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2023.12.09

■ ギャスパー・ノエ(映画監督)×樋口毅宏(作家)

過激描写はひとつもないのに、「最も残酷な映画」と言われる理由とは?

暴力やドラッグなど過激な描写で世界を挑発してきたギャスパー・ノエ監督が、「病」と「死」をテーマにこれまでと異なる新たな世界を作り上げた映画『VORTEX ヴォルテックス』が公開されました。作品はどのように生まれたのか? 作家の樋口毅宏さんがインタビューしました。

CREDIT :

文/井上真規子 写真/内田裕介(タイズブリック) 編集/森本 泉(LEON.JP)

樋口毅宏 ギャスパー・ノエ LEON.JP
映画評論家である夫と元精神科医で認知症を患う妻。離れて暮らす息子は 2 人を心配しながらも、家を訪れては金を無心する。心臓に持病を抱える夫は、日に日に重くなる妻の認知症に悩まされ、やがて、日常生活に支障をきたすようになる。夫婦ふたりに訪れる人生の最後の時間を、それぞれに同時進行していく2つの画面を使ってドキュメンタリータッチで描いた衝撃作『VORTEX ヴォルテックス』が12月8日に公開されました。フランスの鬼才、ギャスパー・ノエ監督の最新作です。

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代表作『アレックス』での9分にわたるレイプシーン、『CLIMAX クライマックス』の集団ドラッグに陥る描写など、目を背けたくなるような過激描写で世界を挑発してきたギャスパー監督。今作では、老いや病、死という誰もが直面するテーマに冷酷なまでに迫り、観る者に人生の意味を正面から問いかけます。

そこで、同じく大胆かつ過激な作品で世間を挑発してきた作家の樋口毅宏さんに、ギャスパー監督の今作に込めた想いをインタビューしてもらいました。
樋口毅宏 ギャスパー・ノエ LEON.JP
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「レイプやドラッグなどを封印した本作がいちばん残酷に見えました」(樋口)

樋口毅宏さん(以下樋口) 樋口と申します。あなたのように、世間を挑発するようなテーマの小説を多く書いている作家です。本日はよろしくお願いします。

ギャスパー・ノエ監督(以下ギャスパー) よろしくお願いします。

樋口 『VORTEX ヴォルテックス』、拝見しました。これまであなたは近親相姦、レイプ、ドラッグなど、センセーショナルな題材を取り扱ってきましたが、これらすべてを封印した本作がいちばん残酷に見えました。

ギャスパー アルツハイマーは、今まで扱ってきた殺人やレイプというテーマよりも身近で普遍的なものだし、すでにたくさん描かれているテーマでもあります。でも実は、私の父からも今回の作品が今までの中でいちばん暴力的だと言われました。アルツハイマーで亡くなった母を思い出して、辛かったのかもしれません。
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樋口 今作のパンフレットに、「人生はすぐに忘れ去られる短いパーティーだ」という一文だけを記したそうですが、これはあなたの中にずっとあったテーマのなのでしょうか?

ギャスパー ある映画祭の時に、ひと言でこの映画を表現するとしたら?と聞かれて、このフレーズが一番ぴったりくると思い選びました。私の母の時もそうでしたが、生前は写真などの思い出がたくさんあるけれど、本人がいなくなるとその人にまつわるものはどんどん消えて、後に残るものはほとんどなくなってしまう。そういう意味を込めています。
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樋口 まさに本作のラストは、それを印象的に表すシーンでした。

ギャスパー 今作を撮ったのは2年前ですが、私は3年前のクリスマスに思いっきり飲み明かして 牡蠣にあたったのです。そのあと、ある日曜日に脳内出血で倒れて入院しました。そこで医師から、生存確率は50%で、生き残れても後遺症が残る確率は35%、つまり倒れる前と同じ状態に戻る確率は15%だと言われたんです。

樋口 聞いています。本当に大変でしたね。

ギャスパー それから1カ月間、生きるか死ぬかわからない状況で過ごして、人生は本当に細い糸で繋がっているんだと感じました。人間は死を前にすると、心の準備をするというか、恐怖を感じなくなるものなんですね。私は死後の世界は考えていないので、死んでもDVDぐらいしか残らないですが(笑)、消えるというのはそういうことなんだと思います。
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樋口毅宏 ギャスパー・ノエ LEON.JP
樋口 快復されて本当によかったです。

ギャスパー とてもラッキーだったと思っています。生き残っても麻痺などの後遺症が残れば、周りに迷惑をかけることになりますから。だから肉親を亡くした方の気持ちも、今ではすごく理解できるようになったと思います。
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「日本映画は本当に素晴らしい作品がたくさんある」(ギャスパー)

樋口 今作を撮るにあたって影響を受けた作品が3作あり、そのうち2作は日本の映画だと伺いました。

ギャスパー はい。1つはイタリア映画『ウンベルト・D』(1952年)、あとの2つは黒沢明監督の『生きる』(1952年)、木下恵介監督オリジナルの『楢山節考』(1958年)です。老いるということは、ある意味子供に戻るのと同じことだと思います。子供は周りに危険がたくさんありますが、80歳を過ぎると人生はまた危険なことが増えてきますよね。

