2020.04.25
【特別編】宇野維正(映画・音楽ジャーナリスト)
【対談/後編】2010s×大江千里と渡辺美里って結婚するんだとばかり思ってた
作家・樋口毅宏さんが新刊『大江千里と渡辺美里って結婚するんだとばかり思ってた』発売を記念して同世代の映画・音楽ジャーナリスト宇野維正さんと特別対談。今回はその後編をお送りします。
- CREDIT :
写真/椙本裕子 構成/井上真規子
そこで、樋口さんと同世代で、以前から親交のある映画・音楽ジャーナリスト宇野維正さんとともに、改めて自身に大きな影響を与えた原体験や昭和カルチャーについてたっぷりと語っていただきました。今回は対談の後編をお送りします(前編はこちら)。
「むしろロックは生き永らえすぎたんじゃないですかね」(宇野)
「日本はまだロックバンドが元気ですけど、アメリカやイギリスではどうしてロックの勢いをなくしてしまったのでしょう。2000年にストロークス、02年にリバティーンズ、06年にアークティック・モンキーズがせいぜいで、すっかり聴かなくなってしまった。僕は『大江千里と渡辺美里って結婚するんだとばかり思ってた』みたいな、レイドバック丸出しのタイトルの本を書いてますけど、普段は新しいものしか聴きません。いつだってポップミュージックには最新型の思想や方法論があるから。近年はトラヴィス・スコットの『アストロ・ワールド』とか聴いてます。宇野さんが「MUSICA」で寄稿したテキストのおかげです」
宇野維正(以下、宇野)
「むしろ、ロックは生き永らえすぎたんじゃないですかね。去年、“もしビートルズがいなかったら”という並行世界を描いたダニー・ボイル監督の『イエスタデイ』という映画があったじゃないですか。これは(ミュージシャン、作家の)西寺郷太さんが言ってたことなんですけど、もし本当にビートルズがいなかったら、あの映画の内容とは全然違って、ポップカルチャーの中心は何十年も前からロックじゃなくて黒人音楽になってたんじゃないかって。まあ、エンタテインメント業界の資本をどの人種や民族が握っているかという業界構造の問題もあるから、そんな簡単な話ではないとは思うんですけど、ビートルズがあの時代にハマりすぎたがゆえに、バンドミュージックという形式、ロックミュージックというジャンルが、異常に影響力を持ってしまったって側面は確実にあると自分も思うんですよ。で、ようやく2000年代に入って、その余韻がずっと続いてきた時代が終わりつつあるんじゃないかって」
宇野 「そう。マイケル・ジャクソンがビリオネアになった時にまずビートルズの版権を買ったってことが非常に示唆的ですけど、もしビートルズがあそこまで大きな存在になってなかったら、80年代の時点でマイケル・ジャクソンやプリンスはレコード会社とあんなに揉めることなく、今のジェイ・Zやリル・ウェインのようにエンタテインメント産業の資本を押さえることができたかもしれない。そして、汎用性という意味では、現在のラップミュージックにおける支配的な形式となったトラップのビートは、ロックの8ビート並みに汎用性が高い」
樋口 「『2010s』で宇野さんが書いてましたが、今はラップも映画も、アトランタを中心としたサウスアメリカがメッカになりつつあるそうですね」
宇野 「あとはフリーのミックステープやサウンドクラウド、それとストリーミングサービスによってアーティストとリスナーが中間搾取をされずにダイレクトにつながるようになった。それが2000年以降の革命だったわけで、そうやってフェアな競争が起こった結果、ラップミュージックが音楽シーンの中心になったというのは、自分からすると当然のことのように思えるんです。例えば、水泳やフィギュアスケートの選手に黒人が少ないのは、幼少期からの教育環境の問題が大きいわけで。黒人のコミュニティでタイガー・ウッズやセリーナ・ウィリアムスが尊敬されているのは、ゴルフやテニスの世界で、その壁を打ち破ったパイオニア的存在だからですよね。世界のエンタテインメント界における女性やアジア系の進出もそうですけど、時代はどんどん良くなってるという強い思いが自分にはあります」
「過去の思い出やノスタルジーって甘美なものでしょ。で、あたかもリアルタイムで起きていることよりも、面白いもののように語られてしまう」(宇野)
