2023.12.29
アニッサ・ボンヌフォン(監督)×アナ・ジラルド(女優)
「娼婦を体験したい」女性作家が選んだ自由とエロスの解放とは?
身分を隠して、2年間、娼婦として活動した作家の自伝小説を完全映画化した話題作『ラ・メゾン 小説家と娼婦』がいよいよ公開されます。アニサ・ボンヌフォン監督と主演を務めた女優アナ・ジラルドさんに話を伺いました。
- CREDIT :
文/安田薫子 写真/トヨダリョウ 編集/森本 泉(LEON.JP)
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主人公エマの“自ら選んだ売春”を描きたかった
アニッサ・ボンヌフォン監督(以下アニッサ) 通常、こういう形でセクシャリティについての話は描かれません。『ラ・メゾン』はエマの物語。性的興奮を掻き立てる妄想(ファンタスム)や本を執筆するという欲望をとことんまで突き詰めて売春まですることを決めた彼女の本当の物語です。自ら選んだ売春よりも、仕方なくすることになった売春がよく語られてきましたし、娼婦になるという女性のファンタスムもほとんど語られることはありませんでした。だから、こうした題材を取り上げた映画は好奇心を引くのだと思います。
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アニッサ この原作で私が女性として気に入っているのは、女性の欲望について語っている点です。映画では、男性が女性の性欲について語るということはよくあるわけですが、この映画では女性の視点から見た男性の欲望を描きました。いろいろな男らしさを描くために種類の違う男性たちを登場させたいとも思いました。男性が女性に対して様々な見方をしていることを表現したかったのです。
娼館にやってくる客の中には弱い男性もたくさんいます。カップルの関係が脆くなっていたりして彼らはセックスを必要としている。でも同時に、妻を裏切って浮気をしたくないとも思っている。女性にどう接したらいいかわからなくて、学びたいと思ってやってくる男性もいる。私はそんな男性たちが娼館にやって来ることにとても心うたれました。
一方で、もちろん、金を払っているのだから何をしてもいいと考えて女性たちを酷く扱う客もいます。それはこの業界の真実ですから語らないわけにはいきません。
やはり男と女は根本的に考え方がとても違うのだと思うのです。でも、人生の魔法だと思うのですが、この違いの中にも調和を見出すことができると思います。
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私たちはやりたいことを選ぶ権利が、好きな職業に就く権利がある
アニッサ 優雅さというのは、選択をした時に生まれるのだと思います。引き受ける、強い選択をする女性の才能です。『ラ・メゾン』で私が描きたかったのは、自分自身で選んだ売春です。エマは売春を選んだわけですが、もちろん大部分の娼婦は受け入れたわけで選んだのではありません。日本ではどうかわかりませんが、フランスでは女性が売春を選ぶというのは語られません。まるで女性がこの仕事を選ぶ権利がないかのようです。私は、それは違うと思います。私たちはやりたいことを選ぶ権利が、好きな職業に就く権利がある。
アニッサ フェミニストは、女性がいろいろな選択することを受け入れるものだと私は思っていました。でも、今日、フェミニストはとてもラディカルです。みんな同じでなくてはいけないと考えているように感じます。ひとりの女性エマがこのセクシュアリティを選んだ。それはまるで他の女性にとっては侮辱のように受け取っている。私はそれには反対です。
私たち女性の間でお互いを裁くことはできない。もし自分で選ぶことができなくて売春したのなら別ですが、エマは選んだわけです。フェミニストは女性をまとめて考えるのをやめないといけない。私たちはひとつの枠に入れられているわけではないのですから。
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アニッサ エマの小説でとても面白いなと思ったのは、私もその疑問を今でも問うているのですが、果たして娼婦が文学という手段を使って本を書いたのか、もしくは反対に作品が彼女に娼婦になるというファンタスムを実現させたのかということです。
受け身ではない役柄に、難しさより解放を感じて演じた
アナ・ジラルドさん(以下、アナ) この映画でセックスシーンを演じることは、愛のセックスシーンとは違うということをよくわかっていました。でも、エマの心の中には、何かあるとすぐに感じ取りました。彼女は自分の行動や欲望に向かい合うことに恐れがない。だから、私も演じる上で、エマと同じように恐れを乗り越えて向かい合わないといけないと思いました。
