2018.04.19
現代の美人画は、“あわよくば”という男のリビドーが描かせていた
日本の美術史のなかでしばらく途絶えていた「美人画」が、いま再び大きなブームの兆しを見せています。その牽引者は日本画家の池永康晟さん。妖しく美しい池永さんの描く美人画の世界をご紹介します。
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文/井上真規子 写真/久保田育男(人物)
そのブームの立役者であり、人気を牽引しているのが日本画家の池永康晟さん。まずは池永さんの作品をご覧いただきましょう。衣装の柄まで細密に描かれた若い女性たちの表情は、どれも強い感情を表さず何か心に秘めたように思わせぶりです。見ている側からすると近づけそうで近づけない、その微妙な距離感のもどかしさが、逆に女性の神秘的な魅力を掻き立て、強い印象を与えます。
女性は一番身近なのに、一番思い通りにならない存在
池永さんが生まれたのは、ちょうどグラビア雑誌が出はじめた1960年代。生活様式の変化で和服美人が消えたこともあり、美人画は衰退の一途をたどります。
「アイドル誌の『平凡』や『明星』が創刊され、篠山紀信が現れ、それまでの美人画にグラビアが取って替わります。若い画家たちの間では、“今どき人物を描くなんて”という風潮があったし、私自身も和服に日本髪でうなじを見せて、しなを作るといった、すでに過去となった美人画のデザインには共感はできませんでしたね」
美人画空白の時代は2000年頃まで続きますが、実は1980年代中頃には再び人物を描こうという気運が復活し、池永さんもその頃から女性を描いていたそう。
「きっかけは、当時一緒に住んでいた女性。風景画はその場所へ行かないと描けませんが、僕は面倒くさがりなので身近な女性を描くことにしました(笑)。でも女性って一番身近なのに、一番思い通りにならない存在なんです。だから夢中になってしまった。日本画家になったのも、日本画の絵の具が思い通りにならなかったからです」
“どうにかしたい”という思いが、描くことへの原動力になっているという池永さん。まさに美人画を描くことは本能に従った結果なのです。
“あわよくば”という男の本能で美人を描いている
池永さんは、描かれることを面倒がる女性たちを何度もアトリエに呼んで描き続けます。すると女性は少しずつ描かれることが心地よくなっていくのだとか。まるで、彼女たちを“落としていく”感覚。話を聞いていると一見“エロ”濃度の控えめな池永さんの美人画にも、男の目を通した生々しい彼女たちの姿が浮かび上がってきます。
実は日本画家になる前、写真家の勉強をしていたという池永さん。池永さんの美人画のトリミングされた構図は、グラビア写真から着想を得たものだとか。
「トリミングって、日本画ではタブーとされているんです。でも、僕はカメラの構図がしっくりくるので、全身を見せるよりもトリミングをしてぐっと女性に近寄ります」
本人に似せて描くのは、ある意味悪意のある作業
「有名人を描くのって難しいんです。本人に似せて描かないとダメですから。でも、僕の描く美人画ってモデルに似ているとは限らない。基本的に平均顔が一番美しいものですが、似せて描くというのは平均顔とずれた特徴、つまりバランスが悪い部分を描く作業なので。ある意味、悪意のある作業なんです」
日本人を描くことにもこだわりがあるという池永さん。肌の色にもこだわり、自身で染め上げた麻布に岩絵具で描いています。
「僕は日本人が好きだし、日本人の美しさを描くべきだと思ってきました。美術の世界では西洋人が理想的な美とされているけれど、戦うべきなんです。確かに日本人は平面的で描きにくい。けど独特の愛嬌があるし、それがまたいいんです。最終的にはモデルに絵を見て喜んでもらいたいという思いで描いていますが、みなさんには純粋に描かれている女の子が好きかどうかで楽しんでもらいたいですね」
