2024.01.13
哀川 翔「男はあんまり余計なことを言わないのがカッコいいな」
三島有紀子監督の映画 『一月の声に歓びを刻め』に出演する哀川 翔さんに話を伺った。すでに200作を超える作品に出続けてきたなかで、哀川さんの迷いなきスタイルはどのように作られていったのか?
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文/池田鉄平 写真/トヨダリョウ ヘアメイク/小林真之 編集/森本 泉(LEON.JP)
自分で信念持って生きてたら、あんまり言い訳することないと思う
彼は、カメラマンからの要求に応じて、様々なポーズを取りながら、撮影を楽しんでいるようだった 。時折、カメラマンが「ナイス! 最高!」と叫び、その熱気を帯びた声に小さく照れたような笑顔を浮かべる。
被写体となっていたのはアニキこと哀川 翔さん。1988年に俳優としてデビュー以来、アクション映画の硬派な役割からコメディや人情ドラマに至るまで、幅広いジャンルで活躍してきた。近年は強面のイメージを裏切る誠実で人間味あふれるキャラクターも大いに愛されているのはご承知の通りだ。
しばしの間があって哀川さんはこう答えた。
「あんまり余計なことを言わないのがカッコいいな。よっぽどじゃない限り口を開かない方がカッコ良くない?」
「そうだね。言い訳してもいいことないからね、肯定することはいいけど、否定することはあんまりよくないと思うし。自分で信念持って生きてたら、あんまり言い訳することないと思うんだよね。誰にだって非はあると思うけど、その非も含めてそれが自分だと思えば、言い訳が必要だとは思わないし」
このひと言が哀川さんのすべてを表しているように思えた。どんなことでも正面から受け止め、それでもみじんも揺らぐことのない大きな器のような人。
「俳優だからニーズに応えるっていうことかな。オーダーに応えることが俳優だと思っているので。自分の中に『NO』はあんまりないんですよね。だから『普通の人だったらNOって言うんですけどね』ってよく言われるんだけど(笑)。それは監督がやれって言うんだったら『NO』はない」
「映画って、主演作品ということがあっても、その前に監督作なんだよね。すべて監督のせいですよ(笑)。俺も1回だけやったことがあるけど本当に大変なことなんです。だからそれを考えると、俺は『NO』という意味がないなと。やれっていうなら『はい』っていう(笑)。よっぽどじゃないとって、そんなよっぽどはないですよ(笑)。でも、それがキャラクターのフックになったりするんですよね。キャラがそこに確立されたりするんです」
すべては前向きに、求められたことを全力でやりぬくのが哀川流。
娘と息子は違う。娘との距離感をどういう風に保っていくか
哀川さんが演じるキャラクター、赤松誠は早くに妻を亡くし、ぶっきらぼうながらも八丈島で娘を男手一つで育ててきた牛飼いの男性。頑固な性格ながらも娘を誰よりも深く愛する父親として描かれている。しかし、今回のような日常のささいな出来事や人間の感情を表現する役は、なかなか難しい経験だったという 。
映画の中で哀川さんは新しい人生の門出に立つ娘の自立を静かに見守る、その複雑な心情を、控えめながらも力強い演技で 表現している。
実際に娘さんを育てた経験もある哀川さんですが、ご自身の経験が生かされたことは?