樋口 木下恵介の名前を聞いた時はうれしかったです。というのも、彼はいまの日本ではほとんど忘れ去られてしまった存在だからです。僕は小説家として、木下監督の最大のヒット作『二十四の瞳』にオマージュを捧げた小説も書きました。

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ギャスパー そうなんですね。

樋口 『楢山節考』というと日本では木下監督のオリジナル作品より、今村昌平監督がリメイクした83年の作品の方がずっと有名です。村人たちの性がむき出しに描かれていて、とてもセンセーショナルでした。カンヌ国際映画祭では、大島渚監督の『戦場のメリークリスマス』(デヴィッド・ボウイ、北野武、坂本龍一出演)と争ったのも印象的でした。
樋口毅宏 ギャスパー・ノエ LEON.JP
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ギャスパー そうですね。でも、私は、やっぱり今村監督より木下監督の作品が好きです。木下監督は新しい映画を出すたびに、丸いフレームワークなど新しいコンセプトを導入して、映画の世界に新しい表現法を持ち込んだ人だと思います。私の敬愛するマイケル・パウエルのように。だから彼が好きなんです。

樋口 確かに実験的な撮影をたくさんやっていますね。

ギャスパー それから木下監督は、ゴダール(ジャン=リュック・ゴダール)と同じように、商業映画ではなく芸術作品としての映画を作っていたと思います。

樋口 今では信じられませんが、日本でも1950年代は黒沢監督よりも木下監督の方が評価されていました。 1954年の日本のランキング(キネマ旬報ベストテン)では、1位と2位が木下監督の『二十四の瞳』『女の園』で、3位にやっと黒澤監督の『七人の侍』が入っています。
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ギャスパー 日本映画は本当に素晴らしい作品がたくさんあって、探すたびに大体3、4作は傑作と呼べるような作品に出会います。最近見た映画では、篠田正浩監督や川島雄三監督の作品が素晴らしかったです。
樋口 近年の監督で好きな人はいますか?

ギャスパー 塚本晋也監督。彼は友人です。若松孝二監督も好きです。生前、彼と会ったことがあるのですが、とても親しみやすい人柄だと感じました。

樋口 塚本監督とは長く親交を持たれているんですよね。若松さんもやはり素晴らしい監督です。

ギャスパー 最近の日本映画は意外と知らないので、おすすめの作品があれば教えてください。

樋口 昨年公開された佐向大監督の『夜を走る』という映画が本当に素晴らしかったです。去年見た映画の中で私にとっては一番でした。
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樋口毅宏 ギャスパー・ノエ LEON.JP

「死を身近に感じていたからこそ、今作のような映画ができた」(ギャスパー)

樋口 『VORTEX ヴォルテックス』は、ミヒャエル・ハネケ監督の映画で病に倒れ体が不自由になった妻とそれを支える夫を描いた『愛、アムール』(2012年)に重ねる人も多いと思います。私はあの映画に感動しましたが、『VORTEX ヴォルテックス』を観ると「年寄り夫婦が死ぬことを美しく扱うな!」と、アンチの表明なのかなと思いました。

ギャスパー 『愛、アムール』と比べると同じような題材でも、私の映画は会話がアドリブ的なので、よりドキュメンタリー的な現実感やミニマリスト的な部分があるかなと思います。個人的に『愛、アムール』はカンヌ映画祭で見まして、私の人生の一部と共通点があると感じました。ちょうどカンヌの後、母に会いにブエノスアイレスへ行き、そこで母が亡くなったんです。
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樋口 そうでしたか。
ギャスパー 母は最後、アルツハイマーのせいで自分がよくわからない混乱したような状態になり、死期を早めて欲しいと言っていました。アルゼンチンで安楽死は許されていないのでどうすることもできませんでしたが、結局1カ月後ぐらいに他界しました。
樋口 お母さまの死を経験されたことも、今作に大きく関わっているんですね。
ギャスパー 私はコロナで半年の間に身近な人を3人亡くし、母の死にも直面して、死を身近に感じていたからこそ、今作のような映画ができたのだと思います。ドキュメンタリータッチになったのもそのせいです。あなたは、身近な人の死に直面したことはありますか?
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樋口 僕は、父親も母親も亡くしているので気持ちはよくわかります。父親は30年ぐらい前に自死をして、それが自分の人生にものすごく大きな影響を及ぼしました。小説を書く根源にもなっています。

ギャスパー それは辛い経験をされましたね。あなたの作品の英訳や仏訳があれば、ぜひ読みたいです。

樋口 残念ながら、ないんです。
樋口 ところであなたは今までの作品でもスプリットスクリーン(画面を分割して一度に複数の映像を流す手法)を試みていますが、今回は一番完成されていると感じました。ご自身ではどう思われていますか?
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樋口毅宏 ギャスパー・ノエ LEON.JP
ギャスパー 今回は孤独な老夫婦のそれぞれの生活を描いているので、2つに分けて見せた方がいいと思いました。

