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2022.01.20

佐藤琢磨「年齢を重ねた、今からこそが面白い」【後編】

レーシングカートデビューから、わずか6年でF1レーサーとなった佐藤琢磨さん。現在はインディカーで活躍する不屈のレーサー魂を作り上げたのは、どんな経験と信念だったのでしょう。

CREDIT :

文/安岡将文 写真/内田裕介 

佐藤琢磨
F1ドライバーとして、そして現在はインディカーのドライバーとして。両レースで表彰台に立った初めての日本人となる佐藤琢磨さん。インディカーにおいては、最高峰のインディ500にて、2017年にアジア人初の優勝。そして2020年に2度目を制覇するなど、今年45歳にしてその勢いはとどまることを知りません。前編(こちら)では、レーサーになるまでの道のりをお聞かせいただきました。後編となる今回は、その中で起こった葛藤や苦悩、自分との向き合い方、そしてこれからの自分を語っていただきます。
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一見無謀とも思える走りに隠された狙い

── 鈴鹿サーキットレーシングスクール フォーミュラからイギリスへ渡り、ジュニアフォーミュラへ。圧倒的に足りない経験値を、何で補ったのでしょうか。

佐藤 とにかく荒削りな走りばかりしていました。だから、ジュニアフォーミュラ時代には、一切成績が出なかったですよ。雨でぶっちぎったレースはありましたが、それ以外は悲惨なリゾルトばかりでした(笑)。ただ、その走りを面白がってくれるチームから、声がかかったんです。それでF3に上がったんですが、それでも走りの荒削りさは変わらず。優勝かリタイアのどちらかでした。シーズン通して最多ポールを獲得していながら、わずか3勝しかしていませんでしたから。

── 走り方を変えようとは?

佐藤 一応、自分の中では狙い通りだったんです。もちろんレースに出るからには毎度優勝を狙っていますが、それよりも大事なのは経験を積むこと。荒削りな走りとは、つまりどこまで攻めれば一番速い走りができるか、その限界ギリギリを試すためだったんです。それも、その先にあるF1参戦を見据えてのこと。単に順当に勝ち上がったのでは、F1レーサーになることはできても勝つことはできません。ただF1で走りたいだけじゃなく、勝つことが目的ですから。そんな僕にとっては、F3で初年度にチャンピオンになることよりも、最多ポールを取れたことの方が意味があったと思っています。
佐藤琢磨
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── 情熱的、衝動的に見えて、実は戦略的。起業家のようなマインドですね。

佐藤 計画は綿密に立てていましたが、すべてが計算通りゆくほど甘い世界じゃありません。悔しい思いも沢山しました。F1に上がれた時も、何もかもが壁に見えましたから。なにせ、本格的にレースを始めてからわずか5年ですから。ただ、それだからこそ余計なことを考えずにやれたのかもしれません。それに、結局レースが好きなんですよね。周囲から見るとストイックに見えるかもしれませんが、ただただ楽しかったんです。だから、努力したという記憶がないんですよ。それに、そもそもレースなんてうまくいかないことがほとんどですし。

── やめようと思ったことはないのですか?

佐藤 一度もないと言えば嘘になりますけど……でも、真剣に思ったことはないかなぁ。F1時代は本当にいろんな壁にぶち当たって挫折しそうになりましたけど、でもメカニックが心血注いで作り上げてくれたマシンに乗って、トップでチェッカーを受けた時の喜びを思い出すと、やっぱりまた走りたいって思うんです。あれを一度味わったら、そうそうやめられないですよ。

── もし落ち込んだ時は、どうしていますか。

佐藤 落ち込むことはしょっちゅうです。一瞬の判断ミスで負けたり、これ以上なく準備をしても負けた時など。でも、レースは科学の世界なので、負けた理由がどこかに絶対あるんです。答えがある世界なので、落ち込んでもすぐに立ち上がりやすいんですよね。
── インディカーは最高速度380キロ越え。アドレナリン中毒なところがあると思いますか?

佐藤 ありますね。350キロオーバーでコーナーに突入していくインディカーのスピード感は、とてつもないですから。ただ、昨今のレースマシンにはしっかりとした安全対策が取られています。もちろん、とは言え危険はあるわけですが、コントロールできている間は例え400キロでも恐怖は感じないんです。恐怖は、自分のコントロール下を離れた時に起こるんです。レース中は、マシンと一体になってタイヤまで自分の神経が通っているような感覚になるんですが、その状態なら300キロオーバーでマシンがスライドを始めても、立て直せるから
怖くないんですよ。
佐藤琢磨
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年齢を重ねた、今からこそが面白い

── インディ500では2017年、そして2020年にチャンピオンに輝くなど、40歳を超えてもトップを走り続けているわけですが、今の自分はレーサーとしてどの段階にあると思っていますか。

佐藤 一般的な会社員だと、40代はいわば働き盛り、オトコ盛りと言われますが、僕も同じ感覚です。レーシングドライバーとしてプレミアムな期間は、一般的に25歳から35歳と言われています。確かに、1レース終わると体重が3キロも減るレーシングドライバーという仕事は、フィジカル的には若い方が有利です。しかし、年齢を重ねたからこそ可能な判断やスキルがあり、僕はそれを今まさに実践しているところ。その結果、若い人たちとの差を感じることはありません。だから、しがみついているわけではなく、心の底からまだまだ面白いことになりそうだと思っています。

── では、引退後のことはまだ考えていないと?

