2022.05.14
【第18回】松下奈緒(女優)
松下奈緒は究極の戦闘能力高いレイディ。「もはやひれ伏すしかありません」
世のオヤジを代表して作家の樋口毅宏さんが今どきの才能溢れる素敵な女性に接近遭遇! その素顔に舌鋒鋭く迫る連載。第18回目のゲストは、女優の松下奈緒さんです。実は樋口さんが育った街・雑司ヶ谷に松下さんが通った音楽大学があったというご縁が……。
- CREDIT :
文/井上真規子 写真/トヨダリョウ スタイリング/大沼こずえ(eleven) ヘアメイク/佐藤寛(KOHL)
今回のゲストは、女優で音楽家の松下奈緒さんです。東京音楽大学卒のプロピアニストでありながら、女優としても活躍。2010年放映のNHK朝の連続ドラマ『ゲゲゲの女房』では、水木しげるさんの奥さんでヒロインの村井布美枝役を演じて大きな話題となり、その後も数々の名作に出演されています。
女優業の一方、ピアニストや歌手として音楽活動も盛んで、オリジナルアルバムも多数リリース。そんな才能豊かな松下さんのエネルギーは、一体どこからくるのでしょうか? 4月に発売された、3年ぶりのオリジナルアルバム「FUN」に込めた想いと合わせて、樋口さんがたっぷりとお話を伺いました。
「子供の頃からよく山で過ごしていたんです」(松下)
松下奈緒(以下・松下) こちらこそ、ありがとうございます。すごいタイトルですけど、私で大丈夫でしょうか(笑)。
樋口 もちろんです! さっそくですが先日(3月18日)テレビ放送された「沸騰ワード10」を拝見しました。松下さんは「美味しいもののためなら、頑張ります!」と、結構危険そうな山の急斜面を登ってらっしゃいましたね。
松下 そうなんです、私、頑張ってしまうんです。ここ本当に行けるの? っていうような場所で、筋肉痛になりましたけど(笑)。昨年1月に放送した第一弾では私の大好きな野菜の直売所をめぐったのですが、今回は続編ということで、幻の食材を見つけようと山に入って筍や山菜を探しました。
樋口 生の筍も齧ってましたよね! すごいなって。
松下 私は地元の兵庫県が自然豊かで、子供の頃からよく山で過ごしていたんです。山菜を採ってその場ですぐ食べてみたり。それで今も野菜が大好きで。ロケでは、山の匂いがすごく懐かしかったです。
松下 どうでしょうか(笑)。食事は野菜も多いですが、白米も好きでよく食べます。水木しげる先生が「生きることは食うことだ」っておっしゃってたので、そうだなって思いながらいつも美味しいものをいただいています。
樋口 僕は松下さんにお会いしたら一つ聞きたいと思っていたことがあったんです。松下さんは東京音楽大学に通われていたそうですが、雑司が谷の方ですか? それとも目黒の方?
松下 雑司が谷ですよ。樋口さんもご出身が雑司が谷なんですよね?
樋口 そうなんです!!
松下 鬼子母神の狭い路地を入って左に曲がると、大学があって。今は綺麗になっているのかな? 最近はどうなっているのかわからないですけど。
松下 私が入学した頃は歴史ある感じでしたけど、卒業する前には綺麗になっていました。
樋口 それにしてもおかしいなあ……(考え込む)。雑司が谷にこれだけの美人が歩いていて、なんで僕に報告がなかったのかな~!
松下 アハハ(笑)。でもあのあたりは、やっぱりすごく忘れられない場所ですね。
樋口 松下さんのような美しい方が、あんな猥雑とした池袋を歩いていたなんて、信じられません。池袋でスカウトされてもおかしくないですよね。藤原竜也さんと優香さんが、同じ日に同じ池袋でスカウトされたって伝説もあるんです。
松下 そうなんですか? 学校がたくさんありますもんね。池袋、意外といらっしゃるんですよね。いろんな方が。
「楽しいと思ってもらえるアルバムを目指しました」(松下)
松下 ありがとうございます。今回のアルバムは、楽しいと思ってもらうことが一つのテーマだったんです。タイトルを「FUN」にしたのもそのため。私自身も、インストでも楽しい曲ってたくさんあるんだなって、気付くきっかけになりました。バラエティに富んだ、ノージャンルのものが作れたなと思っています。
樋口 聞いていくうちに「天国と地獄」から「アライブ」に行く流れとか、徐々に盛上がってく楽しさとか、すごくいいですよね。
松下 うれしいです。いつも一枚のアルバムの中にストーリーがあることを目指しているんですが、全部の曲が見えている中で作るわけではないので、曲順や構成は探りながら考えました。最終的な後味として、楽しかったと思ってもらえる一枚になってたらいいなと。
樋口 今回のアルバムでも編曲をされている井上鑑さんは、僕からすると、もう、リビングレジェンド的な存在なんです。寺尾聰さんの「ルビーの指輪」を筆頭として大瀧詠一さん、薬師丸ひろ子さん、小泉今日子さんなど、錚々たるアーティストの曲を作られてきた方ですよね。実際は、どんな方なんですか?
