2022.08.13
中村獅童「伝統を守りつつ革新を追求するのが僕の生き方」
7年目を迎えた「超歌舞伎」の公演が今年も始まりました。最新のデジタル技術を駆使した舞台空間で、歌舞伎俳優と初音ミクが共演、ペンライトを振りながら体験するまったく新しい歌舞伎をしっかりと現代に根付かせた中村獅童さんの思いを聞きました。
- CREDIT :
文/浜野雪江 写真/トヨダリョウ スタイリング/長瀬哲郎 ヘアメイク/masato at B.I.G.S.(marr)
Powered by NTT』の公演が8月4日から始まりました。
超歌舞伎は、デジタル映像の最新技術を駆使した舞台空間で、歌舞伎俳優と、バーチャルシンガーの初音ミクさんが共演する、まったく新しい歌舞伎公演です。当初は手探りで始めた挑戦が、熱い支持を得て7年続いてきた理由とは? 新作の見どころと、超歌舞伎にかける並々ならぬ思い、そこで育まれたかけがえのない友情について伺いました。
初めて披露する前はどうしても色眼鏡で見られる部分があった
獅童 前提を少しお話すると、ドワンゴさんが主催するニコニコ動画のオフラインミーティングとして、「ニコニコ超会議」というサブカル好きの人たちのイベントがあって。その一環として、初音ミクさんと歌舞伎で何かコラボレートできないか? というお話をドワンゴさん側からいただいたんです。
僕もちょうど、ニュース番組の初音ミクさんの特集で、ミクさんの「千本桜」という曲が大ヒットして、バーチャルの世界でとても人気があるというのを見たばかりでした。
千本桜といえば、歌舞伎には、三大名作通し狂言のひとつ「義経千本桜」があり、その中に登場する狐忠信という役は、自分も思い入れのあるお役です。古典歌舞伎にミクさんの楽曲の世界を織り込んだ演目で、狐忠信とミクさんとの絡みで、立廻りや踊りがあり、最後は派手やかに終わる楽しいものが作れたらいいなと思ったのが始まりです。
それで、藤間勘十郎先生に演出をお願いする運びになり、台本を何度も直しながら出来上がったのが、初演(2016年)の時の「今昔饗宴千本桜(はなくらべせんぼんざくら)」という作品です。
獅童 幕張で初めて披露する前は、「バーチャルと歌舞伎で、一体何ができるんだ!?」って、どうしても色眼鏡で見られる部分がありました。悔しい思いもあったけれど、それは、見る側の人も、どんなことが起きるのか、見るまでは分からなかったからだと思う。自分自身も、アナログの世界とバーチャルの世界の融合はひとつの挑戦でしたし、それに加えて最初は、ミクさんの熱烈なファンの方たちにどう受け入れられるか? というところの闘いでした。
── ご自身の中では、バーチャルと歌舞伎を融合させることへの迷いはあまりなかったのですか?
獅童 何かそれまでと違ったことをやろうとすると、最初は色眼鏡で見られたり、批判を受けることも当然あるけれど、伝統を守りつつ革新を追求するのが中村獅童の生き方だと思っているので。それに、歌舞伎は古来、時代の最先端を取り入れて発展してきた芸能です。新しいことをやっているようだけど、もしも江戸時代にバーチャルがあったら、(ご先祖たちは)当然取り入れてると思うんです。僕はその歌舞伎者(かぶきもの)の精神を想像しながらやっているだけであって。
ただし、新しいものを作る時は、古典の枠組みや、歌舞伎の約束事みたいなところは絶対に破ることなく作るというのが僕のこだわりで。バーチャルとのコラボレートでも、芝居の中身については、古典にこだわって作る。それは、超歌舞伎に限らず、「あらしのよるに」のような作品でも同じで、芝居部分で僕らがやっていることは、あくまでも古典的な歌舞伎なんです。
バーチャルと歌舞伎の融合という部分での感動は想像以上だった
獅童 お客さんたちも、最初はどういうふうに見たらいいのかわからないという感じで、とてもおとなしかったんです。でも僕らは、なんとかしてサブカル好きの人の心に届くように、いつも以上に盛り上がってもらえるようにという一心で、「ペンライトを振って、いつも通り騒ごうぜ!」「掛け声もどんどんかけてくれ!」ってお客さんをあおったら、お客さんも抑えていた興奮が大爆発して。
