後編では2018年に起業し、最近資金調達を終えてさらなるビジネスの拡大を目指すアメリカ・ロサンゼルス発の日本酒サブスクサービス「Tippsy」の伊藤元気さんにZoomを通じてニューヨークとカリフォルニアをつなぎ、お話を伺いました。やはり、モテる男は仕事ができてナンボ、と実感するインタビューでした。
今だからこそ、サブスクは切られやすい!?
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“ほろ酔い(Tipsy)”という単語をもじった「Tippsy」はアメリカでもっとも有名な日本酒に特化したサブスクリプションサービスを展開するプラットフォームとして知られています。
コロナ禍でおウチ時間が増えたことでEコマース需要が軒並み高まってきているのですが、一方で、ラグジュアリーブランドの洋服をレンタルできるサブスクサービス「Rent the runway」がアメリカでのリアル店舗を全店閉鎖することを発表するなど、消費のかたちも複雑化しています。
そんななか、「Tippsy」は3月のパンデミック以降、売上が500%伸長するなど好調な動きを見せています。
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「Tippsy」をサブスクモデルに決めたわけは?
日系商社のLA駐在で10年ほど日本酒をはじめとした日本食の輸入の仕事をしていました。その頃から日本酒のマーケティングもやっていたのですが、「日本酒はアメリカでこんなものではない」と伸び代がまだまだあることを実感していました。
アメリカは州によって法律も違うし、日本酒の流通は消費者に届くまでにさまざまな中間業者が入ることで流通コストが積み上がるため、特に安価なアメリカ産の日本酒による「hot sake」や「Sake bomb」ショットなどの飲み方が広く認知されていました。
日本酒を好きと答えるアメリカ人は多いのに、好きな銘柄を聞くと答えられないという現状で、「sake」という外国語キーワードだけが一人歩きしていると感じていました。そこでブランドのストーリーを伝えて、地域性や造りで異なる味の違いやペアリングのポテンシャルを伝えて日本酒市場自体を成長させるマーケティングがしたいと思いました。
── 「Tippsy」をサブスクモデルに決めた理由とは?
サブスクだとビジネス的にはKPIが数値化しやすく、売上や広告にかかるコストも計算しやすい。投資家にもビジネスモデルを説明しやすく、サブスクって響きバズワードだし、なんかいいじゃん。という、投資家目線もありました。
ユーザー目線では知らなかった銘柄を提案できるだけでなく、メンバーには通常よりも安い価格で販売するなどし、メンバーのみという優越感やコミュニティ感を生み出すようにも意識しました。
今はミニボトル3本を1ボックスに詰めて、すべてのボトルに商品説明カードをつけて色々な銘柄を知ってもらい、楽しんでもらえるようにしています。
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サブスクは“贅沢需要”であることが多いので不況で家庭が苦しくなったら切られると思いますよ。ただ、特にアメリカはこの状況なので家飲み需要は増えたので、「Tippsy」もおかげさまで堅調です。
贅沢品は不況には弱いと思いますが、アルコールは不況に強い。確実に今回のことで、ワインだけでなく日本酒もEコマースで購入できるんだ、ということに気づいたユーザーは多いと思います。
アメリカの日本酒は500億円規模の既存市場があり、オフラインがメインだったセールスチャネルで買えなくなった人たちが今回のパンデミックによって一気にTippsyに流れ込んできました。
デジタルファーストと言われる「キャスパー」や「ワービーパーカー」など、ミレニアルに合わせた消費モデルを打ち出すブランドが最後に実店舗を構えるのは、実店舗での購買パターンを崩さない層が必ず存在するからで、デジタルブランドがスケールするためにオフラインチャネルの構築は必要とされていました。
しかしこのパンデミックで消費行動自体が確実に変化し、Tippsyではこの既存消費者層が流れてきたため本来ミッションとしている潜在顧客層の発見や教育にコストをかけることができています。
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テクノロジーの進化がサブスクを可能にしたと思うので、その点では今の時代にフィットしているのではないでしょうか? テクノロジーが進化したことによって消費が細分化しています。
Drop Boxのようにクラウド上でデータを管理できるようになり、Uberもアプリを使ってクルマを持たなくてもどこにでも行けるようになりました。テクノロジーの進化とシェアリングエコノミーはミレニアル世代に添った消費モデルで、サブスクもそこにフィットしていると言えます。
── サブスクビジネスは日本でも流行ると思いますか?
アメリカと日本では消費者行動も消費者文化もまったく違います。「Tippsy」ではアメリカ人にとっつきにくい日本酒を、ミニボトル3本のテイスティングを通して地域風土やペアリングの可能性を伝えています。日本では日本酒に関する知識、興味レベルや品揃えへのアクセスも違うので、同じモデルではスケール出来ないと思います。
しかしサブスクリプションのビジネスモデルという観点で考えると、今や多くの業界で一般的な課金方法となっており、消費者の定期課金に対するハードルが低くなっていると思うので、特にこれまでアップフロントコストの高かった家具など消費財や定期的な購買を必要とする日用品、奢侈品のサブスク消費みたいな文脈では日本でもチャンスはあるのではないでしょうか。
「Tippsy」も今後はバーチャルテイスティングなどのコンテンツを提供する体験型にシフトさせて行く予定です。そうでないと既に大多数の消費者を囲い込んでいるアマゾンに勝つことができない。今後「Tippsy」は日本酒のカテゴリーリーダーとして、“日本酒”というキーワードの第一想起になるべく自社プラットフォームをブランディングしていくつもりです。
── アメリカで起業し、苦労などはありましたか?
日本で起業したことがないので比べられないですが、アメリカの方が登記などのコストは安いし、エコシステムが洗練されているので、資金調達やウェブ開発、人材採用などしやすい環境だと思います。
たとえ派手に起業に失敗したとしても、このゼロからイチを作るというスキルセットを特に評価する環境がアメリカにはあるし、あまり日本人で起業している人も少ないから逆に目立っていいかなと思いました。
今後、世の中がどんどんボーダレスになっていくと思うので、日本の大企業にいてもいつか外国企業に買収されて、上司が外国人になることもあるだろうし、クビになることもあると思います。
起業や転職をしないにしても自分自身のスキルやブランドの強化は必須だし、起業して自分の価値をさらに高められると思うならそうした方が良いと思います。
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(1)asana
チームの仕事、プロジェクト、タスク管理のオンラインツールで、プロジェクトごとにOKRをこのasanaに組み込んで使っています。
(2)Google Drive
ロングビーチにオフィスがありますが、リモート勤務のスタッフも多いので、仕事関連の資料はGoogle Driveで管理しています。
(3)Upwork
世界中の優秀なフリーランス人材をスカウトすることのできるクラウドソーシングサービス。ハイレベルなスキルがスポットで必要な場合ここで人を探したりします。
3種の神器すべてがテクノロジーを駆使したものというのが実に現代の経営者!
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アメリカはさまざまなビジネスモデルが生まれていく国ですが、その波をキャッチして生き抜く日本人経営者の伊藤さんにこれからも注目が集まります!
■ Tippsy
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● 菅 礼子
LEON編集部で編集者として勤務後、2018年に渡米。現在はニューヨーク在住。男性誌や女性誌、航空会社機内誌などにニューヨークのライフスタイルの情報から世界中の旅の情報までを執筆している。Instagram(@sugareiko)でニューヨークだけでなくアメリカ&世界の情報を発信中。