2022.10.23
寺島しのぶ「ただの不倫映画という人もいるでしょうが、こういう愛を全うした人たちもいるんです」
日本を代表する俳優として、歳を重ねるごとに魅力を増す寺島しのぶさん。常に体当たりで役に挑み、痛々しいまでに一人の女性の生き様を剥き出しにする彼女が最新作『あちらにいる鬼』で演じたのは、道ならぬ恋の果てに出家を決意する小説家。でも、恋に道徳も不道徳もあるのでしょうか。そのあたりもオープンに語っていただきました。
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文/牧口じゅん 写真/福本和洋(TAKMI) スタイリング/中井綾子(crêpe) ヘアメイク/片桐直樹(EFFECTOR)
道ならぬ恋の話題性に加え、『ヴァイブレータ』で彼女の魅力を開花させた廣木隆一監督との、さらには『愛の流刑地』で競演した豊川悦司さんとの強力なタッグにより、新たな代表作となる一本が完成しました。
自分の作家性に迷っていた時に、出会ってしまった
寺島 私が演じた長内みはるは、瀬戸内寂聴さんがモデル。彼女の出家前の作品を読みました。準備といえば、そのぐらいです。あとはもう廣木監督に任せようと。それに、豊川さんと一緒にやれば、絶対にいいシーンが撮れると信じて臨みましたね。
私の役は、豊川さん演じる白木篤郎の妻、笙子(広末涼子)さんとは違って突き進むタイプなので、ある意味で、 やりたい放題できますから、情熱さえあれば成立すると思って臨みました。
寺島 彼女はみはると白木の関係が成立するための、いわばキーパーソン。それに、単純に笙子さんの方が何を考えているのかよくわからない。だから、自分の身体を通して演じてみたかったというのがあって。やはり動より、静の方が難しいですよね。
── 確かに二人は、静と動ですね。
寺島 笙子さんの中にも、動の部分があったと思いますけれど、やはり二人は対象的。見た目からして静と動ですからね。
寺島 ないです(笑)。廣木組はそういうのが全然無いんです。それぞれが解釈を現場に持ち寄る。お互い手の内を明かさない感じなので。この作品は特にそれが面白かった。役それぞれの視点や立場がはっきりしていますから。
寺島 篤郎に出会ったことで、みはるがよりエネルギッシュになっていく。それは身体を通して感じましたね。やめたくてもやめられないという恋愛の切ない部分も含めて理解できたように思います。みはるは小説ももっと頑張って書こうと思い、実際にそうできたと思うし、 女として生きているって感じられたと思う。身体の中がぐつぐつしていたと思います。
寺島 そうですね。出会ったタイミングもあったのでしょうね。自分の作家性に迷っていた時、この文章でいいのかなと思っていた時期に、出会ってしまった。なんとなくふわふわしていた時期に、手を差し伸べたのが白木だったんですね。なんだか、その船に乗っちゃったという感じですよね。
寺島 私は意外と乗っちゃう人です(笑)。あまり逆らわないですね。「こうなるべくしてこうなったから、まあ、いいか」という感じでここまできたような気がしますね。
剃らないという選択肢はないんだろうなと思っていました
寺島 久しぶりの廣木組だし、剃らないという選択肢はないんだろうなと思っていました。監督からは、直球で、剃って欲しいと言われましたし(笑)。でも、二つ返事でも、間髪入れずにOKということでもなく、ず~っとうだうだ言っていました。もう撮影の手前ギリギリまで悩んでいましたね。だからラテックスの型も取っていましたし。意外と悪あがきしていました。廣木さんだから腹をくくったという感じです。
寺島 実は夫(フランス人)が坊主フェチ(笑)。彼はすごく変なところがあって、交際当時から「君はスキンヘッドが絶対に似合う」と言われていて。そんなの絶対に嫌だから無視していたんですよ。でも、いい機会だからと、夫からも相当なプッシュが入って。もちろん、最終的には自分の決断ですけれどね。久しぶりの廣木組で、50歳ぐらいになって絡みのシーンもいっぱいあって。そこで頭にかつらをつけるっていうのは、もう「寺島しのぶ」としては成り立たないだろうなと、自分にハッパをかけたという感じですね。
