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2023.12.08

斎藤幸平さんに聞いた。「地球は崖っぷち。このままじゃお洒落も楽しめなくなるって本当ですか?」

ベストセラーとなった著書『人新世の「資本論」』で現代の大量生産・大量消費を痛烈に批判してきた気鋭の経済思想家、斎藤幸平さんが、消費資本主義の権化とも称される(笑)「LEON」に登場! 果たしてお買い物大好きのLOENオヤジにも救われる道はあるのか?

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取材・文/矢吹紘子 写真/内田裕介(タイズブリック) 編集/森本 泉(LEON.JP)

斎藤幸平 LOEN.JP
斎藤幸平さんといえば、著書『人新世の「資本論」』(集英社新書)が50万部を超えるベストセラーとなり、今最も注目されている経済思想家の一人です。彼が提唱する「脱成長」とは、消費をベースにした経済成長に頼らない新しい社会ビジョンのこと。 

それは欲しいモノを買って、好きな服を着て、ウマいメシを食う、といったライフスタイルを享受する我々LEON世代にとっては、耳が痛いような印象を受けるかもしれません。ですが一方で、東京の夏が今や香港やハワイよりも暑いってことは身に染みて感じているし、行きつけの寿司屋で極上の大トロを頬張る瞬間にそこはかとなく罪悪感を感じる、なんて経験、誰もがあるのでは? 

そう、事態はもはや目を背けることができないくらい身近に迫っているのです。ここは腹を括りしっかり向き合うのが、現代社会を生きるオトナの責任というもの。そこで今回は近著『コモンの「自治」論』(集英社)がこれまた大いに話題を集めている斎藤さんに、今私たちが知るべきこと、とるべきアクションについて語っていただきます。

まさに瀬戸際、崖っぷち! 改めてコトの深刻さを認識せよ

本題に入る前にまずはベーシックなところから、斎藤さんの大ベストセラーの柱でもある「人新世」(ひとしんせい)について。これは地質学の概念で、「人類の経済活動が地球のあり方を根本から変えるようになってしまった時代」のこと。オゾンホールの研究でノーベル化学賞を受賞したドイツ人化学者パウル・クルッツェンらが、「人類の時代」という意味を込めて提唱しました。
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斎藤幸平 LOEN.JP
「私たちは化石燃料を燃やして大量の二酸化炭素を排出し、農薬の乱用で環境をかく乱し、さらに大量生産・大量消費によってものすごい量のゴミを出している。そうした人類の経済活動によって、気候変動や生物多様性の喪失、コロナのような疫病など、地球規模のさまざまな問題が引き起こされています。自然に対して人間の及ぼす力が大きくなりすぎてしまっていることを、私たちはきちんと認識しなければいけないという意味で、『人新世』という言葉が頻繁に使われるようになっているんです」(斎藤)

気候変動といえばスウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥーンベリの学校ストライキを思い浮かべる人も多いかもしれません。トゥーンベリは2018年に開かれたCOP24(国連気候変動枠組条約締約国会議)で、政治家が「環境に優しい恒久的な経済成長のことしか語らない」と痛烈に批判しました。「大人は間に合う時に行動しなかった責任がある」とも。

彼女の持論は決して大袈裟なものではなく、斎藤さんは「ポイント・オブ・ノーリターンが近い」と説明しています。直訳するとズバリ「戻れない時点」。地球に不可逆な変化が起こり、以前の状態に戻れなくなる時点は、すぐそこまで迫っているのだというから恐ろしい……!



