2023.09.01
江口寿史×樋口毅宏対談【後編】 天才漫画家の絶倒エピソードと譲れないこだわりとは?
作家の樋口毅宏さんの最新刊『無法の世界 Dear Mom, Fuck You』(KADOKAWA)が発売されました。カバーイラストは江口寿史さん。40年来の熱烈な江口フリークを自認する樋口さんにとって夢のコラボが実現。しかしイラストの完成までには想像を絶する苦難の道が待っていた……。対談の後編をお送りします。
- CREDIT :
文/井上真規子 写真/平郡政宏 編集/森本 泉(LEON.JP)
前編では樋口さんの有り余る“江口愛”にはじまり、新刊カバーにまつわるブチギレ(⁉︎)エピソードが語られましたが、後編では漫画家・江口寿史の伝説の逸話をとことん掘り下げていただきましたよ。
「担当は、みんな胃を壊して辞めていきましたからね」(江口)
江口 初代担当の江上さん(※3)はいい人でしたけどね。『パパリンコ物語』は、江上さんと白井さんに口説かれて始まったんです。白井さんは物凄く怒る人だけど、待たせちゃってもいい原稿をあげると電話してきて「こんなの描かれたら、たまんねえな」って言ってくれるような人。昔気質の。昔の編集者は、そういう人多かったですよね。
樋口 でも当時、他にもジャンプで『1・2のアッホ!!』(※5)とかあったじゃないですか。
でも、僕の最初の担当さんはあんまりセンスが良くなくて、アオリがつまんない。僕は生意気にも「これじゃダメですよ、奥脇さんみたいに書けませんか?」とか言っちゃいけないこと言ってたね。しまいには勝手に自分でアオリ書いてたんです。21歳の若造のくせに。だから嫌われてたんだろうな(笑)。いい人だったから僕は好きだったけど。
江口 ありましたね。僕の担当は、みんな胃を壊して辞めていきましたからね。
樋口 ううぅ(笑)。
89歳の小林信彦さんに「もう待てない」と言われて(江口)
樋口 それ聞いて腑に落ちました。僕、その全集の一部の解説を担当するはずで楽しみに待っていたのに、担当編集さんから「3巻で終わりました。理由は会った時に説明します」って言われて、それ以降の話もなかったんですよ。
江口 すんませんっ(笑)。僕は書きました、解説。あ〜、ほんとに人のこと考えないとダメだね。娘さんが編集者なんだけど、すごくご立腹だったそうです。昔、小林さんとお会いした時に、娘が『パイレーツ』が大好きだったって聞いてたんだけど(笑)。その娘さんなのかな……。
樋口 僕が娘さんにお願いしに行こうかな!? 面識ないけど僕が解説書きたいからお願いしますって。
樋口 いやいや、せっかくだから先生のカバーで揃えましょうよ!
江口 何年かかるか……(遠い目)。
樋口 小林先生も長生きする甲斐があるじゃないですか。「わしが100まで生きたのはあんたのおかげじゃ」って言ってくれるかもしれないじゃないですか!
江口 そうかな(笑)。
「江口先生があの2コマを入れてなかったら、僕は作家になれてない」(樋口)
樋口 僕は中学生から高校生にかけて『ROCKIN'ON JAPAN』を読んでいたんですが、87年8月の回に、江口先生が描いた2ページの「This is Rock」ってエッセイ漫画が載ってて、そこに江口先生本人が『人間臨終図巻』を読んで「うわ〜武者小路実篤すげえ〜」とか言ってるコマがあったんですよ。
江口 よく覚えてるね(笑)。
樋口 はっきり覚えてます! 中学生の僕には難しくてその時は読めなかったんですけど、社会人になって廉価版が全3巻で出ているのを見つけて読んだら、全ページ付箋と線だらけになりました。後年、重版された文庫の帯で夢枕獏先生が「小説家になりたい人は、これ必読。ネタ帳ですよ」ってコメントしてて、おっしゃる通りだなと。その後、自分も文庫の解説を書かせてもらえたのはすごくうれしかったですね。
樋口 アハハ!(笑)。 あの本は、没年齢の若い順から赤版、青版、緑版と分けてあって、赤版は60歳くらい。僕も赤版に載るのは、さすがにまだやだな〜。
江口 そうそう。
樋口 ラインナップも見事で、古今東西の色々な人が900人くらい出てる。大阪の三菱銀行に立てこもって、人質を裸に剥いて小便させたり耳削ぎをさをせた梅川昭美とか、ろくでもない有名人も載ってました。
僕も影響を受けて、小説家になる時にペンネームに梅川の名前を入れようと思ったんです。マリリン・マンソンが、マリリン・モンローと殺人鬼のチャールズ・マンソンという自愛と究極の悪を2つ重ねた名前にしたみたいに。そしたら師匠の白石一文に「樋口さん、いつか自殺するような気がする」って止められました。
江口 あや~(笑)。
江口 それはうれしいですね。
「記録魔なんです。忘れるのが切ないから」(江口)
樋口 四方田犬彦先生の格言で「寝る前の読書が本物の読書である」というのがあって、要するに寝る前に布団の中で読む本が本当に自分の好きな本なんだと。まさに僕は、『正直日記』を寝る前に読んです〜っと力を抜いてました。江口寿史って漫画家になっていなくても、文筆家で世に出てたんだろうなって思いました。
江口 そういう本って、トイレ本かベッド本ですよね。『正直日記』は、今度続きが出ますよ(笑)。あちこちに書いた文章とかエッセイコミックとかばかりを集めた本を出すんです。『マンガ家先ちゃん』っていうタイトルで(笑)。
江口 ネットでの日記は『正直日記』の後に『日々メモ』ってメモ形式で書いてたのが3年分あって、個人的にも日記は昔からずっと毎日欠かさず書いているんですよ。1994年からの日記は全部とってあります。寝る前に日記書いておかないと寝れないの(笑)。
樋口 それは自分のために?
