2023.08.31
江口寿史×樋口毅宏対談【前編】「僕の小説に出てくる狂気なんて、江口先生に比べたら大したことないんだってわかりました」
作家の樋口毅宏さんの最新刊『無法の世界 Dear Mom, Fuck You』(KADOKAWA)が発売されました。カバーイラストは江口寿史さん。40年来の熱烈な江口フリークを自認する樋口さんにとって夢のコラボが実現。しかしイラストの完成までには想像を絶する苦難の道が待っていたのです……。
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文/井上真規子 写真/平郡政宏 編集/森本 泉(LEON.JP)
そのカバーイラストをなんと御大、江口寿史さんが担当! 「週刊少年ジャンプ」の『すすめ!!パイレーツ』に多大な影響を受け、40年来の熱烈な江口フリークを自任してきた樋口さんにとって夢のコラボが実現したのです。しかし、イラストの完成までには想像を絶する苦難の道が待っていたのです……。
ということで、ここにドリーム対談が実現! 樋口さんの有り余る“江口愛”にはじまり、新刊カバーにまつわるブチギレ(⁉︎)エピソード、漫画家・江口寿史伝説の真相まで、おふたりにとことん語り合っていただきましたよ!
「恐れを知らない若い編集者が、カバーは江口さんがいいじゃないですかと」(樋口)
江口寿史さん(以下、江口) 人の本はお待たせして、自分の本を先に出すっていう……(笑)。『step2』には、樋口さんの新刊カバーイラストも収録してますよ。
樋口 ほんとだ、入ってます!!(うれしそう) 今回、江口先生には8月末にKADOKAWAから出る僕の新刊のカバーイラストを描いていただきました。でも僕は、ジャンプで『すすめ!!パイレーツ』(※2)を読んで先生を知ってから、40年間一方的に先生のことが好きすぎる状態で、自分の本の絵を描いてほしいなんて、おこがましくて考えたこともなかったんです。そしたら角川の恐れを知らない若い編集者が、「カバーは江口さんがいいじゃないですか」と言い出し、本当にOKをもらってきたから信じられなかった!
樋口 そうなんですか! 江口先生は、例えるならば現代の中原淳一なんです。江口先生の画は亡くなった後も永遠に残るんですよ。「100年後、先生の個展で僕の本の表紙も並んでたら、なんて幸せなんだろう!」って思って浮かれてたんですけど、そこがピークでしたね……。
江口 まさか、その後……ね(笑)。
樋口 ま、まさかこの後、蟻地獄以上のものを見ることになるとは! 作家のくせに、能天気にも想像すらしていなかったんです。
江口 ふふふ(笑)。
一同 (笑)。
樋口 でも年を越してもこなくて、あ〜ダメだったって思ってたら、1月のある日の夜10時過ぎに子供をお風呂に入れて上がって携帯見たら、Twitter(現X。以下同)のDMで先生からいきなり「あきらめたのですか」って来てて、え!? って。「負けた」って返したら「弱気だな……樋口さん、大丈夫」と。何が!?(笑)
江口 ふふふ(笑)。「あきらめたらそこで試合終了ですよ」って送ったら、樋口さんから「スラムダンク」の画像が送られてきたよね。
樋口 「夢見させるようなことを言うな!!」(笑)(※3)。それで「いま六本木にいるんで」ってきたから思わず妻に見せましたよ。1月の極寒の夜ですよ? 僕の小説に出てくる狂気なんて、江口寿史に比べたら大したことないんだってわかりました。
一同 (爆笑)。
江口 (微笑み)。
「僕の仕事は待ってくれた人がいるから成り立ったものばかり」(江口)
樋口 それ言うんだもん!(爆)
江口 3年待たせたのは友人のミュージシャンのCDジャケットなんですけど、クリエイターって時間があると手を入れたくなっちゃうでしょ? その彼は、3年待つ間に追加でもう1曲シングルも録ったし、ミックスもちょこちょこ変えたりして結局いいものになったんです。だから、結果いいよね? ってこと。樋口さん、元編集者だからやっぱちょっと気が小さいよね(笑)。
樋口 自分のことになると別なんですよ……(苦笑)。
江口 特に樋口さん、子育てしてるからわかるんだよね。僕も子育ての時はず〜っと仕事ができなかったから。
樋口 わかりますよね!? この焦り、焦燥感。取り残されてる感……(ジタバタ)。
樋口 僕もこの世で一番大変なのは小説を書くことだと思ってたけど、とんでもない! 赤ん坊は真夜中でもどんな時間でも構わず「あ〜!」って泣き出すから、あやして、ミルク作って、またあやさなきゃいけないですから。でも、あれから便利なことに液体ミルクっていうのができたんですよ! お湯を沸かして、粉を入れて冷ましてって手間が省けたんです。
江口 そうなんですか。僕らの頃なんて水で冷やしてから飲ませて、ゲップさせてね。うんちしたらオムツ変えてね。
樋口 そうそう! オムツ変えたと思ったら、またうんちして、嘘でしょ!? ってまた変えて。
樋口 娘さんたちは感謝してくれていますよ。僕は真っ最中です。しかも今、上の子は夏休みが始まって、昨日も一昨日も1日中一緒で、「頼むから今日は学童行ってくれ」ってお願いしましたよ。
江口 そういう大変な時期に僕は余計なストレスを与えたわけですよね(笑)。でも僕の仕事は待ってくれた人がいるから成り立ったものばかりなんです。だから感謝でいっぱいですよ。途中でもうダメだってあきらめた人も、断ち消えた仕事もたくさんあるけど、俺から「もうやめた」って言ったことは一度もないんです。
だから樋口さんに「あきらめたら終わりですよ」って言ったの。待つ方があきらめたらほんとに終わるんです。俺はやると言ったら何年かけてもやるんですから。
樋口 おっしゃる通りです(笑)。
「樋口さん泣いてください! って印税下げられたんです。おまえらは泣かないのか!」(樋口)
それを怒りの告発ツイートしたら、先生から電話がきて「樋口さん困るよ! 樋口ファンから口汚いリプが来るんだよ! お前のせいで樋口の本が読めないだろう! 早く描けボケ! とかよう」って怒ってくるから僕もキレた!