樋口 「ほんとですか! 初めて買ったレコードって何ですか?」
宇野 「初めて買ったのは、小学生の頃の横浜銀蝿。だけど、これは趣味が形成される前で、本当に能動的に買ったといえるのは、サザンオールスターズのカセットベスト『アーリー・サザンオールスターズ』(1980年)と佐野元春さんの最初のベストアルバム『ノー・ダメージ』(83年)だった」
樋口 「僕が初めて買ったレコードは中1の時、Wham!の『ケアレス・ウィスパー』でした。maxell UD IIのCMに出ていて、クラスの相当数が聴いていました。宇野さんの人生初ライブは?」
樋口 「宇野さんは最初から“宇野維正”だったんですね!」
宇野 「ちょうどその中2のバレンタインの菊池桃子さんのライブとまったく同じ日に、中野サンプラザでクワイエット・ライオット(アメリカのハードロックバンド)の来日ライブもあって。学校の仲間内とどっちに行くか紛糾して、自分は『いや、やっぱメタルとかないわ。ここは桃子っしょ!』って主張して、桃子組とクワイエット・ライオット組に分かれたんだけど、いまだに正しかったなって思います」
樋口 「ハイカルチャーですねー」
樋口 「いきなり最高級を知っちゃったわけですね」
宇野 「そう。それが中学2年生という」
樋口 「おかしいな~。僕も佐野元春を中3から聴き始めたのに、その後も今となっては小っ恥ずかしいものをたくさん聴いてきましたよ。同じ東京生まれ東京育ちでこうも違うものか。シティーボーイ(死語)の要素ゼロで引け目を感じます」
樋口 「僕はアイドルを好きになったことがないんです。いまだにアイドル不感症。だから全然わからない」
宇野 「そもそも、日本のアイドル・カルチャーって特殊なんですよ。海外には、大人の男性が若い女の子のアイドル・グループとかに入れ込む文化ってほとんどないし。アイドルに限らず、ビヨンセのライブにいる男性は、彼女に連れられた彼氏がほとんどだし、ビリー・アイリッシュのライブに来る男性もティーンの付き添いのお父さんばっかりだし(笑)」
樋口 「なるほどなるほど」
樋口 「あ~そうなんですかね~」
宇野 「とまあ、今日は過去について色々話したけど、僕は最初にも言ったけど自発的には過去の話はしないようにしてて。そもそも思い出やノスタルジーってどうしても甘美なものになってしまうでしょ? それで、あたかもリアルタイムで起きていることよりも、面白いもののように語られてしまったりして。でも今回の樋口さんの新著は別! 当時の景色や匂い、そうした実感がこもっているから読む価値があります(笑)」
樋口 「四半世紀自分が指標としてきた宇野さんからそんな風に言って頂けて本望です……。今後も宇野さんの手玉に取られたいと思います!」
●樋口毅宏(ひぐち・たけひろ)
1971年、東京都豊島区雑司が谷生まれ。出版社勤務の後、2009年『さらば雑司ケ谷』で作家デビュー。11年『民宿雪国』で第24回山本周五郎賞候補および第2回山田風太郎賞候補、12年『テロルのすべて』で第14回大藪春彦賞候補に。著書に『日本のセックス』『二十五の瞳』『愛される資格』『東京パパ友ラブストーリー』など。妻は弁護士でタレントの三輪記子さん。
最新作は月刊『散歩の達人』で連載中の「失われた東京を求めて」をまとめたエッセイ集『大江千里と渡辺美里って結婚するんだとばかり思ってた』(交通新聞社)。樋口さんの連載の一部は『散歩の達人』のWEBサイトでもご覧いただけます⇒【こちら】
公式twitter https://mobile.twitter.com/byezoushigaya/
●宇野維正(うの・これまさ)
1970年、東京都生まれ。映画・音楽ジャーナリスト。著書に『1998年の宇多田ヒカル』(新潮新書)、『くるりのこと』(くるりとの共著、新潮文庫)、『小沢健二の帰還』(岩波書店)、『日本代表とMr.Children』(レジ―との共著、ソル・メディア)など。
最新刊『2010s』(田中宗一郎との共著、新潮社)は、世界を制覇したラップミュージック、社会を映す鏡としてのマーベル映画、ネットフリックスの革命……政治や社会情勢とも呼応しながら、遥かな高みへと達した2010年代のポップ・カルチャーの進化と変容、その時代精神を総括した一冊。