伝統的な美人画の衰退から50年の時を経て、新時代の美人画が復活
「美人画といえば、江戸時代に大流行した浮世絵の美人(絵)を思い浮かべる方も多いでしょう。菱川師宣の『見返り美人』や喜多川歌麿の『寛政三美人』などが有名ですね。明治・大正では、和服姿の端正な美人を描いた上村松園や鏑木清方、幻想的で妖艶な美人画が人気を博した伊東深水や北野恒富もよく知られています」(菊屋教授。以下同)
そもそも美人画とは、画家が女性のなかに感じた美しさを抽出して描き出した絵画。肖像画とは一味違った魅力があります。江戸から明治、大正と時代が移り、絵画の様式が変わっても美人画の本質は変わらず、時代ごとの女性の美に焦点を当ててきました。
「ところが大正末期になると、欧米では前衛(アヴァンギャルド)絵画が流行します。カンディンスキーやモンドリアンなどは、その最たる存在。その波は日本の絵画の世界にも押し寄せ、若い画家たちは形や色を強調し、人物の内面性やイメージ性を描かなくなっていきます」
グラビアの“理想化”やアニメの“萌え”の要素も盛り込んだ美人画
「一方、常に新奇な表現を追い求めてきた欧米流のモダニズム絵画の流れは、1970年代になるといよいよその新奇な表現が出尽し、たとえば絵でいえば、逆に表現することを拒否した“描かない絵”なんてものも登場してきます。表現の“ドン詰まり状態”です。ところがこうした“ドン詰まり”が一気に崩壊していったのが1980年代半ばなのです」
「コテコテの強烈なイメージが絵画にもどってきて、再び人物を描こうという流れが復活します。アメリカではイメージが復活した新しい表現主義的な絵画が売れ始め、やがて日本の絵画、さらには日本画においても人物を描いていいんだ、という雰囲気が高まりますが、その後も日本画の分野において新しいイメージを反映した美人画が注目されるようになるのはしばらく先のことです」
2000年を過ぎた頃、美人画はグラビアの“幻想”やアニメの“萌え”の要素も取り込み、新時代を迎えます。ブームを巻き起こした現代の美人画は、そうした長い断絶の時を経て、50年ぶりに、ついに復活を遂げたのです。
「いまの美人画は、写実的とはいいながらも、明治・大正当時の時代風潮を反映した幻想的、退廃的な日本画とは別物。写真のようだけど決してリアルな絵画ではないし、今という時代の風潮や意識を反映した巧妙に作り上げられた世界です。投影された画家それぞれの理想を見て、ああ、これが現代の若い人たちの表現したい自分なりの象徴化された写実なんだなと時代の面白さを感じましたね」
現代の美人画ブームには、女性作家も多く登場しています。女性目線で描かれた美人画と男性が描く美人画もまた違った魅力があります。見比べて、どんな風に描かれたのか想像しながら楽しむのもまた一興かもしれません。
● 池永康晟(いけなが・やすなり)
日本画家。1965年、大分県生まれ。大分県立芸術短期大学付属緑丘高校卒。独学で日本画を学び、40代より本格的に制作活動をスタート。2014年に出版した作品集、「君想ふ 百夜の幸福」(芸術新聞社)は6刷を超える人気。ほか、「美人画づくし」(監修/芸術新聞社)など。
● 菊屋吉生(きくや・よしお)
美術学者。1954年、山口県生まれ。立命館大学文学部史学科卒業後、山口県立美術館の学芸員を務め、近現代の日本美術に関する展覧会を多数企画。現在は山口大学教授を務める。著書に「昭和の美術」「山口県の美術」(共著)「別冊太陽 東山魁夷 日本人が最も愛した画家」(監修)などがある。
「日本画家が描く美人画の世界」(辰巳出版)
池永康晟さんをはじめとした19名の日本画家による美人画を掲載。美しく幻想的な美人画を多数掲載した作品集。1700円+税
URL/http://www.tg-net.co.jp/item/4777820335.html?isAZ=true