歌舞伎でみんながあんなに自由に掛け声をかけて、一生懸命、屋号を発して、舞台にくぎ付けになって泣いたり笑ったり。あんなに一生懸命見てくれるんだもの、そりゃあ僕らも、知らず知らずのうちに感動させられるわけです。バーチャルと歌舞伎の融合という部分での感動が、あそこまで大きくなるというのは想像以上だったし、幕が閉まった後はもう、こっちは幕内で涙、涙、お客さんも涙、涙で(笑)。
舞台を見にきてくれた同業の仲間も、幕張メッセのお客さんを見て、「江戸時代も、きっとこうだったよね。お客さんに感動した」って、僕と同じことを言っていました。
獅童 2年目の超歌舞伎公演のあと、僕は病気を公表して治療に入りましたが、その時も、超歌舞伎ファンの方たちが、「必ずまた帰ってきてください!」というたくさんのメッセージを届けてくださって。それを僕は病室で読んだわけですが、みなさんの思いのこもった“言の葉”に本当に勇気づけられ、支えていただいたんです。
だから、その翌年の超歌舞伎は、顔見世舞踊の大曲「積恋雪関扉」(つもるこいゆきのせきのと)に着想を得て、“愛に似た恩返し”をテーマに、「積思花顔競」(つもるおもいはなのかおみせ)という芝居を作り、恩返しの気持ちを込めて、全身全霊で演じました。
その時の公演では、僕が出ていくと、一斉に「お帰り~っ!」という5000人のお客さんたちの大歓声と、「待たせたな~!」っていう僕の声が呼応して。あのノリは超歌舞伎ならではだなと思うし、ホントに回を重ねるごとにお客さんとの友情が深まっていくのを感じます。
最新技術がすごすぎて、やってる本人もよくわからない
獅童 僕は時代を常に動かしたいと思ってこういうことをやっていますが、初めて南座で上演した時は心配もありました。京都は古典的な街で、南座では毎年12月に顔見世興行で古典歌舞伎を上演していますし、京都にはやはり古典が好きな方が多いんです。その中で、こういう一種独創的なものをやるのは、ホントの意味での闘いでした。
一番心配だったのは、京都の料亭の女将さんたちをはじめ、古くから応援してくださっている方々の反応です。そういう方たちが、「こんなものを南座でやらないでよ」と思うのか、一緒に楽しんでくださるのかがひとつの試金石でもありました。
帰り際には、お年寄りの方たちが、「楽しかったから今度は孫をつれてこよう」などと言っていて、実際、リピーターの方がとても多かった。歴史ある歌舞伎専門の劇場でやらせていただけたというのは、ひとつの時代の変化かなとも思いますが、僕らが「そうなればいいなぁ」と思っていたことが現実になり、だからこそ、今回、東京公演が実現するのかもしれないと思います。
獅童 よく7年続いたなぁと思うけれど、それは、ミクさんのファンの方達がいつも熱い思いで見てくださるから。僕らだけの熱量では、たぶんここまで続けることはできなかったんじゃないかと思います。超歌舞伎は、7年の間に新たなジャンルとして、ミクさんのファンの方たちに育てられ、僕らも一緒に成長させていただいて、ひとつの形になりつつあるのかなと思っています。
ミクさんファンのみなさんも、屋号を上手にかけられるようになったし、ミクさんも、年々、歌舞伎が上手になって、踊りの数もどんどん増えていて。NTTさんのデジタルテクノロジーの進歩にも毎年驚かされています。
獅童 あります。今回は、本編前の澤村國矢と中村蝶紫のトークに僕が映像で乱入したり、バーチャルの相手と相撲をとったりする場面があるんですけど、技術がすごすぎて、やってる本人はよくわからず(笑)、出来上がった映像を見て、「すごいな! こんなことになってたの?」と思ったり。歌舞伎特有の表現手法も、デジタルの技術によって非常にわかりやすく描かれているので、誰が見ても楽しんでいただけるんじゃないかなと思います。