樋口 やっぱりただ者ではないんですね。松下さん自身は普段、クラシック以外にポップミュージックとかも聞かれたりしますか?
松下 むしろ、そっちの方が多いですね。最近はデュア・リパもよく聴いています(笑)。
樋口 ディスコ・ポップですね! 僕も大好きです!
松下 クラシックは最初に入った音楽で、自分の根本にあるので、戻ってくるとやっぱりいいなと思うんですけど、今やっていきたい音楽は、ジャズやフュージョンとか、今までやってこなかった音楽にすごく興味があるんです。
樋口 そうなんですね。
樋口 えっ。松下さんは全部盛りじゃないですか!
松下 そんなことはないです。新しいアーティストさんが出てきたら、こういう音楽を作ってみたいと思ったり、新しい役者さんを知って素敵だなと思うと、いろいろ知りたくなったりするんです。そういう意味では、「常にないものねだりでいていいんだ」って思っています。
樋口 これまで会ったミュージシャンの方で憧れている人とかいらっしゃいますか? 順位をつけるのは難しいと思いますが。
松下 そうですね、ただ何十年もやってらっしゃる方というのは、それだけ実力もあるし、人柄も素晴らしいですよね。今回のアルバムでいうと、やはり井上鑑さんですね。
樋口 やっぱりそうですか!
松下 音楽が好きでずっと続けている方たちの、音楽に対する真摯な向き合い方を間近で見られることは本当にありがたいことだと思います。一緒に出来上がったものを聞くだけでもすごく素晴らしい瞬間だし、鑑さんとは「これいいよね」って世代関係なく共鳴できる。そういう表に出すものに対して厳しい目を持ちながら、音楽って世代も年齢も関係ないよねって思わせてくれる人が憧れですね。自分も50、60歳になった時にそうやって世代を越えて誰かと音楽を共有したいと思います。
「音大受験で、メンタル折れそうになりましたね(笑)」(松下)
松下 そうなんですね! 私がピアノを始めたのは3歳ですが、もともと母がピアノをやっていて、家にピアノがあったのでそれより前から自然と触っていたみたいです。自分でピアノの椅子によじ登って遊んでいるビデオが残っていました。やりなさいって言われた記憶はないんですけど、ピアノって誰が押しても鳴る楽器だから鍵盤を触るだけで楽しかったんでしょうね。
樋口 毎日意識して練習するようになったのは何歳ぐらいからですか?
松下 本格的に始めたのは高校生からです。それまでは趣味として音楽をやっていたんですが、将来の進路を考えた時に、やっぱり東京音楽大学に行きたいと思うようになって。音楽を極めるには、やはり音大だろうと。
樋口 高校生からのスタートでも、最高峰のエリート音大に合格してしまうっていうのがすごいです……。
松下 でも、本当に大変でした。周りはもう、小学校や中学校から音大を目指してやってきた子たちばかりですから、メンタル折れそうになりました(笑)。音楽って点数がつけにくいものですし、何が良くて何がダメなのかはっきりわからないんです。だからとにかく気合いで乗り切った感じでした。
松下 たまに、嫌だなって思うことですかね(笑)。嫌だと思って、じゃあこれをやめて自分はどうしたいのか?って考えると、やっぱり続けたいって思えるんです。逆転の発想なんですけど。私自身、これまでに嫌だな、辞めたいなって何度も思って、でもそう思って続けてきました。
樋口 なるほど! でもやっぱり松下さんの、努力家、頑張り屋さんの一面が見えた気がしますね。
松下 受験は、もしかしたら人生で一番頑張った時期かもしれないです。みんな同じじゃないですか。どんな学校でも、自分で夢を決めて、その大学に入るために頑張るって。若い頃にそういう経験ができたのは、良かったと思うし、自信になっていますね。
樋口 初めて役を演じる時も大変だったのでは?
