2022.12.04
尾上右近「コイツ、悩みとか苦しみなんてないんだろうね、と言われたい」
歌舞伎界のプリンスにしてジャンルを超えたマルチな活躍で注目を集める尾上右近さんが、この年末年始に詩楽劇『八雲立つ』でスサノオを演じます。荒ぶる神の物語は30歳になった右近さんにどんな気づきを与えてくれるのでしょう。
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文/木村千鶴 写真/内田裕介(Ucci) スタイリング/三島和也(tatanca) ヘアメイク/Storm(Linx) 編集/森本 泉(LEON.JP)
スサノオは男そのもの。超越した説得力がある
右近 日本古来の神楽(かぐら)などの伝統芸能をベースに、西洋のクラシックなどの要素もミックスさせた、音楽劇と言いますか。和楽器があってヴァイオリンがあって、そういう音楽を背負いながらそこにセリフもあるし歌もあるという感じですね。
── ストーリーとしては日本の神々の伝説を描いているとか。
右近 はい、僕は日本の国づくりに大きな役割を果たしたスサノオの役で、彼の成長物語を軸に、イワナガヒメとの魂の交わりが、古事記をもとに展開されていきます。
右近 そうですね。でも、全体をまとめるのが日本舞踊の尾上菊之丞先生ですし、歌舞伎的な要素も入りつつ、になりそうです。
── スサノオと言えばヤマタノオロチ退治ですが、今回の舞台は大蛇(おろち)として出演する「石見神楽(MASUDA カグラボ)」を東京で見られる滅多にない機会だとか。
右近 そうなんです。僕も生で見るのは初めてですが、迫力は凄いですよ。土着的なエンタテインメントというところが最大の魅力だと思うし、僕もいいエネルギーをいただけそうだと思っています。でも、申し訳ないけどやっつけます(笑)。
── スサノオですものね(笑)。そのスサノオ役、右近さんはどのように捉えていますか。
右近 男そのものじゃないですか。手に負えない暴れん坊みたいなところもあるけれど、ヒーローでもあり。それが神様だというところに何か超越した説得力があるし、男の憧れみたいなものを感じます。いわゆる荒御魂(あらみたま)という荒々らしい神様なので、その描写を歌舞伎の「荒事」という、隈取りをして誇張した衣裳を着て体を躍動させるような表現を使って見せていくことになりそうです。
右近 凄く煌びやかですよね。スサノオが隈取りをするシーンでは、装束の中でも、歌舞伎のテイストのものをご用意していただける予定だとのことで、僕も楽しみです。
ときには空気を読み、ときには空気を読まず、すべてをかき混ぜたい
右近 印象深いのは「ヤマトタケル」です。いわゆる神話って、ヒーローは英雄的なことしか言わず、悪はどこまでも悪で、女はどこまでも美しくと、シンプルに勧善懲悪を描いたものが多いのですが、「ヤマトタケル」の場合、ヒーローが迷いを言葉にしたり、敵役が真理を言ったりというシーンがあるのです。
スーパー歌舞伎で上演されましたが、そこに目をつけたところは凄いなと思いました。歌舞伎では英雄が悩みを吐露するとか、敵役がすごく良いこと言う演目はまずないんです。勧善懲悪の中に多面性を持ち込む。「古いが新しい」と感じるものでした。
右近 僕も歌舞伎以外のジャンルに飛び込んでいく経験は今までもありますが、これだけ多ジャンルにわたった人たちが一堂に会してというのは滅多にありません。なので、僕としてはいい意味でかき混ぜていきたいなと。ときには空気を読み、ときには空気を読まず、すべてをかき混ぜて引きずり回すような、躍動したスサノオを目指したいです。
── 1年の締めくくりでもあり、始まりでもある公演になります。
右近 そうなんです。大晦日もやらせていただくし、これはもう舞台表現の上での総合格闘技だと思うのです。芸術・文化の総合格闘技をぜひ国際フォーラムで! これを言おうと構えてました(笑)。
長年受け継がれてきた歌舞伎の型は強みでもあり落とし穴でもある
右近 純粋に色々やらせていただきたいなと。例えば海外に出て改めて日本の良さや素晴らしさを理解すると同時に、欠けているものにも気づくような、その感覚に近いでしょうか。やっぱり外の世界に出てみないと、自分たちの歌舞伎という世界がどういうものなのか、どんな演劇なのかは、わからないのじゃないかと思って。僕はなんでも経験しないと納得がいかないタイプなんですよ。
── 例えば他のジャンルで経験したことを歌舞伎に還元できる、持ち帰って生かすようなことはありますか。
── 歌舞伎には確立された型がある。それが他の演劇とも大きな違いなのですね。
右近 そうですね。それが長年受け継がれてきたからこその強みでもあり、落とし穴でもあると思うのです。僕は、それまで「気持ちでお芝居を作る」ということを経験したことがなかったと、外に出て気づきました。もちろん歌舞伎しかやったことがない人でも感覚的にお芝居をできる人もいるでしょう。でも僕は歌舞伎の型が好きすぎて、型に甘えてきたので、型から離れたら自分なりの表現をどうやったらいいかわからない。つまり、創造性の欠如に気づいたのです。
右近 忘れられないのは、初めて出た新劇の立ち稽古で、演出家の方に「動いてみて」と言われた時。「動いてみてってなんだろう、どうしたらいいんだろう」と固まってしまいました。歌舞伎にはそういうことがないんです。客席にお尻を向ける芝居は絶対ありません。だから、動いてと言われたら横歩きしかできなくて(笑)。漫才をやっているみたいになってしまうんです。
型での表現の仕方は勉強して来たからわかるのです。でも、どうしてそういう表現をするかということに対しての理解の時間がないないまま来たということは、外に出て気が付きました。だから、僕はすごく燃費が悪いというか、たどり着くまでにめちゃめちゃ時間かかります。
実は僕、ネクラです。松也さんとはネクラブラザーズです(笑)
右近 松也さんも自分の状況を打開するために色々な仕事をしてきて、凄く孤独だったらしいのです。違うジャンルに入っていくこと自体が難しかったと。だから僕がやり始めた時は、気持ちを分かち合える同志ができたみたいな感じでとても喜んでくれました。松也さんも僕もネクラ、僕らネクラブラザーズなんです(笑)。
── え⁉ そうなんですか? とても明るい方だと思っていました。
右近 いえ、凄く考えちゃうタイプです。落ち込んでいる時には一緒にお風呂に入りながら、一点を見つめて長々と喋ります(笑)。「あ〜もういいんじゃないかな、そんなに頑張らなくても」とか言いながら。本当に小さい時からそういう関係です。
── たくさんの苦労がありながらも外部の仕事をし続けるのはなぜですか?
