
たこ焼き青年はマドリードにいた
現在では増加ペースは鈍化し、人々は決められた時間帯と範囲で外に出ることを許されている。しかし、感染者の多い大都市では、いまも飲食店や小売店は営業停止が続く。店の従業員は2カ月以上解雇状態。給与の70%は国が負担するといえども、まだお金が振り込まれていない人も多いという。
そんなスペインで、ひとりの日本人男性が生活困窮者にボランティアでたこ焼きを配っている。マスク姿からも若々しさが伝わるその人は、一戸隆太さん(27歳)。マドリードに2店舗ある「BALÓN TOKIO(バロン トキオ)」というたこ焼き店のオーナーだ。
自らも休業が続くなかで、ボランティア活動を始めたのは5月4日。週に二日、失業による生活困窮者の家庭へ1日50軒たこ焼きを配っている。マドリードの市役所には申請式の生活困窮者リストがあり、ボランティア団体が彼らに食料や生活必需品を給付(ボランティアも多くが失業者だという)。その支援物資に追加のプレゼントのように一戸さんのたこ焼きが含まれているのだ。

「もともとは、医療従事者にお礼としてたこ焼きを渡したいと考えていたんです。感染のリスクもあるなかで、長時間、一生懸命に働いているみなさんをたこ焼きとおにぎりで少しでも元気づけられたらと思いました。それで何軒かの病院に直接連絡したんですが、いまは受け取ることはできないという返事で、“ありがとう”と言われて保留になっています。
次に考えたのが生活困窮者でした。コロナでは経済活動がとまって失業者が増える問題も出てきます。失業して生活のお金に困ると、気持ちはどんどん落ち込んでしまう。せめてお腹から満たせないかと考えて、いまのボランティアに辿りつきました。本当に微々たるものだけど、みんなに元気になってもらって、経済の足しになったら」
心が弱ることで働く意力や消費が落ちる悪循環に、スペインで暮らす者として何かせずにはいられなかった。ひとりでゼロから店を始めて、「たこ焼きほんとに美味しかった。ありがとう」と言うスペインのお客さんの笑顔に救われてきた。困った時に助けてもらったことも多々ある。
それに、経済が回らなければ、たこ焼きを買う人がそもそも少なくなってしまうという心配もある。ボランティアは、いつか街の人にたこ焼きを買ってもらうことに繋がる草の根活動にもなっているのだ。

たこ焼きが広げる、アミーゴの輪
「嫌がる人もいるかもしれないけど、なんだこれ?美味しいじゃん!と思ってもらえたらいい。新しい体験が気分転換になればうれしいです」
そんな異文化交流は受け取った側のリアクションが気になるところで、なかには両手を合わせてお辞儀をしてくれたスペイン人もいたとか。さらに、一戸さんのモチベーションを上げたのは、SNSでたこ焼きボランティアを目にした人たちからのお礼や応援の言葉だった。
「ある人は、“もしも外出許可を出すならおまえが一番ふさわしい”と言ってくれました。他にもIT企業の社長さんから連絡がきて、“君の寄付活動に感動した。店にHPがないようだから、もしよかったら無料で作りたい。君の活動をみて俺も誰かを助けたいと思ったんだ。自分の店だって大変な状況だろ!”と言ってくれたんです」

余裕がないなかで、HP制作の申し出に加えてありがたかったのが、たこ焼きボランティアをSNSで見てデリバリーを注文してくれる人が多く出てきたこと。営業再開後のたこ焼きチケットと引き換えのクラウドファンディングもすぐに目標金額に達した。
そして、このボランティアを支援する日本からの寄付金も多く集められ、活動を続けることが可能になった。一戸さんがSNSで日本からの寄付金について報告すると、スペイン人から感謝の言葉が集まる。
もともと「BALÓN TOKIO」は日本人とスペイン人の交流の場であったが、いまは支援し合うことでさらに広いコミュニティが生まれる結果となった。営業再開後にはこれまで日本に関心がなかった新たなお客さんも来てくれることだろう。

明確なゴールがあるからやっていける
「日本でもたこ焼きはテイクアウトしてその辺や家で食べられているもの。スペインでもそうなってくれたらいいです。いまはたこ焼きを家で食べることをイメージづけるチャンスなのかなと思っています」
あくまでポジティブに、コロナ禍でも心が折れない理由は、明確な目標があるからだった。
「スペインと日本でサッカーチームを作りたいという夢があります。そのために店をフランチャイズ化して、スポンサー企業になれるくらい大きくしたい。僕はサッカー選手になることができなくて、ただサッカーをずっとやってきて、サッカーあっての人生だったからこれからは返していきたい。
子供から大人までの地域密着型の組織を作って、日本の子供達をスペインに連れてきたり、その逆が実現したらいいですね。さまざまな年代の日本人とスペイン人がサッカーを通して交流して、日本サッカーに貢献できたらと思っています」
だから、店の名前は「BALÓN TOKIO」。BALÓNとはスペイン語でボールを意味し、たこ焼きの球体にもかけられている。

「まだ先は見えないけれど、いままでも見えないなかでやってきた。これからも、目標に向かってひたすら進みます」
いまは行き来できない2国間。それでも、ひとりの日本人青年の奮闘が、遠い国に住む人と人とを繋いでくれている。

ひとりでボランティアを続けることには限度があり、人件費やその他経費を確保するため5月15日に日本人向けのクラウドファンディングを開始すると、なんと1日で目標金額を達成。その資金をもとに今後も長期的に活動を続けていく。支援募集は6月29日まで。
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「BALÓN TOKIO」
写真はマドリードのサンタ・アナ広場に近い1号店。ここはイートインがメインで2号店はテイクアウトがメインとなっている。
一戸隆太さんは1993年生まれ、東京都出身。幼少期からサッカーをはじめ、スポーツ推薦で流通経済大学付属柏高校へ進学。サッカー部に所属し、その後同大学でもサッカーを続ける。2015年に渡西して1年半スペインのサッカーを学び、2017年5月にマドリード初となるたこ焼き店「BALÓN TOKIO」をオープン。
HP/https://balontokio.com
(前述の社長さんが無料で制作してくれた店のHP)

● 大石智子(おおいし・ともこ)
出版社勤務後フリーランス・ライターとなる。男性誌を中心にホテル、飲食、インタビュー記事を執筆。ホテル&レストランリサーチのため、毎月海外に渡航。スペインと南米に行く頻度が高い。柴犬好き。Instagram(@tomoko.oishi)でも海外情報を発信中。