2021.01.01
【vol.09】春画を極める/前編
【春画】江戸のエロスは粋でユーモアたっぷりだった!
いい大人になってお付き合いの幅も広がると、意外と和の素養が試される機会が多くなるものです。モテる男には和のたしなみも大切だと、最近ひしひし感じることが多いという小誌・石井編集長(46歳)が、最高峰の和文化体験を提供する「和塾」田中康嗣代表のもと、モテる旦那を目指す連載です。
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写真/トヨダリョウ 文/井上真規子
そんなアツ~い春画の魅力を探るべく、春画復権の立役者の一人で、有名な古美術商「浦上蒼穹堂」の店主である浦上満さん案内のもと、石井編集長が江戸人のエロスをご指南いただきました。
春画って一体、なんぞや?
浦上 「こんにちは、ご無沙汰しております。私はもともと中国や朝鮮、日本の古陶磁を専門に扱っておりますが、浮世絵が個人的に大好きで長年収集してきました。『北斎漫画』のコレクションは10代の頃からで、今では世界一といわれています。春画は少し奥手で40代後半からです」
田中 「浦上さんの春画コレクションは、本当にすごいですよ。で、実際に春画を見る前に歴史を少し。これまで日本の美術界、正確には明治期以降ですが、春画は長い間タブー視されてきました。そんな中、春画を正式な美術品として初めて認めたのはイギリスだったんです」
石井 「確か、2013年にロンドンの大英博物館で春画展が開催されて、世界でも大きな話題になりましたよね」
石井 「永青文庫での春画展も、大変な盛況だったと伺いました。今日は大英博物館にも出品されたと~っても稀少な春画をたくさんお持ちいただいたと!」
浦上 「超一級品がたっぷりありますから、お楽しみに」
田中 「じゃあ、さっそく見せていただきましょう!」
【ポイント】
■春画は明治期以降タブー視されてきたが、近年正式な美術品として認められつつある
■日本では2015年に初めて大規模な春画展が開催された
人間の体は美しくて隠すようなものじゃなかった!?
石井 「ということは、春画は平安時代からあったということですか? 女性がいい表情をしてますね!」
田中 「そうですね。もともと春画は、貴族や僧侶、武士など身分の高い人たちの間で流通していましたが、時代とともに版画の技術が発達したことで大量生産が可能になり、江戸期以降は庶民にも普及していくようになるんです」
石井 「ちゃんとストーリーがあるんですね! それにしても、皇女のような身分の高い女性は性に対してクローズなイメージがあったのですが、当時は意外とオープンだった……?」
田中 「処女信仰などの性に対する閉鎖的な考えは、欧米のキリスト教が入ってからのものですよね。春画を見ていると、性行為はとてもオープンで隠すものではなかったことがわかります。子宝を授かるための大切な行為ですから、豊穣を意味するとても縁起の良いものという認識だったのでしょう。だから、性に対して大らかだったんですよね」
石井 「へ〜! それは初めて知りました。面白いですね」
浦上 「幕末や明治になって日本にやってきた外国人も、春画を見てびっくりするんです。武家や大商人の家で、上品な奥様が『家宝をお見せしましょう』と言って、春画を恥じらいもなく自慢気に見せてくる。日本はなんという国だ、と驚いたそうです」
田中 「混浴もそうですよね。日本人の男女が堂々と裸で入浴していることに外国人が驚いた。人間の体は美しくて隠すものじゃないという考えがあったんです」
石井 「確かに明治以前は、日本はそういうことに対して大らかだったんですよね」
春画はみんなで笑いながら見るもの
浦上 「そうです。局部が誇張して描かれているのは春画の大きな特徴ですが、これも作品として面白くするためなんです。中国の春画は普通に描かれていますから、日本人が工夫したんですね。日本人って、昔からそういうユーモアの感覚があるんです。春画を見た西洋人は、日本の男はこんなに立派なのかと驚いたという笑い話もあります(笑)」
石井 「それにしても昔は、春画をみんなで見ていたんですね!」
浦上 「だからというわけではないですが、春画は女性の研究者が多いんです。彼女たちになぜ春画の研究をするのかと聞くと、女性の視線から見ても不愉快なことがないという答えが返ってきます」
石井 「なるほど」
田中 「普通の家でも、立派な旧家には必ず春画があるんですよね。花嫁は春画を持って嫁入りするのが習わしでしたから。立派な家ほどきちんとした春画があります。さっきの肉筆画も皇女が描かれていましたが、皇室の春画のコレクションもすごいと聞いたことがあります」
