2023.12.09
■ ギャスパー・ノエ(映画監督)×樋口毅宏(作家)
過激描写はひとつもないのに、「最も残酷な映画」と言われる理由とは?
暴力やドラッグなど過激な描写で世界を挑発してきたギャスパー・ノエ監督が、「病」と「死」をテーマにこれまでと異なる新たな世界を作り上げた映画『VORTEX ヴォルテックス』が公開されました。作品はどのように生まれたのか? 作家の樋口毅宏さんがインタビューしました。
- CREDIT :
文/井上真規子 写真/内田裕介(タイズブリック) 編集/森本 泉(LEON.JP)
そこで、同じく大胆かつ過激な作品で世間を挑発してきた作家の樋口毅宏さんに、ギャスパー監督の今作に込めた想いをインタビューしてもらいました。
「レイプやドラッグなどを封印した本作がいちばん残酷に見えました」(樋口)
ギャスパー・ノエ監督(以下ギャスパー) よろしくお願いします。
樋口 『VORTEX ヴォルテックス』、拝見しました。これまであなたは近親相姦、レイプ、ドラッグなど、センセーショナルな題材を取り扱ってきましたが、これらすべてを封印した本作がいちばん残酷に見えました。
ギャスパー アルツハイマーは、今まで扱ってきた殺人やレイプというテーマよりも身近で普遍的なものだし、すでにたくさん描かれているテーマでもあります。でも実は、私の父からも今回の作品が今までの中でいちばん暴力的だと言われました。アルツハイマーで亡くなった母を思い出して、辛かったのかもしれません。
ギャスパー ある映画祭の時に、ひと言でこの映画を表現するとしたら?と聞かれて、このフレーズが一番ぴったりくると思い選びました。私の母の時もそうでしたが、生前は写真などの思い出がたくさんあるけれど、本人がいなくなるとその人にまつわるものはどんどん消えて、後に残るものはほとんどなくなってしまう。そういう意味を込めています。
ギャスパー 今作を撮ったのは2年前ですが、私は3年前のクリスマスに思いっきり飲み明かして 牡蠣にあたったのです。そのあと、ある日曜日に脳内出血で倒れて入院しました。そこで医師から、生存確率は50%で、生き残れても後遺症が残る確率は35%、つまり倒れる前と同じ状態に戻る確率は15%だと言われたんです。
樋口 聞いています。本当に大変でしたね。
ギャスパー それから1カ月間、生きるか死ぬかわからない状況で過ごして、人生は本当に細い糸で繋がっているんだと感じました。人間は死を前にすると、心の準備をするというか、恐怖を感じなくなるものなんですね。私は死後の世界は考えていないので、死んでもDVDぐらいしか残らないですが(笑)、消えるというのはそういうことなんだと思います。
ギャスパー とてもラッキーだったと思っています。生き残っても麻痺などの後遺症が残れば、周りに迷惑をかけることになりますから。だから肉親を亡くした方の気持ちも、今ではすごく理解できるようになったと思います。
「日本映画は本当に素晴らしい作品がたくさんある」(ギャスパー)
ギャスパー はい。1つはイタリア映画『ウンベルト・D』(1952年)、あとの2つは黒沢明監督の『生きる』(1952年)、木下恵介監督オリジナルの『楢山節考』(1958年)です。老いるということは、ある意味子供に戻るのと同じことだと思います。子供は周りに危険がたくさんありますが、80歳を過ぎると人生はまた危険なことが増えてきますよね。
樋口 木下恵介の名前を聞いた時はうれしかったです。というのも、彼はいまの日本ではほとんど忘れ去られてしまった存在だからです。僕は小説家として、木下監督の最大のヒット作『二十四の瞳』にオマージュを捧げた小説も書きました。
樋口 『楢山節考』というと日本では木下監督のオリジナル作品より、今村昌平監督がリメイクした83年の作品の方がずっと有名です。村人たちの性がむき出しに描かれていて、とてもセンセーショナルでした。カンヌ国際映画祭では、大島渚監督の『戦場のメリークリスマス』(デヴィッド・ボウイ、北野武、坂本龍一出演)と争ったのも印象的でした。
樋口 確かに実験的な撮影をたくさんやっていますね。
ギャスパー それから木下監督は、ゴダール(ジャン=リュック・ゴダール)と同じように、商業映画ではなく芸術作品としての映画を作っていたと思います。
樋口 今では信じられませんが、日本でも1950年代は黒沢監督よりも木下監督の方が評価されていました。 1954年の日本のランキング(キネマ旬報ベストテン)では、1位と2位が木下監督の『二十四の瞳』『女の園』で、3位にやっと黒澤監督の『七人の侍』が入っています。
ギャスパー 塚本晋也監督。彼は友人です。若松孝二監督も好きです。生前、彼と会ったことがあるのですが、とても親しみやすい人柄だと感じました。
樋口 塚本監督とは長く親交を持たれているんですよね。若松さんもやはり素晴らしい監督です。
ギャスパー 最近の日本映画は意外と知らないので、おすすめの作品があれば教えてください。
樋口 昨年公開された佐向大監督の『夜を走る』という映画が本当に素晴らしかったです。去年見た映画の中で私にとっては一番でした。
「死を身近に感じていたからこそ、今作のような映画ができた」(ギャスパー)
ギャスパー 『愛、アムール』と比べると同じような題材でも、私の映画は会話がアドリブ的なので、よりドキュメンタリー的な現実感やミニマリスト的な部分があるかなと思います。個人的に『愛、アムール』はカンヌ映画祭で見まして、私の人生の一部と共通点があると感じました。ちょうどカンヌの後、母に会いにブエノスアイレスへ行き、そこで母が亡くなったんです。
ギャスパー それは辛い経験をされましたね。あなたの作品の英訳や仏訳があれば、ぜひ読みたいです。
樋口 残念ながら、ないんです。
樋口 非常によくできていると思います。僕はあなたを、スタンリー・キューブリックとピエル・パオロ・パゾリーニの息子だと思うのです(笑)。映画の可能性を広げようとしている監督だからです。
ギャスパー 実は一番好きな映画が、キューブリックとパゾリーニの作品なんです(笑)。
樋口 やっぱりそうですか!
