2021.10.18
人はなぜ笑うのか? どうすれば上手に笑えるのか?
コロナ禍によって人と人とのリアルな繋がりが大きく毀損され、コミュニケーションは大きな危機を迎えています。でも、こんな時だからこそ、我々オトナはいい笑顔を忘れてはならない。そんな思いを込めて皆で笑顔について考える特集です。まずは「人はなぜ笑うのか?」という根本的なテーマから。
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文/井上真規子 写真/shutterstock
笑顔は大きく「快の笑い」と「社交上の笑い」に分類される
「人がどうやって笑顔を習得したのか? という問いは、動物学者のファン・フーフによるサルの表情研究にヒントがあります。笑顔は、サルやチンパンジーにその起源を見ることができるからです。チンパンジーは遊んでいる時に、口元をリラックスさせ、大きく開けて“はっはっ”という激しい呼吸をします。人間が、口を大きく開けて“ワハハ!”と笑うのは、この『快の笑い』が原型となっていると言われています」(中村教授・以下同)
「サルは自分よりも強い相手に遭遇すると、自分には攻撃する意志がないことを相手に伝えるため、歯を出し、口を引きつらせた表情を浮かべます。このサル社会における服従の表情が『社交上の笑い』の原型となり、人間も相手と良い関係を築きたい場合に、微笑みや微笑などの表情を見せるようになったと考えられます」
サルよりも知能の高いチンパンジーになると、人間と同様に下位の相手からだけでなく、上位の相手から下位の相手にも社交の笑顔を見せるようになるそう。生物進化の過程とともに、コミュニケーションにおける笑顔の意味や使い方も発展していったのです。
笑顔を見ると、脳が冷却されて快い感情が生まれる
「複数の研究で実証されていますが、人は相手の笑顔を見ると、笑うための表情筋が動きます。すると鼻の奥に空気が取り込まれたり、脳に向かう血流が変化して血液、そして脳が冷却されやすくなります。脳は冷やされると心地よさを覚えるため、笑顔を見ることでも快い気分になると考えられます」
笑顔で幸せな気持ちになるのは、表情筋の動きが伝染して、脳の温度に変化が起こっていたからだったのです。
「また、快の笑いについては、相手が喜んでいる様子を見て純粋にうれしい気持ちになることも確か。綺麗な景色を見て心地よい気持ちになるのと同じように、笑顔を見るとうれしくなったり、楽しくなったりしますよね」
社交上の笑いについても、その起源が“危害を加える意思がないというサイン”であることから、見ていて自分に害がない、さらには相手が自分の味方と感じることができるという効果もあるかもしれません。
どんなに自然な笑顔でも、不適切な場面で笑っていたら「いい笑顔」とは言えない
「一般的に、口角がU字に上がって目が細くなっていると、見栄えのいい笑顔になると言われています。また、表情筋が左右対称に動くとより自然な笑顔になります。逆に、左右非対称で引きつっていたり、ずっと固まっている笑顔などは、相手に不自然な印象を与えてしまいます」
他にも、口と目の動きに不自然な時間差がある笑顔や口だけを動かした笑顔、持続時間が短すぎる笑顔なども作り笑顔に見られやすいそう。
「とはいえ、笑顔の最適な持続時間はその時々で違うため一般化できないのも事実です。つまり表情としては見栄えが良くても、不適切な場面や間違ったタイミング、強さで笑っていたらいい笑顔とは言えないのです」
よく、マイナスな意味でとらえらえる「あの人の笑顔は目が笑っていない」という場合も不快感を与える笑顔に分類されるのでしょうか。
「これも場面によります。楽しんで笑っているはずの場面で目が動いていないと、本当は楽しくないのに笑っている、という疑念を抱かれてしまうわけです。しかし社交の場面などでは、友好的な態度を示すために微笑むわけですから、目が笑っていない方が自然な場合もあります。初対面の相手に対して、満面の笑みで挨拶をすれば、かえって含みがあって怖いと感じさせてしまう場合もあるかもしれません」
なるほど。普段は何気なく使っている笑顔ですが、意味もさまざまで、使い方も想像以上に複雑なようです。いったい、どうしたらいい笑顔を作れるようになるのか……?
相手と前向きに関わろうとする気持ちが大切!
しかし、顔のつくりには個人差があるため、誰でも同じように理想の笑顔を作れるわけではないそう。
「筋肉のつき方は一人ひとり異なるうえに、目や鼻、眉、口といった顔のパーツの大きさや形、位置も人それぞれ。典型的な笑顔を作るのに適した表情筋やパーツを持った人もいれば、そうでない人もいるのです。どうも笑顔が苦手、という人はそうした個人的な特徴が関係しているのかもしれません。それでも練習を重ねることで、いい笑顔を作れるようになる可能性はあると思います」
例えば恐怖の表情と見間違うような笑顔を浮かべてしまう人も、鏡を見ながらどの筋肉を動かせば不自然さが修正できるかといったことを習得するのは可能なのだとか……。とはいえ、笑顔の適切なタイミングや強度を習得するのも簡単なことではなさそう。
「場面やタイミングに合わせて表情をコントロールする力は、幼少期からの体験によって身につく部分が大きいんです。ですから、大人になって急に笑顔が得意になるという例は多くないように思います。それに、笑顔を見せる場面は、相手や話題など毎回異なり、同じ組み合わせで起こることはありません。まさに一期一会ですから、単純にこうすればよいというわけでもないんです。大切なのは、相手と前向きに関わろうとする気持ち。常にTPOを考えながら相手にどう見えているかを考えて過ごすことで、少しずつでも笑顔力をアップさせることができるのかもしれません」
いい笑顔のためには単に表情の作り方だけでなく、その使い方を頭を使って考えることも大切なんですね。
表情の使い方のルールは地域でバラバラ。日本人の「笑顔」が通じない文化もある
しかし、例えばアメリカでは、笑顔は純粋にポジティブな感情を表すものと考えられているため、滑って転んだのに笑っている日本人を見て「どうして転んだのにうれしいの?」と疑問を抱いてしまうのだとか。
「ほかにも日本人は“相手に悪いことをしてしまった”時に謝りながら笑ったりしますよね。これも、そのような習慣がない国の人に『笑うところじゃないでしょ?』と不誠実に感じさせてしまうことになります」
ビジネスマンとしては、そうした地域や文化の違いによるコミュニケーションへの対応力も身につけておきたい能力ですよね。
「表情の使い方は、生活を共にする集団の習慣や暗黙のルールであり、環境の中で自然に習得したもの。日本人の恥ずかしい時に笑うという行動も、基本的には意図的にやっているわけではありません。ですから対応力を身につけるには、まず自分たちのルールを改めて理解し、他の地域ではルールが違うかもしれない、という可能性を認識しておくことが大切なのです」
完全に使い分けできるようにならずとも、知っておくだけで余裕を持てるようになると中村教授。日頃から相手の気持ちを考えながら過ごすことで、自分や周りを幸せにする笑顔を手に入れるだけでなく、オトコとしての魅力もアップすることにつながりそうです。
●中村 真(なかむら・まこと)
1962年、鳥取県生まれ。大阪大学大学院人間科学研究科博士前期課程修了。コネチカット大学大学院修士課程修了。現在、宇都宮大学国際学部教授。専門は感情とコミュニケーションの心理学。著書に『人はなぜ笑うのか―笑いの精神生理学―』(講談社刊)、翻訳書に『微笑みのたくらみ 笑顔の裏に隠された「信頼」「嘘」「政治」「ビジネス」「性」を読む』(ラフランス(著)化学同人刊)ほか。