歌舞伎とデジタルの融合に関しても、2016年当時は、デジタルチームと僕らアナログチームでいろんなことがかみ合わなくてたいへんでした。音や映像を流すきっかけひとつとっても、向こうとこちらで意思疎通がうまくいかずに衝突して、連日、明け方4時、5時まで舞台稽古をしたり。でも、苦労して作った結果、お客さんがあれだけ熱狂してくださったから、最後は一緒にものを作った同士としてみんなで握手を交わして。
今はもう、あまり細かく言わなくても、技術チームも僕らの意図することを瞬時に理解できるようになっているし、僕らもデジタルチームのやりたいことを把握できるようになった。技術チームと我々の友情も、年々深まっています。
無理やりにでもペンライトを振って楽しんでいただきたい
獅童 超歌舞伎ファンの方たちもだいぶ歌舞伎に慣れてきたのと、四都市の劇場を回ることも念頭に置いて、今回は今までで一番、芝居部分も長く、歌舞伎の醍醐味が凝縮された、歌舞伎味の濃いものになっています。古典好きな方は、何が題材になっているのか見ればお分かりになって、二重の楽しみ方ができますし、今まで歌舞伎にあまり馴染みのなかった方たちにも分かりやすく伝わる内容です。
劇場で最新技術を体感していただくと同時に、歌舞伎初心者の方から上級者の方まで楽しんでもらえるようにという思いで、我々も命がけで作っていますので、お客様にもぜひ、思うがままに楽しんでいただけたらなと思います。
にも、4歳のご子息・小川陽喜くんが出演されますが、息子さんのご様子はいかがですか?
獅童 この作品がすごく好きみたいで、毎日DVDで見ています。駄菓子屋さんで買ってきたちょんまげの被り物をかぶって、口上から真似て、一人でやってますね(笑)。「この時、パパああだったよね」と言われて、「そうだったっけ?」なんて、親が気づかないところまで気づいてたりするし、知らず知らずのうちに吸収するんですね、子供って。
── 頼もしいですね。
獅童 なんかね、ライバル意識が強くて生意気なんですよ(笑)。超歌舞伎の宣伝で、テレビのバラエティ番組に出ると、たいてい最初に陽喜が退場するんですけど、控室で待ってて、僕が戻ると、ちょっとふてくされてるんです。「どうしたの?」ってしつこく聞くと、「なんであそこからずっとパパひとりなの。僕がいないとダメでしょ?」というから、「違うだろ!? メインはパパなんだよ!」って、ホントに喧嘩になっちゃうんです(笑)。
● 中村獅童(なかむら・しどう)
1972年9月14日生まれ、東京都出身。祖父は昭和の名女方と謳われた三世中村時蔵、父はその三男・三喜雄。叔父に映画俳優・萬屋錦之介、中村嘉葎雄。8歳で歌舞伎座にて初舞台を踏み、二代目中村獅童襲名。『義経千本桜』、『封印切』、『かさね』などの古典歌舞伎、歌舞伎と最新のICT技術とのコラボで生まれた「超歌舞伎」、念願の絵本の歌舞伎化『あらしのよるに』と、古典から新作まで様々な歌舞伎に挑戦し続けている。2002年映画『ピンポン』のドラゴン役にて各新人賞五冠受賞し、一躍注目を集め、映画『男たちの大和』、『硫黄島からの手紙』、『レッド・クリフ』、『孤狼の血』、『キャラクター』など多数出演。声優としては映画『あらしのよるに』、『デスノート』シリーズ、また日本語吹替として『スパイダーマン』、『ヴェノム』などにも出演。ドラマでは、WOWOWプライム連続ドラマ「鉄の骨」、大河ドラマ「八重の桜」、「いだてん~東京オリムピック噺~」、本年の「鎌倉殿の13人」では梶原景時を演じている。伝統と格式の世界に生まれながらも常に新しい挑戦を続け、映画、舞台、ドラマ、ファッション、バンド活動と幅広く、歌舞伎の枠を超え、日本のみならず世界に向けて発信している。
『超歌舞伎2022 Powered by NTT』
2022年8月4日(木)~8月7日(日)福岡・博多座
2022年8月13日(土)~8月16日(火)名古屋・御園座
2022年8月21日(日)~9月3日(土)東京・新橋演舞場
2022年9月8日(木)~9月25日(日)京都・南座
東京公演HP/超歌舞伎2022 Powered by NTT|新橋演舞場
■ お問い合わせ
SOPH. https://www.soph.net