松下 初めてドラマに出演したのは大学2年生の時。音大生の役で、自分と重なる部分が多かったので気持ちがすごく理解できて、嫌いにならずにスッとのめりこめたのかなと。もし全然違う役だったら、掴めないまま終わっていたかもしれないです。
樋口 これまでたくさんの多くの作品に出られていらっしゃいますが、映画とドラマの違いっていうのはあるものでしょうか?
松下 映画だから、ドラマだから、というのは考えたことがないんです。どんな作品でも、「自分はこういう役柄」というのをブレずに持って現場に入れば、大丈夫だと思っています。あとは常に監督を信頼してついていくことですね。
樋口 ぶれない芯の強さを感じます。
「皆さんの心に残る映像作品に参加できたのはすごくうれしい」(松下)
松下 気持ちの面でも、演技の面でも一番助けていただいたのは、大杉漣さん。演技を始めてから5年目で、朝ドラ『ゲゲゲの女房』のヒロイン役をいただいたのですが、父親役だった大杉さんには本当にお世話になりました。現場にいてくださるだけで温かみがあって、大杉さんが手を差し伸べてくださる環境っていうのがすごく居心地が良かったのを覚えています。
樋口 すごくわかります。僕も北野武作品が大好きな人間なので、もう本当に漣さんは……。早く逝かれてしまってすごく残念ですね。
松下 大杉さんは男性の役者さんですけど、そういう女優さんになりたいなって思っています。
樋口 『ゲゲゲの女房』は松下さんの代表作で、社会現象にまでなった大ヒット作品ですよね。当時はどこを歩いても『ゲゲゲの女房』と言われたりして、プレッシャーも大きかったのでは?
松下 いまだに街を歩いていて、「ゲゲゲの女房だ」とか「布美枝ちゃんだ」って当時の役柄で呼ばれることがあります。そういう皆さんの心に残る映像作品に参加できたのはすごくうれしいことです。自分にとって宝物のような作品ですね。
でも撮影の最中は本当に大変で、「ゲゲゲの女房」を演じたって実感が湧いたのは、全部終わってからなんです。撮影時間も分量も多いので、次は何のシーンだっけ? と台本とにらめっこすることもありました。時代を超えて同じ家のシーンを撮ったりするので、さっき50代だったのに、今は60代を演じてるとか、普通にありましたね。あの感覚はヒロインを演じた方にしかわからないと思います。スピード感と達成感は本当にすごかったです。
松下 そうでしたね。『まんぷく』の撮影中は、大阪と東京を行き来していたこともあって、のめり込まずに世界観を俯瞰できた感じがありました。安藤さんは大変そうだったので、自分の時の話もしましたけど、結局その人なりのヒロイン像、やり方があるので。2度目の朝ドラはどこか落ち着いていて、心地がよかったです。
「鋼のような魂ですね。その強さには太刀打ちできないです!」(樋口)
松下 基本的に二つのことをやっているという意識はないんです。時間がなくてバタバタする時はありますけど、現場に行くと大変さは吹っ飛んでいて“楽しい”が先にくる感じ。撮影現場へ行けば今日はこういう役で、レコーディングの現場に行けば今日はこの曲、っていう自然な流れができていて、そこに身を置くだけっていうスタンスです。スケジュール的にも、撮影の合間を縫ってレコーディングすることもありますが、このリズムが
続いているので、むしろ線引きは難しいですね。それがいいのかもしれません。
樋口 とにかく楽しんで自然体でやっていらっしゃるという。
松下 好きなことができるほど贅沢なことはないですし、自分が望めば永遠に続けられるとも思うんです。なので、自分で次はこの役をやってみよう、次の曲をやってみようってピリオドを打ちながらやっていけるのは、自分にすごく合っていると思いますね。
樋口 へこたれそうになる時ってないんですか?
樋口 鋼のような魂ですね!
松下 いえいえ(笑)。小さい頃から音楽をやってきて、雑司が谷に通ったっていう経験が強いんだと思います。一つのことを続けられたっていう自信は大きくて、それをメンタルの強さだと自負しているところがあると思います。部活と一緒ですよね。あの時の頑張りは絶対無駄じゃないって思える。結構アスリートっぽいメンタルかもしれないです。
樋口 本当にその強さには太刀打ちできないです!