江口 記録魔なんですよね。写真もいっぱい撮るし。今日は誰と会って何食べたぐらいしか書いてない日もあるけど、読めば思い出すじゃない。人間ってなんでも忘れるでしょ。忘れるのが切ないんですよ、僕。
樋口 なるほど〜。
樋口 うわ〜、それは難しいところですね(笑)。
江口 あと小さい時に描いた絵も母親が全部捨てちゃって、父親がすごい怒ったことがあったんです。母親ってそういうとこあるでしょ。だから学校で描いた水彩画とか、小さい頃の絵は本当に残ってない。ずっと描いてたからいっぱいあったはずなんだけど。でも、小学5年からは自分で残しておいたから取ってあります。
樋口 うわぁぁぁ‼ 幼少期の絵見たかったな……。先生は子供の頃から「俺、画描けるな」って思ってました?
江口 物心ついた時から、ペンと紙があれば黙って描いてた人だったから意識してなかったかな。手がかからない子供だったんですよね。
江口 それにしても俺の母親はどういう気持ちで捨てたのかな。ま、ゴミだったんでしょうね(笑)。
樋口 まさかこんな大漫画家、大イラストレーターになるなんて思ってなかったのかもしれませんね。
江口 だって俺、30くらいの時、漫画家になってもう8〜9年経ってんのに、母親に「そろそろもう、ちゃんとした職に就きなさい」って言われてたもん(笑)。今さら俺にできるまともな仕事ってなんだよみたいな(笑)。
「江口先生の画が怖いんです」(樋口)
だからいつか中原淳一が軍に禁止されたみたいに、当局に敏感な奴がいて先生の内なるものを感じ取って「江口寿史の絵は危険だ!」とか言って禁止するかもしれないと思うんです。タモさん曰く、「新しい戦前」をこれから迎えますからね。でも、それも必ず乗り越える日が来ると思います。
江口 そうなんですかねえ。
樋口 藤田嗣治が戦争画を描いて、戦中は軍や大衆が藤田を褒めそやしたのに、戦争に負けたら手のひらを返して、戦争協力者と貶して藤田は生涯日本に帰って来られなくなり、そのままフランスで亡くなりました。でも今、藤田嗣治の絵はその名画の数々で新しいファンを獲得し続けています。江口さんも延々に見続けられるんです。敗戦してデカダンが解禁になった時に、大衆が江口寿史を見直して、そこから真の評価が始まるんだろうなって。
樋口 いま、そういう兆しが来ていますよね。美人ばかり描くなとか、脚が長い金髪白人だけでなく多様性を尊重しろとか。結局、江口先生に文句言ってきた奴らって、消防士や警官がなんで牛丼屋でメシ食ってるんだって文句言う奴らと一緒。それで謝る方も謝る方ですよ。働く時間惜しんで飯食ってるだけなんだからいいでしょう。料亭きてるわけじゃないんだし。
樋口 “現代的視点から”見たら、みんな変わります。ありとあらゆるものを事後法で裁くのはいかがなものかと思います。
江口 昔はみんなでガハハ! って笑っていたものが、いまは簡単にできなくなっちゃった。なんか息苦しい時代になって恐ろしいです。
樋口 謝らせたい人たち。安全地帯から石を投げたい、引きずり下ろしたい人たちですよね。
江口 ほんとそう。
江口 僕は、古い人間とか、新しい人間とかはいないと思うんです。今の時代を生きてるっていう意味では、若者も俺らも対等。なんで今の若者の感じが描けるんですか?ってよく言われるんだけど「だって今生きてるから」って言うしかないですよね。僕は見えてる現実を描いてるだけ。想像では描けないですから。
だから20年経っても、樋口さんは樋口さんだと思うし、どうすればいいとか考える必要はないと思う。それよりも20年後にも書こうとする意欲があるかどうかじゃないですか。
樋口 そもそも20年後、生きてるのかな(笑)。でも頑張ります! 今日はめちゃくちゃ楽しかったです。来ていただいて、本当にありがとうございました!
● 江口寿史(えぐち・ひさし)
1956年熊本県水俣市生まれ。マンガ家。1977年、「週刊少年ジャンプ」でプロデビュー。代表作は『すすめ!! パイレーツ』、『ストップ!! ひばりくん!』など。80年代中盤からは、イラストレーターとしても活動。広告やポスター、本の装画、レコードジャケットなど、幅広く活躍している。2015年にデビュー以来の作品をまとめた画集『KING OF POP』(玄光社)を刊行。「彼女」展に展示された女性イラストをまとめた画集『彼女』(集英社インターナショナル)も好評発売中。最新刊は2020~2023年に発表した最新イラスト150点以上を最速で収録した『step2 ― Eguchi Hisashi Illustration Book Ⅱ』(河出書房新社)。
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● 樋口毅宏(ひぐち・たけひろ)
1971年、東京都豊島区雑司が谷生まれ。出版社勤務の後、2009年『さらば雑司ケ谷』で作家デビュー。11年『民宿雪国』で第24回山本周五郎賞候補および第2回山田風太郎賞候補、12年『テロルのすべて』で第14回大藪春彦賞候補に。著書に『日本のセックス』『二十五の瞳』『愛される資格』『東京パパ友ラブストーリー』『大江千里と渡辺美里って結婚するんだとばかり思ってた』など。妻は弁護士でタレントの三輪記子さん。最新刊『無法の世界』(KADOKAWA)が8月31日発売。カバーイラストは江口寿史さん。
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