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2022.01.19

ふたつの世界最高峰レースで表彰台に上った、唯一の日本人。佐藤琢磨が語る、突破力とは?【前編】

レーシングカートデビューから、わずか6年でF1レーサーとなった佐藤琢磨さん。現在はインディカーで活躍する不屈のレーサー魂を作り上げたのは、どんな経験と信念だったのでしょう。

CREDIT :

文/安岡将文 写真/内田裕介 

佐藤琢磨
既成概念に囚われず、その行動によって時代を切り拓いてきた「カッコいい大人」たちを紹介する今回の特集。次にご登場いただくのは、レーシングドライバーの佐藤琢磨さんです。

F1ドライバーとして、そして現在はインディカーのドライバーとして。両レースで表彰台に立った初めての日本人となる佐藤琢磨さん。インディカーにおいては、インディカー最高峰のインディ500にて、2017年にアジア人初の優勝。そして2020年に2度目を制覇するなど、今年45歳にしてその勢いはとどまることを知りません。そんな佐藤さんが現在にたどり着くまでの道程と、その中で培った経験、そしてそこから見出したカッコいい男像に迫ります。

一瞬で決まった、スピードを求める世界への道

── モータースポーツの世界に興味を持ったのは、何がきっかけだったのでしょうか。

佐藤 あれは10歳の時でした。87年の鈴鹿サーキットで行われたF1日本グランプリを観戦したのが、すべての始まりです。圧倒的なスピード感に、一瞬で心を奪われました。今でも、あの時に聞いた信じられないくらい美しい轟音と、レースカー用燃料が燃えた甘い匂いを覚えています。実際にレース場に行かなければわからない、テレビで見ていた世界とはまるで違う、想像をはるかに超える迫力が、僕をスピードの世界へと連れていってくれました。

── その後の佐藤少年の夢は、当然F1レーサーに?

佐藤 いえ、確かに憧れましたが、正直なところ現実的ではなく、結局は単にレース好きな少年で終わっていました。専門誌などを読み漁り、レースの魅力に取り憑かれていましたが、とはいえ普段の生活の中でモータースポーツに接する機会なんて皆無でしたから。両親も、その世界に対する知識などまるでありませんでしたしね。

ただ、スピードへの興味は増すばかりでした。小学生が乗れるタイヤ付きの乗り物といえば自転車ですが、当時は自転車でかなり攻めた走りを楽しんでいました。団地の周りをコースに見立てて、ギリギリのブレーキングで曲がるとか(笑)。そんなことをしているうちに、自転車競技への道を歩むことになりました。
佐藤琢磨
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── 自転車競技では、インターハイ優勝、全日本学生個人戦優勝など、見事な結果を残していますね。

佐藤 高校の入学祝いで、自転車を買ってもらったのが本格的に競技に入るきっかけでした。自転車とクルマではまるで世界が違いますが、でも、どこかでシンクロさせていました。自転車を買いに行った時、展示されているスポーツバイクを見て、これってまるでレーシングマシンじゃないかって思ったのを覚えています。

── その後、レーシングカートデビュー。そして鈴鹿サーキットレーシングスクール フォーミュラと、いよいよモータースポーツの世界に。

佐藤 大学生だったある時、雑誌で鈴鹿サーキットレーシングスクール フォーミュラの募集要項が載っていたんです。その時までは夢見ながらも漠然とだったモータースポーツの世界が、一気に現実味を帯びてきました。それに、スクールの年齢制限ギリギリだったんです。応募が20歳までだったので、僕にとってはラストチャンス。その焦りが、背中を強く押しました。

それに、ホンダのスカラシップ制度の存在が決め手であり、すべてでした。スクール以前にレーシングカートを始めましたが、まだ入門カテゴリーでしたし、F1レーサーを目指す者としては圧倒的な経験不足。全日本選手権、世界選手権、そしてフォーミュラにたどり着くには一般的に10年近くを必要としますが、それは資金的にも年齢的にも厳しい。スカラシップ制度を受けることができなければ、自分の目指すところにたどり着くのは不可能でした。
── 試験の際には、当時行われていなかった面接を行うよう嘆願したとか。

佐藤 当時の選考は書類審査のみだったんですが、それだと自転車競技でしか実績がない僕はまず落ちます。F1レーサーを目指す人って、幼少期からレースの世界で実績を積むものなんです。アイルトン・セナも、ミハエル・シューマッハも、ルイス・ハミルトンやマックス・フェルスタッペンも、トップレーサーはほぼ幼少期からいわゆるレーサーとしての英才教育を受けているんです。その点僕は、大学に入って19歳からようやくカートデビュー。書類審査のみで合格率10倍を突破するのは圧倒的に不利でした。だから、面接で熱意を伝えるしか方法がなかったんです。とにかく必死でしたね。なにせ、翌年は年齢的に資格そのものがなくなるわけでしたから。

