2023.07.01
「全然ダメ」と言われて始まったポルノグラフィティ新藤晴一の新しい挑戦
ポルノグラフィティのギタリスト、作詞/作曲家として数々の大ヒット曲を世に送り出してきた新藤晴一さんが、デビュー25周年を迎える今年、ミュージカルの制作という新たな仕事に挑戦しています。何故、いま、ミュージカルなのか。尽きぬ好奇心と旺盛な創作心は新藤さんをどこへ連れて行くのでしょう。
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文/松永尚久 写真/トヨダリョウ スタイリング/清水勇一 ヘアメイク/眞弓秀明
この夏には、自身がプロデュース、原案、作詞/作曲を手がけた初のミュージカル作品『ヴァグラント』が上演される。デビューから25周年、現在48歳を迎えた新藤さんが、この時期に新たなキャリアに取り組む理由。また、制作の過程で生まれた葛藤とどのように向きあっているのか、それを乗り越えた先にある「カッコよさ」の頂点を伺ってみた。
やりたいことがあり、できる環境があるのだからやるしかない
新藤晴一さん(以下:新藤) 以前からミュージカルや舞台を観るのが好きでしたが、自分が表現しているエンタテインメントとは異なる分野じゃないかと考えていました。でも、2019年に訪れたロンドンの劇場でミュージカル『メリー・ポピンズ』を観て、「やっぱり面白いし、自分でも作ってみたい」という思いが強くなりました。
幸いなことに、これまで自分は作詞や作曲をやってきましたし、小説も執筆している。また、周囲には舞台に関して相談、サポートしていただける方がたくさんいらっしゃるので、この環境を利用しないのは、どこか自分がサボっているような気がしたんです。
── 今回、ミュージカルに登場する楽曲は、新藤さんの書き下ろしのもので構成。いつもの楽曲制作と異なる部分はありましたか?
新藤 ポルノグラフィティとして追求する音楽とは違い、物語が呼ぶ音楽を作りたいと感じて取り組んだ結果、今まで作ってこなかった音楽ができたのは面白かったです。今後の表現にもいい意味で繋がったなと思います。ただ、作らなくてはいけない楽曲の数の多さにはちょっと怯みましたが(苦笑)。
── そのボリュームを、どれくらいの時間をかけて制作されたのですか?
新藤 最初にミュージカルを作りたいという話をさせていただき、そこからはまず物語を作るのに1年半くらいかかりまして、それ以降で制作したという感じです。
── どんな準備をされたのですか?
新藤 まず、自分がどういうものを作りたいのかを、1幕分だけストーリー案を、脚本と演出を担当してくださる板垣恭一さんの元に持って行くことからのスタートでした。最初に見せた時は「人気ミュージシャンの方にお伝えするのは申し訳ないけど、全然ダメだ」とい言われてしまい……。
板垣さんは、演劇・舞台に対する熱意がある方なので、完璧なものを追求される方。だから、ミュージカルの構造をゼロから教わることからの始まりになったんです。結果、自分のアイデアを大切にしていただきながらも、当初提出したものとはまったく異なる、ミュージカルとして成立する内容になりました。さすがだなと思いましたね。
ダメ出しされた瞬間はかなり落ち込みました
新藤 それを言われた瞬間は、かなり落ち込みましたよ。あんな言い方しなくてもいいのにって思ったくらい(苦笑)。でも、その後、僕にミュージカルとはどのように成立しているのかということを、熱心かつわかりやすく教えてくださりました。だから、レクチャーを受けていくごとに、腹立たしさよりも興味深さの方が強くなっていって、気づいたらミュージカルの世界に没頭していました。
── また、今回の舞台にはたくさんの若い世代の方々が出演されます。先日開催された『日比谷フェスティバル』(NESPRESSO presents Hibiya Festival 2023)でのステップ・ショーでは、それらの役者さんたちも登場して、すでに和気藹々とした雰囲気が生まれていました。どういうふうに風通しのいい関係を築いていかれたのでしょう?
現代では、ひとりで音楽を作ることができる環境ではありますが、僕は誰かとワイワイしながら音楽を作ることが大好きで、それはミュージカルに関しても同様です。だから、お互いいいと思った部分は褒めあい、また納得のいかない部分がある時はとことん話す。その気持ちで、演者のみなさんとも向きあいたいという姿勢を持って接しています。
── 何か、アドバイスをすることはあるのですか?
新藤 ポルノグラフィティは長く活動をしているので、お互いの気持ちはなんとなく通じあっているから、日常的に褒めあう機会が少なくなってきましたが、今回のミュージカルでは初対面の方がほとんどなので、お互いに刺激を受けあいながら、いいものに仕上げていきたいなと思います。
役割として通さなくてはいけないエゴもあるけれど
新藤 今回のミュージカルに参加していただく方は、みなさんそれぞれの分野でプロフェッショナル。こちらである程度のあらすじは説明しますが、それ以降は基本みなさんのアイデアにお任せしたいと思っています。僕は、ライヴでもそうなのですが、楽曲がより良くなるものを追求したいタイプなので、作品が素晴らしいものになるのならば、それぞれがどんどん表現したいものを取り入れていただけたら。また、それによって自分でも想像しなかった奥行きが出せる気がしますし。
── でしたら、完成がますます楽しみになってきますね。
新藤 自分も完成したものを観たら、絶対に泣いちゃうだろうなって思います(笑)。
── でも、ここはどうしても譲れない思う部分が発生した場合は、どのように対処されるのですか?