寺島 本作が凄いのは、外からの雑音が一切入らず、完全に3人の世界を描いている点。原作もそうですが、3人の関係をジャッジする視点がないんです。
寺島 まさにそう感じます。本来、恋愛はこうあるべきだと思うんです。他人が何を言ったって、好きなものは好きだし。まして、今回の場合は3人の中で完結している。であれば、誰も何も言えないですよね、という作品。この映画は不倫を推奨しているわけでもない。普通に、とある人たちのある愛の物語。それぞれの愛を描いた映画です。それしかない。
魅力的な男女がそこにいたら、ドラマが生まれるのは当然
寺島 本当に。私が小さい頃は、祖父にお妾さんがいましたし、うちの父(七代目尾上菊五郎氏)もモテますし、人気商売ですから女性が周りにいっぱいたりすることも。それが普通でした。だから、この作品もあまり不思議な話とは感じなかったですね。こういう人間もいるんですよ。
── 昔の方が、大人の文化を許容する文化があったのでしょうか。
寺島 そうかもしれません。フランスでは、政治家の私生活には干渉しませんから、大統領に愛人がいても問題になりません。プライベートで問題があろうが、大統領の仕事はしっかりやっているんだから、それでいいと。
寺島 本当に日本は、ダメだと思う。いろいろなことを公私混同し過ぎちゃって。魅力的な男女がそこにいたら、そこにドラマが生まれるのは当然のように感じますよね。
── フランス人のパートナーと暮らしていて、愛に対する認識が決定的に違うなと感じることはありますか。
寺島 メディアに恋愛スキャンダルなどが報じられたり、SNSで炎上したりする様子を見て、夫は「今のこういう叩き方は、日本をダメにするよね」と言っています。異様だと。恋愛に関するひとつの過ちで、すべてがダメになるのが不思議だ、そんな風に誰かを潰してどうするのと。
寺島 ディベート文化じゃないのも大きいでしょうね。日本は○か×かでしょう? フランスは議論の文化だから、いろいろな答えがあっていいとされる。子供の時から、自分の意見を考え、発言させる教育がある。だから、言い訳だってすごいですよ(笑)。例えば、「浮気してたでしょ!」って言ったとすると、「いやいやそれが浮気じゃなくてさ、こうなってこうなっちゃたんだよ」と話を面白くするんですよ。フランス映画とか、まさにそうですよね。嘘でしょ、と思っても思わず笑っちゃう。
寺島 そうなんですよ。話術も、日本人は面白くないですよね。日本で愛人というとすごく悲劇的だし、淫靡になっちゃう。フランスは恋愛するために生きている人々の国。やっかいな女、ダメな男ほど私が所有している、羨ましいでしょみたいなところはありますね。夫の友人にもいますよ。「俺の彼女、昨日暴れてモノを投げてきたんだよ」とか言いながらも、どこかうれしそう。夫の周りにいる人は皆そうですよ。あいつどうかしてるよ、とか言っているけれど、楽しそうです。日常のすべてがドラマティック。生きてるって感じなんですよね。
出家はさらに彼と生きていくための手段だったような気がする
寺島 みはるは出家を「生きながら死ぬ」と表現しましたが、そこはやはり物書きだから、思いついた言葉なのかも知れないとも思うんです。実際の出家後の寂聴さん、変わってないじゃないですか。より生きている感じがしているし(笑)。絶対、恋だってしてるし、美味しいものだって食べてるはずだし。だから、天台宗では破天荒な方だと思うんですよね。ルールがあって、ルールがないような。
寺島 実は、さらに白木と生きていくための手段だったような気がするんです。セックスはしませんよ、でも心は繋がっていますけど、それは全然罪じゃないですよね、というエクスキューズでもあったような気がしないでもないですね。たくさん女性がいた白木の人生の中で、出家したことでまさに特別な人になったわけですからね。
