コモンの自治のために私たちは何をするべきか?
「資本主義のなかでは、プランを構想するのは資本の側で、労働者はそれに従って実行するだけ。ふつうの人の構想する力がやせ細っています。それは、お金儲けとは関係のないコモンの分野でも同じこと。裏を返せば、コモンの管理や維持にかかわって、構想する力を養わなくてはいけないのです。地方自治でも、首長や役所のえらい人の命令は絶対というトップダウン型じゃ意味がない。
ただ、水平的な関係を強調しすぎて組織的な動きが作れないのもおかしい。「斜め」のアングルがベスト。
斜めというのは圧倒的なカリスマ性のある人物が率いるのではなく、一般市民にとってそれほど高みではないところから、リーダー的な存在がポコッと出てくるようなイメージです。しかも一人ではなく複数人、それぞれが得意な分野を担いながらかわるがわるリーダーシップをとる。私はそれを『リーダーフルな状態』と呼んでいます」(斎藤)
「岸本さんの選挙運動ってすごく象徴的で、選挙カーに乗って上から話すのではなく、広場に座りながら市民と同じ目線で、そこにいる人たちに話を聞くスタイルだったんです。それに彼女は自民党の本部から推薦されたわけでも、有名企業の元社長でもない。それどころか政策集を準備していた市民たちの動きに共感して、急遽、出馬を決意したという経緯です。岸本さんありき、ではなく市民たちの政策集が先にあったんですよ。
翌年の区議会議員の選挙でも、岸本さんのように普通の暮らしをしていたカフェのオーナーや保育士や専業主婦などの女性たちが、続々と当選し、杉並区では区議会議員の半数が女性議員になりました。社会が変わるきっかけは意外と小さくて、しかも色々なところにあるんです」(斎藤)
“豊かさの基盤”が崩れてきている今、本当の豊かさとは何か?
「今、豊かな生活を求める前提のようなものが崩れ始めているんです。昭和の頃の世の中がうまくいっていた時代は、お金を増やしてクルマや時計を買ったり、旅行したりできていればよかった。でも今や地球環境はボロボロだし、経済も傾いて、身近なインフラが壊れ、公共的な場もどんどんなくなってきている。そういう豊かさの基盤が崩れてきている状況下ですので、さすがに我々も社会の共有物であるコモンにもっと関心を持って、自分達で積極的にメンテナンスしていかないとヤバいでしょう」(斎藤)
「私たちは資本主義のもとでお金を稼いで、そのお金で物を買って生きていくことが自立であり自由だと信じていますからね。ですが、それは逆に言うと資本主義的な論理に絡め取られて、その中でしか生きられない人間になっている証拠でもあるんです。マルクスはそれを『魂の包摂』と呼んでいるのですけど。例えば『LEON』の読者は服が好きだけれど、多くの人は自分で服を作ることはできないでしょう。つまりブランドの力を借りないとお洒落になれないということ。それって本当に“お洒落”なのでしょうか?」(斎藤)
社会運動と楽しさは相反するというのは思い込み
きっかけは何でもいいんですよ。『神宮外苑の銀杏並木がなくなったら、俺のランボルギーニを自慢する場所がなくなっちゃう!』みたいなことでも(笑)。気候変動に関する集会でも、農業の現場なんかでもいい。どこから始めるかは自由だし、必ずしも政治的である必要はないので、すでに誰かが活動している場にとにかく参加してみる。日本は人口が1億人以上いるし、コモン自体も至るところに存在するんです。そのうえで、自分なりの関わり方を探してみてはどうでしょうか」(斎藤)
コモンの自治は、悩めるオヤジさんも救う!?
「中年世代が家庭内でアイデンティティ・クライシスに直面していたり、『俺はいったい何のために働いてるんだろう?』なんて目標を失う人が増えているといいますよね。自分のスキルを活かしてコモン的な活動に身を置いてみるというのは、そういった自己喪失からの脱却という意味でも実は役に立つんじゃないかな。だって単純に楽しいですし、自己肯定感も上がりますから。
社会運動と楽しさは相反するものであるというのは単なる先入観、資本主義に植え付けられた思い込みに過ぎません。それに会合に参加した後、帰りに美味いステーキを食べたっていいんですよ(笑)。今まで0だったのを一気に100までコミットして、全部変える必要はないんです。LEON読者が資本主義70対コモン30くらいの感じで緩くシフトしたとしても、なんのバチも当たりませんよ」(斎藤)
「自分もそうなのですが、歳をとるにつれて友達と会う機会は減るし、新しい友達もできなくなってきますよね。人と会うにしても接待的な感じが多くなってきて、他者との繋がりがなんらかの形でお金やビジネスに繋がるものに矮小化されてしまいます。でもお金が絡まない時間の過ごし方って、実は色々ありますから。そしてそういったお金を超えたやりとりが、経済に頼らない豊かさや、それを可能にする働き方のノウハウを考えるきっかけになるはずです」(斎藤)
● 斎藤幸平(さいとう・こうへい)
東京大学大学院准教授。1987年東京生まれ。専門は経済思想・社会思想。ベルリン自由大学哲学科修士課程・フンボルト大学哲学科博士課程修了。大阪市立大学准教授を経て現職。Karl Marx’s Ecosocialism: Capital, Nature, and the Unfinished Critique of Political Economy(邦訳『大洪水の前に』角川文庫)によって、権威ある「ドイッチャー記念賞」を歴代最年少で受賞。『人新世の「資本論」』(集英社新書)で新書大賞およびアジア・ブックアワード受賞。同書は日本国内で発行部数50万部を超え、世界14言語に翻訳。ドイツなどでも大ヒット。その続編かつ実践編とも呼べる『コモンの「自治」論』(集英社)もベストセラーに。
■ コモンの「自治」論
斎藤さんをはじめ、精神科医・松本卓也氏、文化人類学者・松村圭一郎氏、杉並区長・岸本聡子氏、社会学者・木村あや氏など異なるフィールドで活躍する専門家たちが寄稿。病院、大学、自治体、個人商店といった身近な生活の中にあるコモンと、それらを自治的に管理する取り組みについてわかりやすく紹介し、意義を問いかける。
集英社シリーズ・コモン/集英社学芸単行本