右近 単純にできないことがあるのが嫌だなと。あとは将来、後輩とかに教えることも出てくると思うんです。その時に、いろんな教え方ができる方がいいかなと思って。いろんな経験をすれば、相手に合わせて多方向からアプローチが出来るかもしれない。そういう力を習得したいという気持ちは強いです。外部の舞台に出て気づいたことは、歌舞伎は過酷だということ。それは間違いなく言える。それでもなぜやるかといえば、好きだからです。
いろんな経験をすることで、それぞれに合ったアプローチで教えられる
右近 将来のことも考えると、今まで続いてきたものを大事にするなら、このまま継承するだけではダメなのではないか、何かをしなければとは思っています。歌舞伎の発展のためには、お客さんがたくさん入って、人気があると思われて、歌舞伎の世界に入りたいと思う若手を増やさなければいけない。
それには歌舞伎自体が面白いということを知らせるだけじゃなく、歌舞伎役者が単品として興味を持たれないと難しいのではないかと思います。僕に興味持ってもらわない限りは、僕が歌舞伎にお客さんを呼び込むことができない。待っていたらダメだと思うので、手を上げているのです。呼びだされるのを待っていても来ないから。だから、皆にとって魅力的な人になるためには何が必要なんだろうと考えたりもします。
右近 僕は「伝わりづらいカッコよさ」みたいなものがめちゃくちゃ好きなんです。それが「もの言わぬカッコよさ」だとしたら、師匠の菊五郎のおじさん(七代目尾上菊五郎)ですね。ふとした時にしか本音を言わない人です。しんどいなと思っている時に「大丈夫だよ」ってひと言かけてもらえただけで、すべて解決、みたいな師匠です。僕もそういう人になりたい。
でも、僕から師匠に気持ちを伝え続けないといけないと思って「大好きです」って言葉に出して言っています。この前も80歳の誕生日の時に大きなデコレーションバールーンを持って訪ねて行きました。まあ、本人は「いらねえ〜!」って顔していましたけど(笑)。
右近 もうおひとり、『八雲立つ』で構成・演出をされている菊之丞先生(尾上菊之丞)は、精密な方という印象が強いです。舞台の隅々にまで気を配られていますから。スマートで、客観性があって、冷静で、もちろん温かくて。そのうえ、衝動的な情熱を持っている方だと思います。僕も手ほどきを受けた尾上流という流派として見習いたい。ルーツを感じる存在です。
そして自分自身は、会ったら元気が出るとか、見たら元気が出ると言われる存在でいたいです。皆さんに元気になってもらえるのが一番。「コイツ、悩みとか苦しみなんてないんだろうね」と言われたいです。
── あっ、でも先ほど「ネクラ」だと……。
右近 だからこそです!
● 尾上右近(おのえ・うこん)
1992年5月28日、東京都生まれ。曽祖父は六代目尾上菊五郎。母方の祖父に鶴田浩二。7歳で初舞台。歌舞伎伴奏音楽の清元唄方も務める歌舞伎界の二刀流。本年の團菊祭五月大歌舞伎『弁天娘女男白浪』で弁天小僧菊之助を好演。その活動は歌舞伎界のみにとどまらず、大河ドラマ『青天を衝け』をはじめ、ドラマ『NICE FLIGHT!』やミュージカル『衛生』『ジャージー・ボーイズ』、その他バラエティ、情報番組など多方面に活躍。映画『燃えよ剣』にて日本アカデミー賞新人俳優賞受賞。大のカレー好きとしても知られる。
詩楽劇『八雲立つ』
音楽や狂言、歌舞伎など日本古来の伝統芸能に新たな価値を見出すことを目的とした『J-CULTURE FEST』(2017年1月~)の一環で、毎年正月の恒例イベントとして実施されているオリジナル企画。2018年からは井筒による、本物の装束を纏う舞台公演として好評を博してきた。今回の構成・演出を手掛けるのは尾上流四代家元を継承する、尾上菊之丞。主となる登場人物はスサノオ(尾上右近)とイワナガヒメ(水夏希)。スサノオの成長物語を展開しながら、イワナガヒメの闇堕ち、天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)の誕生からイワナガヒメの神上がりまで、日本という国の構築に大きな役割を果たしたスサノオとイワナガヒメの魂の交わりを描き、川井郁子のヴァイオリンと吉井盛悟の和楽器の音色、石見神楽(MASUDAカグラボ)の大蛇(おろち)の舞が本作を彩る。
●2022年12月30日~2023年1月1日/東京国際フォーラム ホールB7
主催/井筒、東京フォーラム
HP/https://www.iz2tokyo5.com/
■ お問い合わせ
Connector Tokyo 080-4428-1941