佐藤 まだ本気で考えたことはないですが、若手の育成には興味があります。現時点で既に鈴鹿サーキットレーシングスクール フォーミュラの校長を務めさせていただいていますが、若手はたった1年ごとにドラマチックに変化するので、見ていてとても面白いです。僕の方針としては、教えるというより気づかせてあげる。

レーサーにも、それぞれ個性がありますから。進むべき道を決めつけるのではなく、彼らがたどり着きたい場所へ無駄に遠回りしそうな時に、より早くたどり着ける方法を気づかせてあげることが大切だと思っています。ただし、彼らが育ったら僕のライバルになるわけで、そうなった時はガチンコ勝負ですけどね(笑)。
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── レース以外にやってみたいことは?

佐藤 自動車社会全体、特にエンジンが未来とどう共存できるかを考えてみたいです。あとは家のデザインとか好きですよ。コンパクトな家でも、開放感を感じられるデザインが好きで、建築家の方に自分のスケッチを渡してこれでやってって(笑)。クルマもホンダのビートが好きだったり、今もずっとクラシックのミニを所有し続けているぐらいで。だから、小さくても住み心地の良い高性能な家を夢見ますね。

── エンジンの未来といえば、昨今話題の電動化についてはどんなお考えを?

佐藤 環境のことを考えたら、いちモビリティとしての電動化は大賛成です。でも、レースとなると、やっぱり内燃機関にこだわりたいです。燃料は変える必要があるかもしれませんが、やはり内燃機関ならではの、回転と共に増大するメカニカルなパワーの出方、そして何より音に惹かれます。僕が10歳の時にレース場で体験した、あの空気を切り裂く音と振動は、やはり内燃機関ならではと思っていますから。

── そこに対しては、オトコというか少年のままの自分がいるのですね。

佐藤 年齢は重ねていますけど、やっていることは少年の時と一緒ですから。誰が一番速く走れるか! って(笑)。

── でも、そうやって夢を追うレーサーってモテますよね。

佐藤 (笑)どうなんだろう。でも、いくつになっても挑戦し続ける人、夢を持ち続けている人はモテるんでしょうし、僕から見てもカッコいいと思います。

── それって、まさに佐藤さんじゃないですか。

佐藤 いえいえ、僕なんてまだまだです。レーサーとして活躍するフィールドを失った時のことを考えると、正直怖いですよ。アスリートの方すべてが思っていることでしょうけど、続けたくても続けられないって残酷ですから。でも、だからこそ、現役でいる間は全力で走り抜けたいと思えるのかもしれませんね。
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── そんな佐藤さんにとってカッコいい大人の条件とは?

佐藤 余裕、そして包容力を持っている人かなぁ。自分にはないから(笑)。

── F1レーサー時代には、世界中の社交界に出る機会があった佐藤さんなら、身についているのでは?

佐藤 F1時代は確かにパーティーなどに出席する機会は多かったですが、そのほとんどはグランプリ期間中のアピアランスだったので、レースもありますし、早くホテルに帰ってマッサージを受けて寝たかったですね。普段でも、お酒を飲むよりクルマの運転をしている方が楽しかったですし。当時はね(笑)。ただ、父と飲む機会が作れなかったのは心残りです。32年間の闘病の末に亡くなりましたが、父とバーでお酒を飲みながら、人生について語ってみたかったですね。
佐藤琢磨

● 佐藤琢磨(さとう・たくま)

1977年、東京都生まれ。学生時代の自転車競技から一転、早稲田大学在学中の20歳で鈴鹿サーキットレーシングスクールに入り、モータースポーツの世界へ。主席で卒業し、渡英。英国F3で頂点を極め、2002年にF1デビューして活躍。2004年アメリカグランプリにて表彰台を獲得。2010年からは米国最高峰のインディカー・シリーズにチャレンジし、2013年に日本人初優勝を成し遂げ、世界最高峰のレースと言われるF1とインディカー両方で表彰台に上がった唯一の日本人ドライバーとなる。2020年は3年ぶり2度目のインディ500制覇の快挙を達成。インディカーシリーズ通算6勝。2022年はデイルコイン・レーシングから参戦。
HP/佐藤琢磨 オフィシャルサイト|takumasato.com

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