2024.03.09
上白石萌歌、24歳の決意。「形を選ばず自分が面白いと思ったことは全部やっていきたい」
俳優の上白石萌歌さんが3年ぶりとなる舞台、シェイクスピアの『リア王』でリアの三女・コーディリアを演じている。昨年春には大学を卒業し、仕事に専念してきたこの1年は彼女にとってどんな年だったのか? 久しぶりの舞台に懸ける思いとは?
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文/木村千鶴 写真/内田裕介(タイズブリック) スタイリング/道端亜未 ヘアメイク/渋沢知美 編集/森本 泉(Web LEON)
舞台は役者とお客さんでエネルギーを渡し合っている
上白石萌歌さん(以下、上白石) 実は舞台は自分の原点みたいなところがあります。私はもともと鹿児島でミュージカルを習っていたんですけど、年に一回発表の場でみんなで板(舞台)の上に立って演じる、その感動が自分の原点なんです。
テレビや映画には、自分の知らない人にも電波を通じて伝わっていく良さがありますけど、やっぱり人に伝えることを実感しやすいのは、舞台なんです。私たちが板の上に立ってエネルギーを放出しているように、お客さんもエネルギーを放出していて、そのぶつかり合いが凄く好きで。
そのエネルギーのようなものをお客さんからもらったと実感するたびに、鳥肌が立つというか、このうえない喜びを感じるんです。稽古はしんどいと思う時もありますし、自分と向き合うと恥ずかしかったり恐ろしかったりする時間ではあるんですが、それでもやっぱりちゃんとエネルギーを渡し合っている空間が私は好きです。
上白石 私は大学では芸術科を専攻していて、その中で演劇学も学んでいました。シェイクスピアは演劇史に多大な影響を与えていますので、授業の中でも絶対に通る道です。『リア王』は在学中に、今回脚本の翻訳で入ってくださっている松岡和子さんの小説をたまたま読んでいて。まさか自分がコーディリアを演じられるとは思っていなかったので凄くうれしかったんです。
シェイクスピアの作品は生まれてから400年以上が経っていますけど、それでも尚、こうしていろんな座組で演じられているのは、物語の中に常にその時代にとって大事なテーマや問いがたくさんあるからかもしれません。
── というと?
上白石 例えば『リア王』は、今の日本で重大なテーマになっている「忖度」の話でもあるなと思います。冒頭にリアが3姉妹に「どれだけ自分を愛しているか言ってみろ」と言うシーンがあって、上の2人の姉妹はすごく流暢に愛を語るけれど、三女の私は口下手で上手に言えなくて、「何も(Nothing)」と言ってしまう。その場に合わせての忖度ができなかったんですね。
私も口下手なので、思ってもいないことを口にできるタチではないんですが、それでも、いざコーディリアと同じ状況になったらどうだろう、きっと周りに合わせてしまうかもしれない、とは思います。
── 上白石さんはコーディリアをどんな女性だと思いますか。
上白石 つるっとした丸い、真珠みたいな女の子(笑)。誰よりも実直だし、誠実で真っ白なイメージがあります。彼女は幼くて正直すぎるけれど、そこが強さであり誠実さなんだろうなと。勇気のいることをすんなりできてしまう、とても素敵な女の子だと思うので、私もそのように嘘なくいられたらいいなと思っています。
一番の仲良しを聞かれたら、真っ先に私は姉の名前を挙げます
上白石 ウチはお陰様で良好です(笑)。離れて暮らすのが早かったので、いわゆる反抗期の時期も一緒にいなかったから、“どっぷり反抗期”みたいなものはありませんでした。それはそれで少し寂しい感じではあるんですけど、だからこそずっと仲良しでいられるのかなと。父は学校の先生をしているのですが、作品を観た後に学級通信みたいな言葉を送ってくれます。「これからも自分を信じて頑張りなさい」みたいな(笑)。
上白石 はい、私は久しぶりの舞台なんですが、姉は最近もずっと舞台をやっているので、その辺りの大変さも分かってくれるから色々話を聞いてもらっています。姉は一番身近な、他にはない存在です。同じ仕事をしているからこそ大変さがわかるし、姉を羨ましく思うこともあるし。たくさんの気持ちを通わせてきたからこその絆が今あると思います。一番の仲良しを聞かれたら、真っ先に私は姉の名前を挙げる、それくらい固い絆になってきている気がします。
上白石 ショーンが日本で上演している作品は今回も入れると4作品、偶然にもこれまでの3作品をすべて拝見しています。ショーンの演出は舞台上がクリーンなことが多くて、答えをわかりやすくは提示してくれないけれど、でもそこにしがみついていきたくなる、そういう面白さを感じていました。
チェーホフの『桜の園』の時にも感じましたが、伝統的な劇曲にショーンならではの現代の風を吹かせているようなイメージがあります。今回の『リア王』も伝統的な戯曲ですが、いわゆる古典的な劇にはならないかもしれません。筋書きやセリフはトラディショナルなままですが、衣装も不思議な感じですし、例えば現代に普通にあるものを舞台上に置こうとしている試みは感じます。きっとショーンにしか創り出せない世界があるでしょうから、それが今から楽しみです。
上白石 先輩方から学ばせていただくことが凄く好きなので、なるべく最年少にしがみついていたい気持ちが正直あります(笑)。本当に経験豊富な、百戦錬磨の方々の中での3年ぶりの舞台ですから、当然できないこともあるでしょうし、「周りに比べたらずいぶん劣ってるな、自分」と思うこともたくさん出てくるでしょうけど、最初から学び直すつもりで稽古場に行けたらいいなと思っています。
上白石 すごく解放されるかなと思ったんですけど、寂しさの方が残りました。お仕事を始めた10代からずっと生活の一部だった学校がなくなった途端に、すごく、何だろう、心もとないと言いますか……。例えば病院の問診票には今まで学生に丸をつけていたけれど、何て書けばいいんだろうとか。アイデンティティのひとつを失うくらいの心細さがあったんですが、一方で“自分は表現の仕事をやっていくんだ”という覚悟がより強まったような気はしています。
フィルムには時間とか記憶とか、いろんなものが宿っている
上白石 はい、写真展は初めての試みだったんですが、とてつもないインプットとなりました。展示に足を運んでくださった方の中には「フィルム(撮影)を始めてみようと思った」などと言ってくださる方もいて、表現が伝染していくのっていいなと思いました。
── 写真は以前から趣味で撮られていたんですか?