新藤 たくさんの方々が関わってくださる作品で、自分だけがエゴを通すのは違うと思っていて。もちろん、原案を担当している役割として通さなくてはいけないエゴもある。その線引きというかバランスは、難しい部分ではあります。でも、そのバランス感覚はバンド活動を長く続けてきたおかげで、漠然と掴めている部分があるのかなって。
ライヴにおいても、自分で調整できる部分と、例えば実際に会場で響く音は自分で生で聴くことはできないため、PAさんとかその分野に長けている人にしかわからない部分がありますから、そこはお任せしなくてはいけないし。自分たちがどういうライヴをしたいのかという方向性さえ示せたら、それ以上のことは要請しませんね。
新藤 自分のやりたいことだけを追求していたら、25年もバンド活動を続けられていないと思いますよ。お互いにやりたいことを尊重しあっている。その関係があるから、続けられているのかなと思います。
若さとキャリアで、人生は常に対価交換をしているのではないか
新藤 毎年いろんな音楽が登場していて、そのすべてを理解しているか? と聞かれたら、そうではないんですよね。だから、現代のニーズにあうものを作れと言われても、できないことがあると思う。デビューしてから5〜10年くらいは、がむしゃらに時代に合うものを作りたいと思ったし、そういうものが作れるという自負があったけれど、最近はそういう対抗意識も少なくなってきましたしね。
音楽って、スポーツみたいに勝ち負けが存在しない世界。僕は趣味でゴルフをするのですが、プロの方々はいつもシードに入れるかどうかドキドキしながらやっている部分がある。音楽に関しても、もちろんシードに入る(ヒットする)ことを求められる場面もあるのかもしれませんが、例えそこに入らなくても活動をすることができるんです。
幸い、僕らはたくさんのファンの方々が支えてくださっているおかげで、最近はシード権を獲得することを気にしなくて活動することができるようになれた。確かに、デビュー当時と比べるとできないことも増えてきましたが、そのかわりキャリアを重ねることで得られたものはたくさんあったのではないのかって。人生は常に対価交換をしているのではないかと思います。
新藤 20代は、未来の自分のために頑張らないといけないことがたくさんあった。30代になると、その頑張った自分に感謝したくなる。40代になった現在は、今後年齢を重ねた自分が感謝したくなるようなことをしなくてはいけないと思っています。それは楽しいと思えることをたくさんすることだなって。今取り組んでいるミュージカルには面白さしか感じません。
── 今後はどのように年齢やキャリアを重ねていきたいですか?
新藤 自分の人生においてラッキーだと思えることは、書くことを仕事にできたことだと思っているので、今後も音楽はもちろん、ミュージカルや執筆など、どんな分野においても、何かを作り続けていたいですね。特にミュージカルは、今後も取り組み続けたい。じゃないと、この作品がただの思い出で終わってしまう気がするから。
── 最後に。新藤さんが思う「カッコよさ」って何ですか?
新藤 自分が思うカッコよさは、何かひとつのことにフォーカスできる決断力を持つことだと思います。例えば、家族の幸せのために海外や田舎へ移住するとか、逆に贅沢な生活をするために少しでも稼げる仕事をするとか。どちらも幸せな選択だと思うんです。でも僕は、いろんなことを全部やりたくなるタイプでして、田舎暮らしをしたいと思う反面、夜は街へ飲みに出かけたくなるし(笑)。音楽は作りたいけれど、他のことにも挑戦したい。今はたくさんのことを経験して、いつか何かひとつにフォーカスした人生を過ごせたらと思います。
a new musical「ヴァグラント」
100年前の大正時代が舞台。”マレビト”と呼ばれる芸能の民である佐之助(平間壮一/廣野凌大〈Wキャスト〉)と姉貴分の桃風(美弥るりか)を中心にした、それぞれの事情や運命を抱えた登場人物たちが、激動する時代の中で、どう自分たちと向き合い社会と闘っていくのか。彷徨う(=ヴァグラント)ものたちの姿を描く日本語オリジナル・ミュージカル。
プロデュース・原案・作詞・作曲/新藤晴一(ポルノグラフィティ)
脚本・演出/板垣恭一
出演/平間壮一・廣野凌大(W キャスト)、小南満佑子・山口乃々華(W キャスト)、水田航生、上口耕平、玉置成実 /平岡祐太、美弥るりか他
【東京公演】2023年8月19日(土)~8月31日(木) 会場/明治座
【大阪公演】2023年9月15日(金)~9月18日(月・祝) 会場/新歌舞伎座
HP/https://vagrant.jp/
新藤 晴一(しんどう・はるいち)
1974年広島県出身。岡野昭仁(Vo)とともに、ポルノグラフィティにて、99年にシングル「アポロ」でメジャーデビュー。その後も、「サウダージ」「アゲハ蝶」「メリッサ「オー!リバル」などヒット曲を多数。23年5月31日には広島サミット応援ソング「アビが鳴く」を配信リリース。