江口 そういうこと言うよね(笑)。
樋口 あとね、僕は表紙のカバーさえ描いてもらったらいいと思ったのが、先生が裏カバーと中の表1、表4も描くって言うから、うれしいけどそんなの可能なの!? って思ってました。実際上げてくださって、どれもすごくよくて。待った甲斐があった、報われたなと思いました。
江口 よかったです。
樋口 その間、物資高騰により本も若干値上げしました。しかもKADOKAWAから突如電話が来て「樋口さん泣いてください!」って印税下げられたんです。おまえらは泣かないのか!(憤慨)って愚痴ってたら、他社の編集者から「いまは小説出せるだけでもありがたいと思わないと」って諭されました。
樋口 ありがとうございます! 最高の表紙にしていただいたので売れてほしい!
「先生の漫画『すすめ!!パイレーツ』は僕の原点にして究極」(樋口)
さまぁ〜ずの大竹さんも『パイレーツ』は自分の人生のギャグ漫画1位って言ってましたけど、わかります。あれが原点にして究極ですよね。ご自分でも覚えているものですか?
江口 全部覚えてますよ。
樋口 世良公則さんを見かけるたび、「宿無し」(※8)の「♬オイラは宿無し、オマエなら」という歌詞を、パイレーツに出てくる「おいらは~山梨、おまえぇぇ奈良!!」の替え歌で思い出します。あれから40年以上経ってるのに、いまだに皆の中に残ってるんです。江口先生からしたら、あれは20歳で描いた作品で、俺も研鑽を積んで進化してるよって言うかもしれないけど、みんな人生をずぶずぶ洗脳されましたよね。
弟子と言っていいぐらいに先生のブラックジョークやユーモアに影響を受けてましたけど、『パイレーツ』を大人になってから読み返したら、そもそも江口先生は筒井康隆に影響を受けていたんだってことを随分経ってから知りました。
江口 くだらないギャグだけど、そういう要素を汲み取る子供は敏感なんですよ。俺は全員の子供に伝わったとは思っていなくて、勘のいい子とか、感性のちょっと優れた子が細部に何かを感じ取っていたんですよね。俺の漫画読んでた子供たちは、漫画家になった人ももちろん多いけど、広告代理店に入りましたとか、ミュージシャンになりましたとか、いろんな業種についていて、蒔いた種が芽生えてるな〜と。
江口 当時は何も意識してなかったですけどね。まだ20歳だから人生経験も少ないし、それまでに吸収したものを全部出すって感じで、なんの計算もなかった。でも俺も最近読み返したら、なんか人柄がいい漫画だなと思ったね(笑)。
樋口 アハハ! じゃあ、人柄が悪い漫画ってなんですか(笑)。
江口 あるでしょ、いっぱい。読んでて嫌な気持ちになったり、人間の嫌なとこばっかりえぐり出したりするような漫画。実名は言わないけど(笑)。俺の漫画は、何も考えてなかったから鈍感というか。いきがってないし、そこがいいなって。純なところがあったんでしょうね。
樋口 オーソン・ウェルズ(アメリカの映画監督)のいう「無知から来る自信」ですね。何も知らないから好き勝手やるぞ〜! っていう。しかも部数がガンガン上がってる300万部の頃のジャンプで。
● 江口寿史(えぐち・ひさし)
1956年熊本県水俣市生まれ。マンガ家。1977年、「週刊少年ジャンプ」でプロデビュー。代表作は『すすめ!! パイレーツ』、『ストップ!! ひばりくん!』など。80年代中盤からは、イラストレーターとしても活動。広告やポスター、本の装画、レコードジャケットなど、幅広く活躍している。2015年にデビュー以来の作品をまとめた画集『KING OF POP』(玄光社)を刊行。「彼女」展に展示された女性イラストをまとめた画集『彼女』(集英社インターナショナル)も好評発売中。最新刊は2020~2023年に発表した最新イラスト150点以上を最速で収録した『step2 ― Eguchi Hisashi Illustration Book Ⅱ』(河出書房新社)。
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● 樋口毅宏(ひぐち・たけひろ)
1971年、東京都豊島区雑司が谷生まれ。出版社勤務の後、2009年『さらば雑司ケ谷』で作家デビュー。11年『民宿雪国』で第24回山本周五郎賞候補および第2回山田風太郎賞候補、12年『テロルのすべて』で第14回大藪春彦賞候補に。著書に『日本のセックス』『二十五の瞳』『愛される資格』『東京パパ友ラブストーリー』『大江千里と渡辺美里って結婚するんだとばかり思ってた』など。妻は弁護士でタレントの三輪記子さん。最新刊『無法の世界』(KADOKAWA)が8月31日発売。カバーイラストは江口寿史さん。
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