それは欲しいモノを買って、好きな服を着て、ウマいメシを食う、といったライフスタイルを享受する我々LEON世代にとっては、耳が痛いような印象を受けるかもしれません。ですが一方で、東京の夏が今や香港やハワイよりも暑いってことは身に染みて感じているし、行きつけの寿司屋で極上の大トロを頬張る瞬間にそこはかとなく罪悪感を感じる、なんて経験、誰もがあるのでは?
そう、事態はもはや目を背けることができないくらい身近に迫っているのです。ここは腹を括りしっかり向き合うのが、現代社会を生きるオトナの責任というもの。そこで今回は近著『コモンの「自治」論』(集英社)がこれまた大いに話題を集めている斎藤さんに、今私たちが知るべきこと、とるべきアクションについて語っていただきます。
まさに瀬戸際、崖っぷち! 改めてコトの深刻さを認識せよ
気候変動といえばスウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥーンベリの学校ストライキを思い浮かべる人も多いかもしれません。トゥーンベリは2018年に開かれたCOP24(国連気候変動枠組条約締約国会議)で、政治家が「環境に優しい恒久的な経済成長のことしか語らない」と痛烈に批判しました。「大人は間に合う時に行動しなかった責任がある」とも。
彼女の持論は決して大袈裟なものではなく、斎藤さんは「ポイント・オブ・ノーリターンが近い」と説明しています。直訳するとズバリ「戻れない時点」。地球に不可逆な変化が起こり、以前の状態に戻れなくなる時点は、すぐそこまで迫っているのだというから恐ろしい……!
確かに世の中にはありとあらゆるデザインのエコバッグが溢れていて、つい新しいものが欲しくなるうえ、エコバッグが作られる遠い国の自然への負担について私たちはあまりにも無関心です。さらには環境に「良さげ」なテイで商品やサービスを売る「グリーンウォッシュ」にも注意が必要だといいます。
私たちの共有財産=コモンを取り戻せ!
つまりインフラは必ずしも市場原理に乗っからずに作られ、維持されてきた。さらに目線を広げると、土地そのものもコモンです。森も川も、もともとは共有されていて、みんなのものだった。生きていくのに皆が必要とするからですね。ですが資本主義とは、そういうものを“囲い込んで”私有化することで発展してきたのです」(斎藤)
その結果、以前より経済水準が下がって人々は物が買えなくなるので、ますます社会の経済成長が難しくなっていく。そうすると今度は何をするかというと、さらなるコモンの囲い込みです。水道や郵便などを民営化したり、図書館や区民会館といった地域の公共的な施設への予算を削減し、数を減らす。
あるいは神宮外苑のような公共的な空間に無理やり介入して、そこに根付いていた伝統や歴史などの公共性は一切関係なしに、再開発という名のもとで高層ビルを建てるなんてことが起こります」(斎藤)
余談ですが、旧国鉄時代の新幹線は飲料水と緑茶が無料で、専用の機械に備え付けの紙コップ、というか小型の紙袋のようなカップで飲んだもの。50代以上の皆さまなら覚えているかもしれません。ですがそれも次第に廃止され、今では水は買って飲むのが当たり前に。これも今回の話にリンクします。
「民営化が行き過ぎると、私たちの暮らしは厳しくなります。身近にあった公共サービスがなくなり、水道代のような今まで安価だったものだって値上がりするかもしれない。そこで経済成長ではなく、もう一度コモンを豊かにしていくにはどうしたら良いのか? という視点から社会のあり方を考え直すべき時がきているんです」(斎藤)
お金ではない幸せを探す時がきた!
ですがこの問題はあまりにも規模が大きいので、いきなり『資本主義を倒そう!』とイキリ立っても、具体的に何をすれば良いかわからないと思うのですよ。そこで『コモンの「自治」論』では、教育や医療、農業といった身近な現場の例を、各フィールドの有識者に語ってもらいました。
読んでいただくとわかるのですが、私たちの身の回りで起きている実にたくさんのことの原因が、実は資本主義によるコモンの独占に起因しているんです。コモンがお金を払わないとアクセスできないものにされているからこそ、私たちはもっとお金が必要で、経済的に成長しないと! というマインドになってしまう。でも成長に依存しなくてもコモンを逆に増やしていくことができれば、人は今よりもずっと安定した豊かな生活が送れるはずですから」(斎藤)
※後編に続きます。
● 斎藤幸平(さいとう・こうへい)
東京大学大学院准教授。1987年東京生まれ。専門は経済思想・社会思想。ベルリン自由大学哲学科修士課程・フンボルト大学哲学科博士課程修了。大阪市立大学准教授を経て現職。Karl Marx’s Ecosocialism: Capital, Nature, and the Unfinished Critique of Political Economy(邦訳『大洪水の前に』角川文庫)によって、権威ある「ドイッチャー記念賞」を歴代最年少で受賞。『人新世の「資本論」』(集英社新書)で新書大賞およびアジア・ブックアワード受賞。同書は日本国内で発行部数50万部を超え、世界14言語に翻訳。ドイツなどでも大ヒット。その続編かつ実践編とも呼べる『コモンの「自治」論』(集英社)もベストセラーに。
■ コモンの「自治」論
斎藤さんをはじめ、精神科医・松本卓也氏、文化人類学者・松村圭一郎氏、杉並区長・岸本聡子氏、社会学者・木村あや氏など異なるフィールドで活躍する専門家たちが寄稿。病院、大学、自治体、個人商店といった身近な生活の中にあるコモンと、それらを自治的に管理する取り組みについてわかりやすく紹介し、意義を問いかける。
集英社シリーズ・コモン/集英社学芸単行本