Anders Hellberg グレタ・トゥーンベリ
▲学校ストライキは、2018年2月当時高校生だったグレタ・トゥーンベリがたった一人で始めたデモ活動。学校に行かずスウェーデン議会前に座り込み、気候変動への対策の強化を求めた。PH/Anders Hellberg - 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=77270098による
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「気候変動はどんどん悪化していて、このまま放置しておけば、LEON読者が大好きなお洒落もできなくなるでしょうね。夏にスーツが着れない、冬にダウンが着れないとか。でも、そんなことは他愛もない話であって、洪水や山火事で命を失うかもしれないし、人が住めなくなるような地域も増えてくる。水不足や食料危機の問題も起こって、インフレがさらに加速すれば、資源や土地を巡っての争いで新たな戦争が勃発し、難民問題も深刻になります。そうすると今度は排外主義の極右ポピュリズムが出てきて、政治も不安定化する──。といった具合に社会的な困難が絡み合う形で、地球全体がヤバい感じになっていくでしょう」(斎藤)
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▲東京では過去100年の間に気温が約3℃上昇。2023年7月の世界の平均気温は過去最高を記録した。PH/shutterstock
斎藤さんは『人新世の「資本論」』では、SDGsをうたうエシカル商品を買って満足するだけではなく、もっと根本から大量生産・大量消費のライフスタイルから離れること、つまり利益だけを追求する資本主義のあり方そのものを見直す必要があると訴えています。例えば数年前から一気に浸透したエコバッグは、「SDGs」を建前にした免罪符であるとバッサリ。

確かに世の中にはありとあらゆるデザインのエコバッグが溢れていて、つい新しいものが欲しくなるうえ、エコバッグが作られる遠い国の自然への負担について私たちはあまりにも無関心です。さらには環境に「良さげ」なテイで商品やサービスを売る「グリーンウォッシュ」にも注意が必要だといいます。
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▲エコバッグは本当にエコなのか? レジ袋とマイバッグの1枚あたりのCO2排出量を算出・比較すると、買い物回数50回未満の場合エコバッグはレジ袋より負荷が大きいというデータも。PH/shutterstock
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私たちの共有財産=コモンを取り戻せ!

こういった危機的な状況下で、斎藤さんが重きを置くのが「コモン」と、それらを共同で「自治」的に管理することです。コモンとはひと言でいうと「社会的に共有され、管理されるべき富」のこと。具体的には誰もが必要とする、水やエネルギー、医療や教育、道路などのインフラなどが代表的なコモンの例です。
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「一般的に資本というと企業が持っているお金や機械、建物といったものを連想すると思います。でも企業が工場だけ所有していたとしても、道路などが整備されていなければ、工場を動かすことはできないですよね。いや、工場を建てることさえできません。しかし、道路を敷くのは企業ではなく、国や自治体。なぜかというとそれはインフラで、社会全体に必要なある種の共通財産であるからです。

つまりインフラは必ずしも市場原理に乗っからずに作られ、維持されてきた。さらに目線を広げると、土地そのものもコモンです。森も川も、もともとは共有されていて、みんなのものだった。生きていくのに皆が必要とするからですね。ですが資本主義とは、そういうものを“囲い込んで”私有化することで発展してきたのです」(斎藤)
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▲ 道路や鉄道、電気などの社会的インフラは、市民が共有・享受するべきコモンの代表。PH/shutterstock
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「そして今の日本が顕著ですけれど、資本主義の成長が頭打ちになってくると、資本家は手っ取り早く右肩上がりに戻すために賃金を減らす。そこには何のイノベーションもなくて、単純に30万円かかっていたものを20万円できれば10万円浮くというだけの話です。これが雇用の非正規化で、2000年代以降ずっと行われてきました。

その結果、以前より経済水準が下がって人々は物が買えなくなるので、ますます社会の経済成長が難しくなっていく。そうすると今度は何をするかというと、さらなるコモンの囲い込みです。水道や郵便などを民営化したり、図書館や区民会館といった地域の公共的な施設への予算を削減し、数を減らす。

あるいは神宮外苑のような公共的な空間に無理やり介入して、そこに根付いていた伝統や歴史などの公共性は一切関係なしに、再開発という名のもとで高層ビルを建てるなんてことが起こります」(斎藤)
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斎藤さんによればコモンの「囲い込み」の代表例である国営企業の民営化は、1970年代にイギリスのサッチャー政権下で行われた新自由主義政策が先駆けとか。その波は世界に広がり日本にも波及。1987年に国鉄から分割民営化されJRが誕生したことは典型と言えるでしょう。