ギャスパー ぜひ、あなたの本のフランス語版を出してください。楽しみにしています。
● ギャスパー・ノエ(Gaspar Noé)
1963年12月27日、アルゼンチン・ブエノスアイレスで画家ある父とソーシャルワーカーで英語教師の母の間に生まれる。13歳の時にフランスに移住。パリのルイ・リュミエールで映画を学ぶ。短編映画『Tintarella di luna』(1985)で映画監督デビューし、91年に中編映画『カルネ』で、カンヌ国際映画祭の批評家週間賞を受賞。その続編となる初長編映画『カノン』(1998)をアニエス・ベーからの資金援助で完成させ、再びカンヌ国際映画祭で話題を巻き起こし、同賞(批評家週間賞)を受賞。2大スターを起用した『アレックス』(2002)では、モニカ・ベルッチがレイプシーンを体当たりで演じ、熾烈な暴力描写で賛否を呼び起こし、拡大公開された本国フランスではスマッシュヒットを記録。その後、東京を舞台にしたサイケデリックな輪廻転生物語『エンター・ザ・ボイド』(2009)、『LOVE 3D』(2015)では、メランコリックなラブストーリーとハードな性描写を自身初の 3D 映像で描き出し、賛否両論を再び巻き起こす。『CLIMAX クライマックス』(2018)では誤って LSD を摂取してしまったダンサーたちが、次第に精神が崩壊していくさまを描き、鬼才ぶりを遺憾なく発揮した。本作『VORTEX ヴォルテックス』は、第74回カンヌ国際映画祭でワールドプレミア上映された。
● 樋口毅宏(ひぐち・たけひろ)
1971年、東京都豊島区雑司が谷生まれ。出版社勤務の後、2009年『さらば雑司ケ谷』で作家デビュー。11年『民宿雪国』で第24回山本周五郎賞候補および第2回山田風太郎賞候補、12年『テロルのすべて』で第14回大藪春彦賞候補に。著書に『日本のセックス』『二十五の瞳』『愛される資格』『東京パパ友ラブストーリー』『大江千里と渡辺美里って結婚するんだとばかり思ってた』など。妻は弁護士でタレントの三輪記子さん。最新刊『無法の世界』(KADOKAWA)が好評発売中。カバーイラストは江口寿史さん。
SNS/公式X(旧Twitter)
『VORTEX ヴォルテックス』
新作のたびにその実験的な試みと過激描写で世界中を挑発し続けてきた鬼才が、「暴力」「セックス」を封印し、「病」と「死」をテーマに、これまでと異なる新たな世界を作り上げた。認知症を患う妻と心臓病を抱える夫の人生最期の日々を描いた本作は、監督の家族にまつわること、そして、自身が脳出血で生死の境を経験したことを経て制作に至った。80 歳(当時)で人生初の主役(夫)を演じたのは、ノエ監督が、長年友人関係にあったホラー映画の帝王、ダリオ・アルジェント監督。妻役には、フランス映画『ママと娼婦』(1973)の「娼婦」ヴェロニカ役で、今や伝説的な女優となったフランソワーズ・ルブラン。静かに、しかし確実にゆっくりと破滅へと向かっていく人々の人間模様を、目を背けたくなるほど克明に描き切った本作。そこには、どんなホラー映画よりも怖すぎる「地獄」が待っている!
12月8日公開より全国公開
HP/https://synca.jp/vortex-movie/
2023.12.09
■ ギャスパー・ノエ(映画監督)×樋口毅宏(作家)
過激描写はひとつもないのに、「最も残酷な映画」と言われる理由とは?
暴力やドラッグなど過激な描写で世界を挑発してきたギャスパー・ノエ監督が、「病」と「死」をテーマにこれまでと異なる新たな世界を作り上げた映画『VORTEX ヴォルテックス』が公開されました。作品はどのように生まれたのか? 作家の樋口毅宏さんがインタビューしました。
- CREDIT :
文/井上真規子 写真/内田裕介(タイズブリック) 編集/森本 泉(LEON.JP)