松下 そんなことないですよ(笑)。
樋口 本当ですか(笑)? ダメだなって思う時もないんでしょうか?
松下 それは絶対思わないです。ダメだと思った瞬間に、もう自分に負けてる気がします(笑)。人に勝ちたいとかではなくて、こんな自分が嫌だって思うことが一番嫌なんです。
松下 全然ないですけど、自分の気持ち一つで、できることをできなくしてしまうことが嫌なんです。
樋口 本当にカッコいい……。惚れ惚れしますね(笑)。
松下 いつからそう思うようになったんでしょうね。芸能界や音楽の世界って、自分次第だなって思うことがすごく多いんです。育ってきた環境や好きなもの、スタイルがエッセンスとして絶対に反映されるから、自分がブレたらダメだなって思うようになりました。
樋口 でもそれだけ気を張っていて、普段リラックスはできていますか?
松下 家ではダラ〜んとしてますよ(笑)。犬にちょっかい出したりしてリラックスしています。だから多分、そんな張り詰めた感じはないんだと思います。
樋口 ちょっともう松下奈緒、最高&最強説! 史上最高の完全完璧な人に会ってるような気がしてきましたよ。
松下 10年後にお会いしても、また同じこと言ってください(笑)。
松下 まずは、今やっていることが続けられたらいいなと思います。続けるって本当に大変で、継続は力なりとは言いますが、その力がいつ返ってくるかわからないですよね。なので続けていたら自信になるし、「続けられたらいいな」と思うようにしています。
あと、今は世界中で大変なことになっていますが、英語を頑張って勉強して海外で挑戦してみたいという思いも頭の片隅にはあります。でもやっぱりまずは日本で頑張れたらって思います。
樋口 もう本当に手玉に取られるどころか、そもそも叶うはずがないということを見せつけられた感じがします(笑)。今日は本当にありがとうございました!
【対談を終えて】
● 松下奈緒(まつした・なお)
1985年、兵庫県出身。東京音楽大学音楽学部音楽学科ピアノ専攻卒業。2004年女優デビュー。2010年NHK朝の連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」でヒロインを演じ大きな話題を呼ぶ。その後も「CONTROL〜犯罪心理捜査〜」、「早子先生、結婚するって本当ですか?」 (ともにフジテレビ)、「今からあなたを脅迫します」(日本テレビ)、「まんぷく」(NHK)、「俺のスカート、どこ行った?」(日本テレビ)など数多くのテレビドラマ、「ガイアの夜明け」(テレビ東京)などのドキュメンタリー番組でのMC、映画、CMに数多く出演。ピアニストとしても幅広く活躍し2006年ファーストアルバム「dolce」をアジア5カ国で発売。それ以降も「poco A poco」(2007)、「for me」(2012)、「WOMAN」(2013)、「Music Box」(2015)、「THE BEST ~10 years story~」(2016)、「Synchro」(2019)をリリース。2022年4月13日に3年ぶりとなるオリジナルアルバム「FUN」をリリース。アルバムに合わせたコンサートツアーも定期的に開催しており今年も5月から7月にかけて5都市6公演の全国ツアーを開催。
HP/松下 奈緒 | ソニーミュージックオフィシャルサイト
● 樋口毅宏 (ひぐち・たけひろ)
1971年、東京都豊島区雑司が谷生まれ。出版社勤務の後、2009年『さらば雑司ケ谷』で作家デビュー。11年『民宿雪国』で第24回山本周五郎賞候補および第2回山田風太郎賞候補、12年『テロルのすべて』で第14回大藪春彦賞候補に。著書に『日本のセックス』『二十五の瞳』『愛される資格』『東京パパ友ラブストーリー』など。妻は弁護士でタレントの三輪記子さん。最新作は月刊『散歩の達人』で連載中の「失われた東京を求めて」をまとめたエッセイ集『大江千里と渡辺美里って結婚するんだとばかり思ってた』
公式twitter
「FUN」
“音楽をおもいっきり楽しまなくちゃ!”をコンセプトに松下奈緒が奏でる煌びやかなピアノ演奏を存分に楽しめる多彩な作品が完成。約3年ぶりとなるオリジナルアルバムその名も「FUN」。本人出演のCM曲やテレビ番組テーマ曲など多数収録されている。今作は本人作曲した楽曲が多く、このアルバムのタイトルになっている「FUN!」も書き下ろしている。
価格3300円(通常盤・税込)/ソニーミュージック
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モガ 03-6861-7668