「それはないですね。 あんまり自分の経験を入れちゃうと、登場人物のキャラがブレたりするんで。ただ、もしその立場に置かれたらとかは考えます。今回は俺でもそうするよなという所がたくさんありました。だから取り組みとしてはすごくやりやすかったですね」
「やっぱりちょっとオブラートをかけて(娘に)発言するというね。なかなか『妊娠してんだろ』って言えないからね(笑)。あれはもう、言わなくちゃいけないという思いで言ったという。そういう所は凄く共感できますよね。
親だからこそ言わなくちゃいけないというところもあるし、娘も親だからこそぶつかれるという。親子としての感情がぶつかり合うというのはすごく素敵なことだと思って。なかなかぶつかり合うことがなくなってくるんですよ。でもそういうことがとても大切なことなんじゃないかと。親子だからこそありうるというね」
ラストカットを撮り終えた瞬間が最も充実感を得られる
「一番はね、ラストカットを撮った時(笑)。そこに向かってますからね。それでいつも監督に『大丈夫だった?』って聞くんだけど、『OK! 大丈夫!』と言ってくれると『よしっ!』って。その瞬間に『これでまた一本撮り終わったぞ』みたいな喜びが一番ありますね」
それがずっと続いてきたと……。
「俺が俳優を始めた頃は、夜中の2時や3時まで撮影するのが当たり前だったからね。今回は久々に夜中まで撮っていたけど(笑)、今はそれも少ないですよね。改善なのかもしれないけど、時々『これで本当にいいのか?』と思うこともあるし。
哀川さんの姿勢は常にブレず、そのスタイルは一貫して貫かれている。ここに至るまでには迷いや悩みもあったのだろうか?
理解してないでやったら何も面白くないんですよ。もちろん悩みはありますが、それはもっと頑張らなければという前向きな悩みであって。誰もが最初から完璧にできるわけではないけれど、継続し続けることで、自分だけのスタイルや立ち位置が見えてくるんです」
「特に何か特別なことをしているわけではないです。ただ、日常のルーティンとして、朝早く起きて夜早く寝るぐらいなことで。やっぱりコンディションが一番だと思うから。それを毎日ずっと続けていれば、調子が狂うこともないしね」
そしてひと言。
「こういう話も普段はしないけどね。尋ねられるからするだけで(笑)」
男は黙って行動するだけ。余計なことは言わず、常に最高のラストカットを求め、監督のニーズに応えるだけ。その迷いなきスタイルで俳優道を突き進む哀川さん。やっぱりアニキはカッコいい!
● 哀川翔(あいかわ・しょう)
1961年、徳島県徳島市生まれ。一世風靡セピアの一員として「前略、道の上より」でレコードデビュー。TV ドラマ「とんぼ・連続ドラマ(TBS)」、映画『オルゴール』で一躍脚光を浴びる。映画デビューは、和泉聖治監督の『この胸のときめきを(88年)』。91年の『獅子王たちの夏』で、アウトローを力演しヒットに導く。黒沢清監督『勝手にしやがれ!!』他、『修羅がゆく』等がシリーズ化される。95年に『BAD GUY BEACH』で<あいかわ翔>として監督に初挑戦。05年には『ゼブラーマン』で「日本アカデミー賞 優秀主演男優賞」を受賞。07、08年には『座頭市』で初座長を務めた。出演作はすでに200本以上になる。最近の出演作に『牙狼〈GARO〉- 月虹ノ旅人』(19年)、『老後の資金がありません!』(21年)、『春に散る』(23年)等がある。『ピーターラビット2/ バーナバスの誘惑』(21年)では声優に初挑戦している。
『一月の声に歓びを刻め』
『幼な子われらに生まれ』『Red』などの作品で、国内外の映画祭でも高い評価を受ける三島有紀子監督の最新作。監督自身が47年間向き合い続けた「ある事件」をモチーフとしたオリジナル企画であり、北海道・洞爺湖の中島、伊豆諸島の八丈島、大阪・堂島の3つの「島」を舞台に、それぞれ心に傷を抱える3人の“生”を圧倒的な映像美で描いていく。哀川さんは東京・八丈島を舞台にしたストーリーに出演。大昔に罪人が流されたという島で牛飼いとして暮らす赤松誠(哀川翔)。妊娠した娘の海(松本妃代)が、5年ぶりに帰省した。誠はかつて交通事故で妻を亡くしていた。海の結婚さえ知らずにいた誠は、何も話そうとしない海に心中穏やかでない。海のいない部屋に入った誠は、そこで手紙に同封された離婚届を発見してしまう……。
出演は他に前田敦子、カルーセル麻紀、坂東龍汰、片岡礼子、宇野祥平、原田龍二、とよた真帆。
2月9日(金)よりテアトル新宿ほか全国公開
HP/映画『一月の声に歓びを刻め』オフィシャルサイト