2023.01.23
イーロン・マスクは世界の救世主か破壊者か?
いま、世界で最も注目を集めている経営者のひとり、イ―ロン・マスク氏。その大胆でスケールの大きい仕事ぶりは多くの人の目を惹きつけ、カリスマ的に崇める人々がいる一方で、非常識なならず者だと酷評する声も。評価が大きく分かれる彼の真実とは?
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文/林 信行 写真/Shutterstock 編集/森本 泉(LEON.JP)
何処までも幅広く事業を展開してくイーロン・マスク
無名な会社を2〜3社経営している経営者なら他にもたくさん見つかります。しかし、マスク氏が経営しているのは、いずれも注目を集める分野で最前線を切り開いているトップ企業ばかり。
Space X社は、民間企業として初めて有人宇宙飛行を成功させた企業で、こちらも度々、ニュースに登場しています。1度打ち上げたロケットが、帰還時、垂直着陸し再利用できる設計にしたことで使い捨て型ロケットに対して大幅なコスト削減を実現。日本の富豪でZOZO創業者の前澤友作氏が計画している月旅行プロジェクトも、このスペースXのロケットを使用する予定で、詳細は前澤氏がマスク氏と直接会談をして決めています。現在、同社は人類の火星移民計画も進めているのだとか。
最初に会社を立ち上げたのは1995年のこと。兄弟と共にデジタル版シティガイドを作るZip2社で、New York TimesやChicago Tribuneと業務提携の末、コンピューターメーカーのCompaq社(現在はHewlett-Packard社の一部)に売却しました。
その後、1999年にはオンラインバンキングの会社、X.comを起業します。これが紆余曲折を経て大成功を収めるオンライン送金サービス、PayPal社になり、マスクは一時、そのCEOも務めていました。このPayPal社はやがて世界最大のネットオークションサイト、eBayに買収されてしまい、50人ほどいた創業メンバーのほとんどが辞めてしまいます。
ただ、彼ら創業メンバーは一人残らず超優秀で、退社後も世界に大きなインパクトを与える会社や事業を立ち上げて話題になっており、シリコンバレーでは彼らは「PayPalマフィア」と呼ばれています。
最近話題の絵を描くAIや対話ができるAIのブームに火を付けたOpenAI社もマスク氏が創設した会社の1つ。また、人間の脳をコンピューターに直接つなぐNeuraLinkという会社も創設しました(実現すれば頭の中でイメージするだけで文字を入力したり、ロボットを操作したりできるようになります)。
「退屈な会社」と名付けられたThe Boring Companyも創設しています。これはマスク氏が夢見る未来の交通システム、HyperLoop(ハイパーループ)を整備するための会社です。ハイパーループは空気抵抗や摩擦の少ない低気圧のチューブとその中を高速移動する乗り物で、離れた都市の間を移動する未来の交通システム。マスク氏は、この技術を独占せず、世界に広めようと仕様をオープンソースで公開しています。公開仕様に沿って、トンネルを掘るのがThe Boring Companyなのです(実はBoringには「地中に穴を開ける」という意味もあります)。
テクノロジーの最前線で新境地を切り開いているトップ企業ばかり、これだけたくさん関わっていると知ると、彼のニュースを頻繁に聞くのも当たり前の気がしてきます。
名経営者、それとも迷経営者?
重役であっても、稟議を通さないと改革を実行できず歯がゆい思いをしている日本の企業経営者らには痛快だったようで、マスク氏を絶賛する声もよく見かけました。
いや、経営者だけではありません。サービスをどのような方向に持っていったらいいかを社内だけで決めずに、1.2億人いる自分のフォロワーにアンケート機能を使って直接聞く。さすがフォロワーが1億人以上いると、すぐさま何十万人という人からの返答が集まってきます。
このように利用者に対して開かれた開発をしている姿などは多くの一般の人々にも魅力的に見えました。
Twitter社の未来をアンケートツイートで決める作戦も、うまくいくことばかりではありません。マスクにはファンも大勢いますが、それ以上に彼のことを嫌う人も大勢います(マスク氏が経営者である限り、Twitterは使わないと宣言してサービスの利用をやめてしまったIT業界の賢人や有名ジャーナリストなどが少なからずいます)。
一度は「後継者が見つかったらCEOを辞める」とツイートはしたものの1月中旬時点では、経営者退任についてはうやむやな状態になっています。
マスク氏が経営する他の会社はどうでしょう? HyperLoop設立のためのThe Boring Company社は、カリフォルニアのSpace X本社やラスベガスの展示場用のトンネルを掘った後も、ワシントンD.C.やシカゴ、ロサンゼルス、オーストラリアなど様々な場所でHyperLoop用トンネルを設置するための交渉を始め、いくつかでは自治体の了承も得ました。しかし、ほぼすべての開発はストップしたままで、いつからかThe Boring CompanyのWebサイトからHyperLoopについての話題そのものが消えてしまいました。
SFの世界のような脳とコンピュータをつなぐNeuraLink社も、既に脳に電極を繋いだ猿にゲームをさせる実験などでは成功を収めているものの、動物愛護団体の反対やコロナ禍などにあい、2020年から始めるはずだった人体実験の計画は今年(2023年)に先延ばし。MIT Media Labなどいくつかの科学機関が同社の技術に疑いの目を向け始めている他、2022年1月には元従業員が雑誌の取材で、社内は脅しや責任のなすり付け合いばかりといった記事が掲載されるなど、あまりうまくいっていない様子が伝わってきます。
※後編に続きます。
● 林 信行(はやし・のぶゆき)
1967年、東京都出身。ITジャーナリスト、コンサルタント。仕事の「感」と「勘」を磨くカタヤブル学校の副校長。ビジネスブレークスルー大学講師。ジェームズダイソン財団理事。グッドデザイン賞審査員。「ジョブズは何も発明せずに生み出した」(青春出版社)、「iPhoneショック」(日経BP)、「スティーブ・ジョブズ」(アスキー)など著書多数。日経産業新聞「スマートタイム」、ベネッセ総合教育研究所「SHIFT」など連載も多数。1990年頃からデジタルテクノロジーの最前線を取材し解説。技術ではなく生活者主導の未来のあり方について講演や企業でコンサルティングも行なっている。