── 高校でも自転車部を設立するために、学校を説得したそうですね。

佐藤 市民レースには出ていたんですが、ちゃんと部として登録しないと出られない大会があるんです。当時は、大学へのスポーツ推薦を狙っていたので、高体連の公式戦に出場する必要がありました。それで、学校にお願いして作っていただきました。
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経験が少ない、後がない、だからこそ思い切れた

── 素晴らしい行動力です。その源とは?

佐藤 若さゆえの情熱や衝動はあったでしょうね。20歳でスクールの門を叩くって、常識的に考えたら遅すぎますから。でも、逆にそれが良かったのかもしれません。モータースポーツの世界をリアルに知り過ぎていたら、ひるんでしまっていたかもしれませんから。

── 自転車競技の道に、そのまま進もうとは思わなかったんですか?

佐藤 始めた当初は、自転車で世界を目指していました。ただ、競技を続けるうちに、カラダの小さな僕がフィジカル要素の大きい自転車競技で世界に行くことは、難しいと気づきました。それは、辛いと同時に新天地へと向かうきっかけになりました。モータースポーツは、カラダが大きい必要はありませんから。

── スクールに入れたとはいえ、レーサーになるには圧倒的に経験が少なく、さらに言えば年齢的に後がない状況ですが。

佐藤 スクールでのスカラシップが獲得できなかったら、きっぱりと諦めようと思っていました。他の道もありますが、やはり金銭的な負担が莫大ですから。チャレンジは一度だけ。それがダメだったら、ただのクルマ好きな大人になろうと(笑)。

── 結果、熱意が伝わりスクールに入校して、そして見事にスカラシップ制度を獲得できたわけですが、その時レーシングドライバーとしての目標はどこに置いていましたか。

佐藤 もちろんF1ドライバーです。無謀といえば、無謀ですけどね。でもやってみなければ分からない。幼少期からレースをしてこなければF1まで到達できないという概念にとらわれたくはなかったんです。
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── でも、自信はあった?

佐藤 レースの世界に足を踏み入れた人なら、誰しも世界最速を目指していると思います。特に僕は、小さな頃から何かをやり始めたら、周りが見えなくなるタイプ。好きなことに熱中すると、ご飯も食べないぐらいでしたから。だから、当時はとにかく走りたい、勝ちたい、という気持ちがすべてでした。

── つまり、がむしゃらってことですか?

佐藤 気持ちはそうですね。でも、同時に綿密な計画を立てていました。30歳半ばでF1レーサーを退くとすれば、少なくとも25歳までにはF1レーサーになっていなければいけない。となると、逆算すると23、24歳でF3チャンピオンになる必要が。ならば、22歳までの2年間で、どんな経験や実績を積まなければならないのかというロードマップを作成しました。
── モータースポーツの世界に明るくない人が聞いても、まったく時間が足りないように思えます(笑)。まして、佐藤さんはそもそもの経験値が少ないわけですよね……。

佐藤 まあ、そうですね(笑)。でも可能性がある限り、それが閉ざされるまでは、全力でやってみたかった。スクール卒業後に日本でデビューして、その後にイギリスへ武者修行に渡るんですが、その時に参戦したジュニアフォーミュラでは悲惨なリゾルトでしたね。ただ、それが良かった面もあるんです。圧倒的に経験がなく、無謀だったからこそ出来た走りが、その後の僕につながってゆくんです。

※後編に続く

● 佐藤琢磨(さとう・たくま)

1977年、東京都生まれ。学生時代の自転車競技から一転、早稲田大学在学中の20歳で鈴鹿サーキットレーシングスクールに入り、モータースポーツの世界へ。主席で卒業し、渡英。英国F3で頂点を極め、2002年にF1デビューして活躍。2004年アメリカグランプリにて表彰台を獲得。2010年からは米国最高峰のインディカー・シリーズにチャレンジし、2013年に日本人初優勝を成し遂げ、世界最高峰のレースと言われるF1とインディカー両方で表彰台に上がった唯一の日本人ドライバーとなる。2020年は3年ぶり2度目のインディ500制覇の快挙を達成。インディカーシリーズ通算6勝。2022年はデイルコイン・レーシングから参戦。
HP/佐藤琢磨 オフィシャルサイト|takumasato.com

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