この役を演じるのは難しさよりも解放を感じました。女性として、受け身ではなく状況を引き起こす役を演じる機会に恵まれて、とてもうれしかったです。身体的な難しさはありましたが、仕事の一部ですからそれは当然のことで、難しさよりも喜びを感じましたね。
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アナ 女性の表現について抜け出させてくれました。この役を演じる前、私のキャリアでは、男性と一緒にいてサポートをするような役のオファーが多くて、自分自身の喜びを選ぶような挑発的な役柄はまれでした。いつもそのような役柄がオファーされているような気がしていました。でも、アニッサがエマ役を提案してくれて、この役を演じてから私のキャリアは完全に変わりました。危険な性格の人物とか、悪役とか、自立した人物とか、幅広い役のオファーが来るようになったんです。以前より3倍楽しんでいます。
アナ 私はどんな生き方をする女性の役であっても共感を感じますから、もちろんエマにもそうでした。でもエマと彼女のモチベーションを理解するのはとても難しかったです。それで私は、人生でこのようなことをするのに、それほど明確なモチベーションを持つ義務はないのではないかと思うに至ったんです。彼女は自分で本を書きながら、自分自身、そして他の人について学んでいったのです。だからこそ素晴らしい。女性は、人は、このように進化していくことができるのですから。
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アナ いいえ。実は会っていないんです。彼女は私に会いたがらなくて。
アニッサ 私はエマに何回も会いました。もちろんアナも彼女に会いたかったんですよ。でも、シナリオが書かれて、映画が具体化してきた頃、エマは距離を置くようになりました。彼女にとって、自分の作品が他人からどのように見られるのかを知るのは辛かった。つまり彼女は他人の視点から自分の姿を見るのが辛かったのです。彼女は距離をとることが必要でした。エマはとても難しい人です。知的ですが、激しい人です。でも、アナはエマと会わなかったことで、逆に自由に演じることができたと思います。自分が解釈したエマを作り出すことができたんです。
※後編に続きます。
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アニッサ・ボンヌフォン
1984年2月26日パリ生まれ。監督として長編1作目となるドキュメンタリー映画『ワンダーボーイ』でフランスの高級ブランド「バルマン」のクリエーティブ・ディレクターであるオリヴィエ・ルスタンに密着し、ファッション業界で成功する現在の姿を追いつつ、子供時代に親に捨てられた経験を持つ彼が、自分のルーツや真実を追い求める過程に迫って注目を浴びる。『ラ・メゾン 小説家と娼婦』では原作者から指名され、監督を務めた。アマンダ・ステール原作・監督・脚本のロマンティックコメディ『マダムのおかしな晩餐』などで女優としても活躍している。
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アナ・ジラルド
1988年8月1日パリ生まれ。両親は俳優のイポリット・ジラルドとイザベル・オテロ。3歳から子役として活躍。小栗康平監督の『FOUJITA』、セドリック・クラピッシュ監督の『パリのどこかで、あなたと』など多くの作品に出演。映画女優のほか、ファッションモデルや舞台女優としても活動の幅を広げている。『ラ・メゾン 小説家と娼婦』で主人公エマを演じるにあたり、パリの老舗キャバレー、クレイジー・ホースで2カ月間トレーニングを受けて臨んだ。
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『ラ・メゾン 小説家と娼婦』
小説家エマは、「売春という行為が女性の身体、魂にどのような影響を与えるのか自分自身で体験して作品にしたい」という作家としての好奇心と野心、そしてみずからのセクシュアリティを満足させるため、高級娼館に潜入する。身分や目的を隠しながら娼婦として過ごし、危険と隣り合わせの娼婦たちのリアルな日常、孤独や恋愛を知るうち、2週間のつもりがいつしか2年にも及んだ。エマがその経験から得たものとは……。
原作/エマ・ベッケル、監督/アニッサ・ボンヌフォン、出演/アナ・ジラルド他。
12月29日より全国公開
HP/https://synca.jp/lamaison/