上白石 父親がずっと私たちのことをカメラで撮ってくれていたので、父のカメラ借りて撮ることはよくしていました。父は基本的にデジタルですけど、私たちが幼い頃はフィルムもまだ安く、気軽に撮っていたみたいです。
ある日カメラに眠ってたフィルムを父が見つけて、それを現像してくれたんです。そこには幼い日の自分や姉、母が映っていて、なんというか、フィルムには時間とか記憶とか、いろんなものが宿っている気がして、その時からずっとフィルムが大好きなんです。
上白石 もちろんです。表現のお仕事をすると共に、クリエイティブなことを常にやっていたいという気持ちがあって。歌もそのひとつですが、これからも形を選ばず、自分が面白いと思ったことは全部やっていきたいんです。今、誰もが肩書などにとらわれず表現をしていける、ボーダーレスな時代になってきていると感じています。マルチでやりたいと思ったことはないですが、目の前にある面白いことはずっとやっていけたらいいなと思っています。
── 忙しい日々の中で、息抜きはできていますか。
上白石 映画や演劇を観るとか、美術館に足を運ぶとか、結局息抜きもエンタメです(笑)。エンタメで凹み、その凹みを埋めてくれるのもエンタメ。私は本当に表現が好きなんだなと最近とても実感しています。日々のアンテナがダイレクトに自分のお仕事につながっていると思うので、なるべく気になる展示とか演劇には足を運んでいます。クリエイティブな仲間がたくさんいるのですが、「みんなで楽しいことができたらいいよね」って話し合う、そういう刺激も安らぎの時間です。
人生、ネガティブな気持ちに覆われたらもったいない
上白石 はい。もともと私は凄くネガティブな方なんです。作品に入る前などは「どうして自分なんだろう」とか、「どうしよう、このプレッシャーを背負いきれない気がする」とか思いがちなんですが、そういう時に母親とか姉がかけてくれる言葉がとてもポジティブでありがたくて。その言葉をきっかけに「せっかく頭はひとつだけなのに、ネガティブな気持ちに覆われたらもったいない」と思い、ポジティブに変換できるよう心がけています。
例えば、その瞬間は凄く苦しかったけれど、振り返れば良い経験だったと感じることはありますよね。生活や人生ってその連続だと思うので、振り返った時にいつかは良く思えるだろうということだけを信じてやっています。
上白石 今パッと浮かんだのは『魔女の宅急便』を書かれた角野栄子さん。ご縁があって何度かお話をさせていただいたことがあるんですが、カラフルな服を着て、カラフルなお家に住んでいる、まさしく魔女みたいな、魔法使いみたいな方なんです。
大人になるって、例えばちゃんと空気を読むとか間違えたことを言わないとか、そういうイメージだったけど、角野さんは子供みたいで、自由な方で。父はよく「ちゃんと遊べよ」と言うんですが、ちゃんと楽しい遊び方を知っている人は素敵です。私もそういう大人になりたいなって思っています。
上白石萌歌(かみしらいし・もか)
2000年生まれ。鹿児島県出身。2011年、第7回「東宝シンデレラ」オーディショングランプリを受賞。12歳でドラマ『分身』(12/WOWOW)にて俳優デビュー。ミュージカル『赤毛のアン』(16)では最年少で主人公を演じた。映画『羊と鋼の森』(18/東宝)で第42回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。主な出演作にドラマ『義母と娘のブルース』(18/TBS)、『教場Ⅱ』(21/フジテレビ)、『警視庁アウトサイダー』(23/テレビ朝日)、『ペンディングトレイン-8時23分、明日 君と』(23/TBS)、『パリピ孔明』(23/フジテレビ)、など。adieu名義で歌手活動も行う。
『リア王』
2022年、『セールスマンの死』で演劇界に衝撃を与えた演出家ショーン・ホームズと俳優・段田安則が再びタッグを組んだシェイクスピア四大悲劇のひとつ『リア王』。生来の気性の荒さと老いから、娘たちの腹の底を見抜けず、悲嘆と狂乱のうちに哀れな最期を遂げるリア王に段田安則、異母弟エドマンドの悪だくみによって追手をかけられる身となったエドガーに小池徹平、リア王に勘当されるが、誠実なフランス王の妃となるリアの三女・コーディリアに上白石萌歌、甘言を弄し、リアを裏切る長女・ゴネリルに江口のりこ。他に田畑智子、玉置玲央、入野自由、前原滉、盛隆二、平田敦子 / 高橋克実、浅野和之ほか。
東京公演/3月8日(金)~31日(日)東京芸術劇場 プレイハウス
新潟、愛知、大阪、福岡、長野公演もあり。
企画製作/株式会社パルコ
HP/リア王 | PARCO STAGE -パルコステージ-
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