余談ですが、旧国鉄時代の新幹線は飲料水と緑茶が無料で、専用の機械に備え付けの紙コップ、というか小型の紙袋のようなカップで飲んだもの。50代以上の皆さまなら覚えているかもしれません。ですがそれも次第に廃止され、今では水は買って飲むのが当たり前に。これも今回の話にリンクします。

「民営化が行き過ぎると、私たちの暮らしは厳しくなります。身近にあった公共サービスがなくなり、水道代のような今まで安価だったものだって値上がりするかもしれない。そこで経済成長ではなく、もう一度コモンを豊かにしていくにはどうしたら良いのか? という視点から社会のあり方を考え直すべき時がきているんです」(斎藤)

お金ではない幸せを探す時がきた!

つまり資本主義をこのまま放置すると、自然や社会の富であるコモンがどんどん掠奪され、破壊されてしまううえ、社会はもとより私たち自身の人間味も損なわれていくという構図が浮かび上がってくると斎藤さんは指摘します。
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PH/shutterstock
「マルクスの言葉でいうと、資本主義に人々が『包摂』されている状態が今の日本ですね。仕事と離れたふだんの生活の一瞬、一瞬でも、コスパ、タイパ、NISAのことばかり考えて、株価の動きに一喜一憂する。一人ひとりが人生丸ごと、魂の奥底まで資本主義に取り込まれてお金のことしか考えられなくなっている。こんなシステムは誰も幸せにしないし、地球環境にも負担がかかる。だから、私たちはこれとは違う幸福の形、持続可能な社会のあり方を考えなければならないのです。

ですがこの問題はあまりにも規模が大きいので、いきなり『資本主義を倒そう!』とイキリ立っても、具体的に何をすれば良いかわからないと思うのですよ。そこで『コモンの「自治」論』では、教育や医療、農業といった身近な現場の例を、各フィールドの有識者に語ってもらいました。

読んでいただくとわかるのですが、私たちの身の回りで起きている実にたくさんのことの原因が、実は資本主義によるコモンの独占に起因しているんです。コモンがお金を払わないとアクセスできないものにされているからこそ、私たちはもっとお金が必要で、経済的に成長しないと! というマインドになってしまう。でも成長に依存しなくてもコモンを逆に増やしていくことができれば、人は今よりもずっと安定した豊かな生活が送れるはずですから」(斎藤)

※後編に続きます。
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● 斎藤幸平(さいとう・こうへい)

東京大学大学院准教授。1987年東京生まれ。専門は経済思想・社会思想。ベルリン自由大学哲学科修士課程・フンボルト大学哲学科博士課程修了。大阪市立大学准教授を経て現職。Karl Marx’s Ecosocialism: Capital, Nature, and the Unfinished Critique of Political Economy(邦訳『大洪水の前に』角川文庫)によって、権威ある「ドイッチャー記念賞」を歴代最年少で受賞。『人新世の「資本論」』(集英社新書)で新書大賞およびアジア・ブックアワード受賞。同書は日本国内で発行部数50万部を超え、世界14言語に翻訳。ドイツなどでも大ヒット。その続編かつ実践編とも呼べる『コモンの「自治」論』(集英社)もベストセラーに。

斎藤幸平 LOEN.JP

■ コモンの「自治」論

斎藤さんをはじめ、精神科医・松本卓也氏、文化人類学者・松村圭一郎氏、杉並区長・岸本聡子氏、社会学者・木村あや氏など異なるフィールドで活躍する専門家たちが寄稿。病院、大学、自治体、個人商店といった身近な生活の中にあるコモンと、それらを自治的に管理する取り組みについてわかりやすく紹介し、意義を問いかける。
集英社シリーズ・コモン/集英社学芸単行本

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