2023.01.24
イーロン・マスクはポスト・ジョブズなのか?
いま、世界で最も注目を集めている経営者のひとり、イ―ロン・マスク氏。その大胆でスケールの大きい仕事ぶりは多くの人の目を惹きつけ、カリスマ的に崇める人々がいる一方で、非常識なならず者だと酷評する声も。評価が大きく分かれる彼の真実とは? その後編です。
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文/林 信行 写真/Shutterstock 編集/森本 泉(LEON.JP)
立ち上げた事業に社会性を持たせて継続させていくことは苦手?
2021年2月には成功している事業資金から15億ドル(1932億円)ほどをビットコインに投資していたことを明かします。この発表の影響で、当時、ビットコインの価格そのものが急騰しました。しかし、わずか3カ月後の2021年5月には、ビットコインは化石燃料を消費して作られていると非難してビットコインの取り扱いをやめてしまうという珍事がありました(これによりビットコインの価格も12%近く下落)。
納車台数が当初の予想を大きく下回ったことで、Tesla社の株式も大幅に暴落し、マスク氏は1820億ドル(約24兆円)もの個人資産を失うことになります。ギネス委員会曰くこれは個人による損失としては過去最大のものだそうで、マスク氏は1月、「史上最大の個人資産損失」を記録した男としても認められました(それでも総資産額では世界2位を保っています)。
この事件の後、Space Xの従業員たちはイーロン・マスク氏によるツイートなどが会社のイメージに悪影響を与えることが多いといったことを述べたオープンレターが米国のメディアに掲載されました。Space X社は、同時にほとんど休みを取ることができず過剰労働が常態化していることも問題として指摘されています。
マスク氏は、夢いっぱいに新しいビジョンを語って人々の心を奮い立たせ、従業員達に過労を喜びと感じさせるほど頑張ってもらってなんとか形にしたり、1つの夢がある程度、形になったら次の大きな挑戦を見つけてくる能力を疑う人はいないでしょう。
しかし、1度、成功した事業に社会性を持たせて人々に根付かせたり、従業員の和を保って事業を継続したりはどうかというと、疑問が湧いてきます。それどころか、事業が形になると、マスク氏の奇行や不用意なツイートで受けるダメージの影響の方が大きくなってきます。「(事業の)立ち上げ屋」という言葉がありますが、もしかしたら彼の能力はこのイメージに近いのかも知れません。
自らがアスペルガー症候群であることを告白
自分は時々、変なことを言ったり投稿したりするが、それは「脳の働き方」のせいだとマスク氏。「気分を害した人にはこう言いたいです。私は画期的な電気自動車を考えだしたり、ロケットで火星に人を送ろうとしています。そんな人が、落ち着き払った、普通の人だと思ったんですか?」。
それくらいならまだいいが、2020年春に生まれた自身の息子の、極めて珍妙な名前の綴り「X Æ A-12 Musk」を取り上げて、読み方を「キーボードの上の猫」と紹介しています(別の場所で、読み方は「エックス・アッシュ・エー・トゥエルブ」だと明かしています。A-12は偵察機の名前から取ったのだそうです)。
確かに世の多くの人々とは発想も、物事の捉え方も、ジョークの質も異なっていることを感じさせるし、思いつきをそのまま形にして大勢の社員やユーザーを振り回しておいて、間違ったと分かったら平然とそれを引っ込めるようなやり方は、彼のこうした資質によるものなのかも知れません。
最もこうした障害を持っている人が経営に向かない、と言うつもりはありません。いや、それどころか、実は世の中で世界にインパクトを与えるほどの大きな成功している経営者などを見ると、発達障害/学習障害などと言われる障害を持っている人は少なくないのです。
例えば米Appleの共同創業者、スティーブ・ジョブズ(Steve Jobs)や英Virginの創始者のリチャード・ブランソン(Richard Branson)などはディスレクシアという識字障害を持っていたことが知られています。ビル・ゲイツ(Bill Gates)氏も、その言動や話している間の振る舞いからアスペルガーまたは自閉症の症状があるのではないかと言われています。
2022年に亡くなった日本を代表する精神科医の中井久夫氏は「なぜ統合失調症は世界のどこにおいても人類の1%前後に現れるのか」という問いに対して「人類のために必要だから」という大胆な仮説を打ち出していたそうです。
マスク氏をポスト・ジョブズと呼んでいいのか?
2011年、スティーブ・ジョブズが亡くなった後、日本でも海外でもポスト・ジョブズは誰かという記事が、頻繁に掲載されました。その当時、よく名前があがっていたのが、イーロン・マスクとGoogle共同創業者のラリー・ペイジ(Larry Page)氏、Facebook(現在Meta)の共同創業者のマーク・ザッカーバーグ(Mark Zuckerberg)氏、そしてTwitter共同創業者のジャック・ドーシー(Jack Dorsey)氏でした。しかし、今ではラリー・ペイジ氏は後任に経営を譲って目立たなくなり、マーク・ザッカーバーグ氏やジャック・ドーシー氏も以前ほどは目立たない存在になってしまい、結果としてイ―ロン・マスク氏だけが目立ち続ける、と言う状況になっています。
スティーブ・ジョブズの言葉にこんなものがあります。
「墓場で一番の金持ちになることには興味がありません。夜眠るとき、我々は素晴らしいことをしたと言えること、それこそが重要なのです。」
もし、これからマスク氏すらも超える本当のポスト・ジョブズが出てくるのだとしたら、おそらくその人は、未来に対する美意識も備えた人物であることを期待しています。
● 林 信行(はやし・のぶゆき)
1967年、東京都出身。ITジャーナリスト、コンサルタント。仕事の「感」と「勘」を磨くカタヤブル学校の副校長。ビジネスブレークスルー大学講師。ジェームズダイソン財団理事。グッドデザイン賞審査員。「ジョブズは何も発明せずに生み出した」(青春出版社)、「iPhoneショック」(日経BP)、「スティーブ・ジョブズ」(アスキー)など著書多数。日経産業新聞「スマートタイム」、ベネッセ総合教育研究所「SHIFT」など連載も多数。1990年頃からデジタルテクノロジーの最前線を取材し解説。技術ではなく生活者主導の未来のあり方について講演や企業でコンサルティングも行なっている。