樋口 非常によくできていると思います。僕はあなたを、スタンリー・キューブリックピエル・パオロ・パゾリーニの息子だと思うのです(笑)。映画の可能性を広げようとしている監督だからです。

ギャスパー 実は一番好きな映画が、キューブリックとパゾリーニの作品なんです(笑)。

樋口 やっぱりそうですか!
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ギャスパー 日本でも溝口健二監督などさまざまな監督が映画という手段を使って色々な表現をされてきましたが、映画というのはものすごく可能性の大きな表現手段の広い芸術だと思いますね。
樋口 僕もそう思います。今日はありがとうございました。健康にはくれぐれも留意して下さい。神はあなたにまだ映画を作らせるため、あなたを生かしたのだと思います。

ギャスパー ぜひ、あなたの本のフランス語版を出してください。楽しみにしています。
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樋口毅宏 ギャスパー・ノエ LEON.JP

● ギャスパー・ノエ(Gaspar Noé)

1963年12月27日、アルゼンチン・ブエノスアイレスで画家ある父とソーシャルワーカーで英語教師の母の間に生まれる。13歳の時にフランスに移住。パリのルイ・リュミエールで映画を学ぶ。短編映画『Tintarella di luna』(1985)で映画監督デビューし、91年に中編映画『カルネ』で、カンヌ国際映画祭の批評家週間賞を受賞。その続編となる初長編映画『カノン』(1998)をアニエス・ベーからの資金援助で完成させ、再びカンヌ国際映画祭で話題を巻き起こし、同賞(批評家週間賞)を受賞。2大スターを起用した『アレックス』(2002)では、モニカ・ベルッチがレイプシーンを体当たりで演じ、熾烈な暴力描写で賛否を呼び起こし、拡大公開された本国フランスではスマッシュヒットを記録。その後、東京を舞台にしたサイケデリックな輪廻転生物語『エンター・ザ・ボイド』(2009)、『LOVE 3D』(2015)では、メランコリックなラブストーリーとハードな性描写を自身初の 3D 映像で描き出し、賛否両論を再び巻き起こす。『CLIMAX クライマックス』(2018)では誤って LSD を摂取してしまったダンサーたちが、次第に精神が崩壊していくさまを描き、鬼才ぶりを遺憾なく発揮した。本作『VORTEX ヴォルテックス』は、第74回カンヌ国際映画祭でワールドプレミア上映された。

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樋口毅宏 ギャスパー・ノエ LEON.JP

● 樋口毅宏(ひぐち・たけひろ)

1971年、東京都豊島区雑司が谷生まれ。出版社勤務の後、2009年『さらば雑司ケ谷』で作家デビュー。11年『民宿雪国』で第24回山本周五郎賞候補および第2回山田風太郎賞候補、12年『テロルのすべて』で第14回大藪春彦賞候補に。著書に『日本のセックス』『二十五の瞳』『愛される資格』『東京パパ友ラブストーリー』『大江千里と渡辺美里って結婚するんだとばかり思ってた』など。妻は弁護士でタレントの三輪記子さん。最新刊『無法の世界』(KADOKAWA)が好評発売中。カバーイラストは江口寿史さん。
SNS/公式X(旧Twitter) 

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VORTEX ヴォルテックス

『VORTEX ヴォルテックス』

新作のたびにその実験的な試みと過激描写で世界中を挑発し続けてきた鬼才が、「暴力」「セックス」を封印し、「病」と「死」をテーマに、これまでと異なる新たな世界を作り上げた。認知症を患う妻と心臓病を抱える夫の人生最期の日々を描いた本作は、監督の家族にまつわること、そして、自身が脳出血で生死の境を経験したことを経て制作に至った。80 歳(当時)で人生初の主役(夫)を演じたのは、ノエ監督が、長年友人関係にあったホラー映画の帝王、ダリオ・アルジェント監督。妻役には、フランス映画『ママと娼婦』(1973)の「娼婦」ヴェロニカ役で、今や伝説的な女優となったフランソワーズ・ルブラン。静かに、しかし確実にゆっくりと破滅へと向かっていく人々の人間模様を、目を背けたくなるほど克明に描き切った本作。そこには、どんなホラー映画よりも怖すぎる「地獄」が待っている!
12月8日公開より全国公開
HP/https://synca.jp/vortex-movie/

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2023.12.09

■ ギャスパー・ノエ(映画監督)×樋口毅宏(作家)

過激描写はひとつもないのに、「最も残酷な映画」と言われる理由とは?

暴力やドラッグなど過激な描写で世界を挑発してきたギャスパー・ノエ監督が、「病」と「死」をテーマにこれまでと異なる新たな世界を作り上げた映画『VORTEX ヴォルテックス』が公開されました。作品はどのように生まれたのか? 作家の樋口毅宏さんがインタビューしました。

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文/井上真規子 写真/内田裕介(タイズブリック) 編集/森本 泉(LEON.JP)

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