2人はお互いのことを本当に思い合ってお互いのために踊るんです。恋人になったつもりで踊り、その感覚が共有できると本当に恋人の気持ちになるんです。それは年齢がいくら離れていようが同じです。アルゼンチンタンゴは大人の趣味としてもお勧めですよ。

── それは深いお話ですね。そう聞くと日本の恋愛は熟してないような気がします。

鈴木 20世紀最高の作家とも言われるマルセル・プルーストは、おおよそこんなことを言っています。「恋愛における快楽などは、基本的に想像力の問題。美しい人は想像力のないアホに任せておけ。想像力さえあればもの凄い世界を味わえる。それが恋愛、それが人間。年の差がどれだけあろうと関係ない。逆に想像力が働かないとどんなに綺麗な人と恋人になったとしてもすぐに慣れてしまう。一番大事なのは想像力である」と。これは僕の好きなセリフです。イマジネーションを広げていくと、実は素敵な恋がいろんなところで待っていると思います。
恋愛制度 大人のいい恋 LEON.JP 鈴木隆美

鈴木隆美(すずき・たかみ)

福岡大学人文学部フランス語学科教授。1976年生まれ。開成高校、東京大学理科1類を経て、同大学文学部卒。同大学大学院人文科学研究科博士課程修了。ストラスブール大学(フランス)にて文学博士取得(2010年)。専門はプルーストを中心とする19、20世紀のフランス文学・思想。特に恋愛論、ジェンダー論、舞踏論、比較文化論、身体論について研究している。アルゼンチンタンゴダンサーとしての顔も持ち、福岡を中心にレストラン・バー等でダンスパフォーマンスを行う。毎年調査研究のためブエノス・アイレスに長期滞在している。同時にアルゼンチンのインターナショナルタンゴ学校にて、招待講師を務め、アルゼンチン各地でデモ、講演活動を行う。

恋愛制度、束縛の2500年史 LEON.JP

「恋愛制度、束縛の2500年史 古代ギリシャ・ローマから現代日本まで」

鈴木隆美著(光文社新書)
※書影をクリックするとamzonに飛びます

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