昨日、原作者の荒野さんにお会いしたんです。寂聴さんは生前、快く取材に応じてくださったそうで、その時に「どうして出家なさったんですか」と、どうしてもそこが気になって聞いてみたら、「更年期かな」って笑い飛ばされたそうです。本当の理由はわからなんですよね。
寺島 そんな気がします。プライベートも包み隠さず明かされた方ですが、一番大事なことは言わない、というところに女っぷりの良さを感じます。最後まで、女だったんだと思います。
── 荒野さんは、作品を御覧になったんですよね。撮影現場に訪れて、3人の中に、父、母、寂聴さんを確かに見たということもおっしゃっています。
寺島 何よりも荒野さんがこの映画を気に入ってくださったのが、一番良かった。原作者って、映像化されるのは何となく嫌なものじゃないですかね。それが、「うちの父親をトヨエツがやっているなんて」って興奮していらっしゃいましたよ。
寺島 でも、今回は本当にやりにくかったと思いますよ。白木という男は、絶対悪く言われますから。そこをいかにチャーミングに、彼なら女性がなびいてもしかたないよねって思わせるかが鍵でした。それをやってのけた豊川さんの演技には、相当な説得力があります。見事だと思います。
寺島 笙子さんとお会いしたのはたった2回ほどだったんです。初めと最後だけ。出家後、白木だけでなく妻とも交流を続けていたみはるが、家に招いてくれた笙子に別れの挨拶をするシーンがあるんです。そこで、どうしても触りたくなっちゃって、思わず彼女の手を握ったんです。まったくの衝動だったんですけれど。テストの時にやったら、その場でぶわ~っと広末さんが号泣された。そこで、しまったと思いました。ゲリラ的にやれば良かったかなと。あわよくば、本番一発でやりたかったなと思いました。それもあって、あの場面が印象的なシーンのひとつに。ぜひ、注目していただければ!
寺島しのぶ
1972年生まれ、京都市出身。2003年、『赤目四十八瀧心中未遂』(荒戸源次郎監督)と『ヴァイブレータ』(廣木隆一監督)で国内外の賞を数多く受賞。『キャタピラー』(10/若松孝二監督)では、ベルリン国際映画祭銀熊賞(最優秀女優賞)を受賞。『オー・ルーシ―!』(18/平栁敦子監督)ではインディペンデント・スピリット賞主演女優賞にノミネートされる。近年の主な出演作に、『幼な子われらに生まれ』(17/三島有紀子監督)、『止められるか、俺たちを』(18/白石和彌監督)、『ヤクザと家族 The Family』(21/藤井道人監督)、『Arc アーク』(21/石川慶監督)、『キネマの神様』(21/山田洋次監督)、『空白』(21/吉田恵輔監督)。公開待機作に『天間荘の三姉妹』(22/北村龍平監督)など。
『あちらにいる鬼』
昨年11月に99歳で亡くなった作家で僧侶の瀬戸内寂聴が1973年、51歳で出家したのは、妻子ある作家・井上光晴との道ならぬ恋の故だった。1960年代に自伝的小説「夏の終り」などで人気を得た瀬戸内晴美(寂聴)と、戦争や差別をテーマに「地の群れ」などを執筆した戦後文学を代表する井上光晴、2人の関係を承知しながらも添い遂げた井上の妻。「書くこと」と「愛すること」で繋がれた男女が織りなす、非凡な関係は井上夫妻の長女で、直木賞作家の井上荒野によって「あちらにいる鬼」という優れた小説となった。この3人を寺島しのぶ、豊川悦司、広末涼子が演じ、監督・廣木隆一監督、脚本・荒井晴彦で映画化された本作は、作家同士の尊敬、男と女との情愛、そして女と女との不思議な連帯感を見事に描き、愛というものの底知れなさと、さらにその先の境地に迫る濃密な人間ドラマを観る者に突きつける。11/11(金)より新宿ピカデリーほか全国ロードショー。配給/ハピネットファントム・スタジオ©2022「あちらにいる鬼」製作委員会
HP/映画『あちらにいる鬼』公式サイト
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