2021.01.15
権力を持った男性はなぜ女性の心がわからなくなるのか
日本一発信力のあるバーのマスター、林 伸次さんが上梓した話題の新刊『大人の条件』から、オヤジさんにもぜひ読んでいただきたい、いくつかの章をご紹介します。第3回は「あなたは権力が欲しいですか?」。
- CREDIT :
文/林 伸次 写真/トヨダリョウ(林さん)
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■第3回
あなたは権力が欲しいですか?
「俺を誰だと思ってる」とキレる誰だかわからないおじさん
「お前は俺を誰だと思っているんだ!」
若い男性は、ポカーンとしてしまいました。もちろん、なんとなく様子をうかがっていた周りの僕を含めた乗客みんなもポカーンです。視線がその六十代の男性の顔に集まります。
ジャケットは着ているけど、ネクタイはしていなくて、まあどこにでもいそうな普通のおじさんです。僕が知る限り、決して有名人ではありません。僕を含めたみんなが「え? 誰なの?」と思っているのが伝わってきます。若い男性も拍子抜けしたのか、なんとなく事態は収まってしまいました。
どうなんでしょう。誰だったんでしょうね。芸能人ではなさそうですが、大学の教授とか、有名な建築家とか、どこかの会社の役員とかだったりしたのでしょうか。その六十代くらいの男性としては、「俺はものすごく偉い人間なんだぞ、この俺に向かって、その口の利き方はなんだ!」って怒っていたのでしょう。
その時、僕が痛感したのはこれです。「ああ、こんな大人にだけはなってはいけないな」。当たり前ですが、どんな世界にもそれぞれ偉い人っているんですね。演劇界には演劇界の、卓球界には卓球界の、コーヒー業界にはコーヒー業界の、エンジニア業界にはエンジニア業界の、すごく偉い人っているんです。
もしかしたらそういう人は、そのテリトリーではみんなにちやほやされて、権力をふりかざして日々を送っているのかもしれません。でも、外に出たら、電車に乗ったら、「普通のおじさん」です。権力はそこでは通用しないんです。それでもその六十代の男性は、通用するって思ったのでしょうね。
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あなたは権力が欲しいですか?
いやもちろん、世の中ってそういうことってあるんだろうな、と僕も想像はしていたのですが、思ったよりもたくさんの場所、たくさんの状況で、そういう決定権を持った男性が、弱い立場の女性に「提案」しているようなんです。軽い感じの提案なら、女性も「私、そういうのはお断りします」って言えるのですが、ひどい場合は「じゃあ、この仕事はなかったことで。困るんじゃないの?」なんて感じで脅してくる場合も多いようなんです。ほんと、世の中には悪い男性がいます。
それで気になって、周りの男性や女性に、「この件、どう思いますか?」みたいな感じで質問して回ったんですね。そしたらこんな意見が、たくさん返ってきました。
「権力を持ってしまった男性は、モテているって勘違いしている場合が多い。もちろん権力を持ってしまったら、いろんな人が近寄ってくるし、お願い事をされることも多くなるはず。それを自分がモテているって勝手に変換しているから、そのまま女性に『好き』とか『寝たい』って伝えているだけだと思います」
でも、周りの女性としては、権力を行使されているわけで、「気を悪くされて企画が流れたらどうしよう」とかって心配になるのです。そういう状況が積もり積もって、セクハラ、パワハラと感じるようになるそうなんです。
権力を持ってしまうと、人の気持ちがわからなくなるんですね。そう考えてみれば、歴史の中でいろんな権力を持った人たちが残酷なことをやってきた理由もわかる気がします。
権力、あなたは欲しいですか?
僕は、決していい人ぶってるわけではなく、権力はいりません。だって、共感力がなくなるんですよ。人の気持ちがわからなくなるんです。そんなのって最悪な人生ですよね。
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● 林 伸次 (はやし・しんじ)
1969年徳島県生まれ。早稲田大学中退。レコード屋、ブラジル料理屋、バー勤務を経て、1997年渋谷に「bar bossa」をオープン。2001年、ネット上でBOSSA RECORDSを開業。選曲CD、CD ライナー執筆等多数。cakesで連載中のエッセー「ワイングラスのむこう側」が大人気となりバーのマスターと作家の二足のわらじ生活に。近著に小説『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる』(幻冬舎)、『なぜ、あの飲食店にお客が集まるのか』(旭屋出版)など。最新刊はcakesの連載から大人論を抜粋してまとめた『大人の条件』(産業編集センター)。