
この島についての話を聞いたのは今から20年以上前、観光関連でお世話になったAさんからです。その冒険譚のような話に、ワクワクすると同時に、当時は「そんなことがこの20世紀に?」と不思議に思いました。
メモも取らず聞いた話なので、多少間違っているところもあるかもしれません。けれど、内容を確認し直したくてもAさんは他界されてしまい、もうその術はありません。
話の大筋は、こうです。

洞窟は船で入っていけるサイズで、船から降り歩いて内部を探すことに。洞窟の突き当りに、両手の指を合わせたほどのサイズの岩が組まれた壁があった。Aさんの友人はその隙間を覗き、固まっていた。すわ、財宝か!と、Aさんも覗いてみたところ、そこには無数の頭がい骨が壁一面を埋め尽くしていた。
悲鳴をあげて逃げたAさんと友人。脇にあった地上へと続く抜け道を駆け上がると、突き出た岬に、老婆が座っていた。
「おばあさん! 骸骨が!」
と、肩をゆすると、老婆はがくりとくずおれた。顔の半分は骨が露出していた。おそらく風葬ではないかと思う。
にわかには信じられない話です。でも、調べると、この冒険譚を裏付ける資料がいろいろと出てくるのです。

大昔に、大神島に見たことのない船が乗り付けた。上陸してきたのは、ガタイのいい見慣れぬ容貌の男たち(海賊の一味)。あやしいと思った島民たちは洞穴に逃げたけれど、一人の少年が逃げ遅れ、しばらくしてから村に誰もいないことに気付いた。
泣きながら島民を探す少年を見つけた海賊たちはその後ろをつけていった。少年が村人の隠れている洞窟を見つけると、海賊たちは人々を奥に追い込み、火をつけた。そして財宝を隠して島を去った。けれど、たまたま別の洞窟に隠れていた兄妹は難を逃れた。彼らは成長してから夫婦となり、大神島の祖先となった。その兄妹が暮らした屋敷は聖域として残されている。
風葬についても、かつての風習として、触れてありました。今(1966年時点)はそんな原始的なことは行われていない、と……。
寺山修二の著書には、昭和12~13年に米国の新聞が「東経125度の東シナ海のサンゴ礁の島に海賊が財宝を隠した」という記事を掲載し、話題になったという内容も出ていました。
そして昭和14、15年には、キャプテン・キッドの財宝を目当てに山師たちが島を訪れ、聖域を犯しました。当時、観光開発のために島を丸ごと買おうとした輩もいたとか。けれど、彼らが掘り当てたのは、人骨ばかり。そして、多くの人々が謎の死を遂げたそうです。
・島の神祭行事の日には立ち入り禁止区域がありますが、島に入島は可能です。
・聖域はみだりに入ることが禁止されています。
・島の自然を壊したり持ち帰ったりしてはいけません。
(大神島ホームページより)
沖縄にはこうしたルールがある島が珍しくはありません。島に暮らしている方々を尊重して、これらの約束は遵守しましょう。
ところで、当のキャプテン・キッドは1701年にロンドンで絞首刑に処されました。その際、宝の在処を白状するのと引き換えに、命乞いをしたそうですが、願いは届けられなかったとか。それから300年以上、宝探しは続き、数カ所でそれらしきものが発見されているようです。2015年にもマダガスカルでそうではないかと目される、銀の延べ棒が発見されたと、BBCが報じています。
その一方でキャプテン・キッドの活動エリアと、日本は異なるので、ありえないという説もあります。
これを書いている私は、大神島へは、足を踏み入れたことがありません。
すべて聞いたり、読んだりした話。信じるか、信じないかは、あなた次第です。