浦上 「また春画は、世界の画家たちにも影響を与えてきました。オルセー美術館に、ギュスターブ・クールベの『世界の起源』という女性の局部をアップで描いた絵がありますが、これは春画の『大つび絵』からインスピレーションを得て描かれたものといわれています」
石井 「へ〜! とっても興味深いですね」
石井 「着物の色が鮮やかですね。春画はほとんど着衣のまま描かれているイメージがありますがなぜですか?」
【ポイント】
■春画は肉筆画と版画がある
■中国から伝来し、日本では平安時代から描かれていた
■初めは身分の高い人たちが楽しむものだった
■男女の服装から、描かれた場面の背景を読み取ることができる
「あぶな絵」とは、まだコトが始まっていない設定
浦上 「これは『あぶな絵』といって、まだ行為が始まっていない状態。男性は少し焦っているけれど、女性はキセルをふかして『焦りなさんな』と余裕のある雰囲気です。ふたりの後ろにある屏風に『春信画』と隠し落款がありますね」
田中 「こちらもあぶな絵ですね」
浦上 「春信の描く男性は、女性のように華奢で美しいんです。特に、前髪がある男性は16歳以前の若衆で美しさも際立っています。若衆は当時人気があって、若い女性やおばさんはもちろん、おじさんにも人気があった。色も売っていたようです」
田中 「これは舟遊びの様子。猿回しの船を別の船から女性たちが見物していますが、よく見ると真ん中の男女が交わっている」
浦上 「基本はファンタジーですね。絵師たちは、消費者に飽きられないように様々なシテュエーションを考えて工夫を凝らしていました。鈴木春信の死後は、後継者として磯田湖龍斎という絵師が美人画や春画で人気を得ました」
石井 「面白い! それにしても、本当に女性上位だったんですね」
田中 「鑑賞する際に接合部分や顔にばかり目がいきがちですが、周囲の要素も合わせて見ることがポイントです。着物や帯、髪型、小道具、屏風、花など、描き込まれた様々な情報を読み取って、当時の人は一層興味深く見たんですね」
石井 「それで新しい技法を生んだり、アイディアが次々生まれたんですね」
浦上 「そうです。江戸期、春画は禁制になって地下出版になったり、また表に出たり、もぐらたたきのような状態を繰り返していました。浮世絵版画は庶民向けと言いましたが、大名や武士などにも受容されて、購買層は全方位でした。江戸の三大改革で贅沢禁止令が出されましたが、春画は地下に潜っていたため、逆に制限がなくなって次から次に贅沢で新しい技術が生まれていったんです」
浦上 「春画で陰毛の細かい線を表現するのは、ものすごく高度な彫りの技術が必要です。だいたい1mmの間に3~4本描かれていますから。それだけでも春画の技術がすこぶる高かったことがわかります」
田中 「描くのも大変なのに、版画で彫るんですからものすごいです。現代に復刻版の彫師さんがいるんですが、春画は細かすぎて再現できないというんです。今の技術ではあんなにすごい陰毛の線は出せないという」
石井 「日本文化の代表ともいる浮世絵人気を支えたのが春画だったとは! 驚かされることばかりです」
【ポイント】
■商業アートだった版画は、絵師たちの創意工夫が満載!
■春画で新しい版画技術が生まれ、浮世絵全体にも影響を与えた
■春画は女性上位のテーマが多く描かれている
● 浦上 満(うらがみ・みつる)
幼少の頃より、コレクターであった父、浦上敏朗(山口県立萩美術館・浦上記念館 名誉館長)の影響で古美術に親しみ、大学卒業後、繭山龍泉堂での修行を経て浦上蒼穹堂を設立。数々の展覧会を企画開催し、また、日本の美術商として初めて1997年から11年間ニューヨークで「インターナショナル・アジア・アート・フェア」に出店。ベッティングコミッティー(鑑定委員)も務めた。現在、国際浮世絵学会常任理事、東京美術倶楽部常務取締役。著書として「古美術商にまなぶ 中国・朝鮮古陶磁の見かた、選びかた」(2011年 淡交社)、「北斎漫画入門」(2017年 文春新書)など。
● 田中康嗣(たなか・こうじ)
「和塾」代表理事。大手広告代理店のコピーライターとして、数々の広告やブランディングに携わった後、和の魅力に目覚め、2004年にNPO法人「和塾」を設立。日本の伝統文化や芸術の発展的継承に寄与する様々な事業を行う。
和塾
豊穣で洗練された日本文化の中から、選りすぐりの最高峰の和文化体験を提供するのが和塾です。人間国宝など最高峰の講師陣を迎えた多様なお稽古を開催、また京都での国宝見学や四国での歌舞伎観劇などの塾生ツアー等、様々な催事を会員限定で実施しています。和塾でのブランド体験は、いかなるジャンルであれ、その位置づけは、常に「正統・本流・本格・本物」であり、そのレベルは、「高級で特別で一流」の存在。常に貴重で他に類のない得難い体験を提供します。
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